会場に行ってみた
黒雷の魔剣士の正体をばらす日がついに来た。
何処でユウガと闘うのか、当日のお楽しみという話だったため、詳細は知らされていなかったけど。
ミネルバのあちこちにポスターが貼られてたんだよなぁ。
黒雷の魔剣士と勇者が決闘、パーティーメンバーであるセシリア様との結婚について物申す、といった物だ。
きちんと日付も書かれており、場所も書かれていた。
セリアさん、俺普通に知っちゃったよ……。
当日にという話だったのに大々的に告知している。
セリアさんから俺へのメッセージなのかもしれない。
ここまでお膳立てしたのだから、逃げずに成功させろというやつかも。
まあ、俺の推測だけどさ。
それで闘う場がさ……ミネルバで一番大きい闘技場って。
確かに多くの人に見られる方が良いさ。
でも、限度ってあるよね。
平民だけでなく、貴族の方々も観に来るらしい。
規模を大きくし過ぎたことが原因かな。
レイヴン、警備の騎士団の配置大変だったろうに。
ユウガとの闘いまで時間があるので、俺は黒雷の魔剣士ではなくヨウキとして会場をふらついている。
出店とかも出ていてかなり盛り上がっているようだ。
どちらが勝つか賭け事みたいなこともやっている。
おいおい……そんなのありかよ。
「やっぱり勇者様だろう」
「いやいや、黒雷の魔剣士ってのもあるぞ」
「セシリア様と結婚秒読みって話だろう」
「勇者様は認めているんだったか?」
「とにかく勇者様が勝つって!」
こんな感じで言い合いが終わらない感じ。
ふーん、ユウガ人気には勝てないと思っていたんだけど。
黒雷の魔剣士、割と人気なのね。
コツコツと依頼を受けていた甲斐があったな。
「……おい」
「ん、ああ、レイヴンか」
後ろから声をかけられたので振り向くとレイヴンが立っていた。
完全仕事モードで鎧を着ている。
「……ああじゃないだろう。今回の主役なのにこんなところでうろついて」
「まだ時間はあるし、ちょっとぶらつこうかなって」
「……そうだったのか。やはり、緊張しているのか?」
俺がぶらついているのが気分転換に見えたのか。
暇つぶしと興味本位でぶらついていたんだけど。
「ああ、そんな感じだ」
ここは乗っかることにした。
緊張していないわけではないが、そこまで思い詰めるほどではない。
それでも心配してくれる素振りを見せているのだから……乗っからねば!
「……今までのことを考慮して、俺にはヨウキの考え通りに上手く終わるとは思えないんだ」
「いや、それは俺もセシリアも思ってる」
レイヴンもこれまでの付き合いからか、何も起こらずに終わる……なんて甘い考えは持ってないらしい。
「……やはり、気づいていたか。予想だとどんなことが起こる。それは俺になんとか出来そうなことか?」
「予想って言ってもな。気持ちだけ受け取っておくよ。そもそも、騎士団による警備だけでレイヴンには世話になってるからさ」
親身になってくれるのはありがたいがこれ以上迷惑をかけるわけにもいかん。
「ここまで来たんだ。あとは俺の腕の見せ所ってやつさ……」
「……そうか。なら、俺はいつ騒動が起きても良いように備えておくよ」
「ああ、頼む」
頑張れ、と言い残してレイヴンは去っていった。
絶対に失敗できないな、これは。
適当にぶらついた後、黒雷の魔剣士装備をして俺は控え室へ向かった。
「ふっ、黒雷の魔剣士参上!」
「やあ、ヨウキくん」
事前に知らせてあった控え室に入ると装備を整えたユウガがいた。
この状況、ツッコミ第一声は……。
「おい、かっこよく登場したのにそんな簡単に俺の真の名を呼ぶな!」
「ええっ……だってヨウキくんはヨウキくんで……」
「今の俺は黒雷の魔剣士だっ!」
ユウガの反論は認めず、言い切ってから椅子に座る。
というか、控え室同じなのかよ。
こういうのって普通は分けられてるもんじゃないのかね。
「いやー、ヨウキく……黒雷の魔剣士と闘う時が来るなんてね」
ユウガはそんなこと気にしていないらしい。
黒雷の魔剣士のこともわかっている。
良い状態じゃないか。
「よろしい。まあ、今回は俺の依頼で闘ってもらう感じだからな。やらせってもんではないけど目的があって事前に打ち合わせもしているんだ。頼むぞ」
「うん、わかっているよ。ただ、聖剣が力を貸してくれるかどうか……」
ユウガの不安要素は聖剣か。
安心しろ、嫁が使える様に聖剣を脅……説得しているはずだから。
「友人との大事な闘いなんだ。どうか、力を貸してくれ、聖剣よ」
そんなことを知らないユウガは聖剣の力を引き出すために語りかけ始めた。
どうしよう、友のためって言ってる。
聖剣の事情を知っているからか、罪悪感が……。
「ここで力を出さないで何が勇者だ。応えてくれ、聖剣……」
聖剣の柄を握りしめて必死に祈るユウガ。
本当にどうして控え室が一緒なんだよ!
「その、ユウガ。そろそろ出番かもだし。思い詰めすぎるのも」
「ダメだよ。そんなんじゃあ、聖剣は応えてくれない。僕の強い意志がないといけないんだ」
今までミカナを想う意思に反応して何度も覚醒してきたけどな。
ユウガの意思の力、嫁パワーというやつだ。
「精神を統一させる……もしかしたら、聖剣の力の根源にたどり着けるかもしれない」
そう言い残すとユウガは目を閉じて黙ってしまった。
なんだこの空間は……。
結局、準備が終わったと騎士が呼びに来るまでこの沈黙は続いた。
ミカナが何か仕込みでもしたのか、控え室で聖剣が力を発揮することはなく。
ユウガはこうなったら、ヨウキくんを仮想敵と認識して闘いの中で目覚めてもらうしか……と物騒なことを呟いていた。
何回も言ってるけど俺は裏ボス的存在じゃないからな。
変なところで覚醒するのは止めてくれよ。
さすがに登場は別々らしく。途中でユウガとは別れた。
後はもうなるようにしかならないんだ。
聖剣が、どうしよう……みたいな視線を別れ際に感じたぞ。
大丈夫、絶対に力を使えるからさ。
「それでは闘技場の司会が黒雷の魔剣士さんの名前を呼びますので」
「その時に出れば良いんだな。了解だ」
「お願いします」
必要事項を伝えると案内してくれた騎士は去っていった。
あとは出番を待つばかり。
今日で正体を明かして俺はヨウキとしてセシリアと結婚するんだ。
「ヨウキさん、ヨウキさん」
「うん?」
一人で決意を固めていると俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。
何処からだと声の聞こえた方向を探すと……。
「こっちですよ、ヨウキさん」
フードを被った人物……セシリアが手招きしていた。
誰がこんなところまで手引きしたのか。
周りに俺とセシリアしかいないことを確認して駆け寄る。
「ソフィアさんにどうすればこういうところに潜入できるのか聞いて来ました」
「そ、そうなんだ。ソフィアさん、何でもできるのな……」
偶にソフィアさんの仕事ってメイドだよな?と疑問に思ってしまうことがある。
というか、セシリアに潜入術って……僧侶に必要なスキルじゃないぞ。
まあ、俺も力が入り過ぎていた気もするし。
こうしてセシリアが来てくれたことは素直に嬉しい。
しかし、この土壇場で来るということは……。
「何かあったんだな」
「えっ」
「教えてくれセシリア。俺がいない間に何が起きた」
会場にいる間、俺が目を離している隙に……事件は起きてしまったのだろう。
あのセシリアがこうして直接、俺に説明しなければならないくらいのことが、な。
「現在の状況は」
「ヨウキさんに会いにきました」
「俺にできることは」
「ヨウキさんの作戦通りに行動してください」
「よし、わかった。……ん?」
確認したところ、セシリアは俺に会いに来た。
理由は……理由はなんだ。
「えっと、何かしらのトラブルが起こったわけではないのね」
「はい。少々、観客の熱気が高すぎるくらいでしょうか」
勇者様も黒雷の魔剣士さんも人気者ですね、と軽く笑うセシリア。
そ、そうなのかーと俺もつられて笑って……いる場合じゃない。
「それ以外は問題なし?」
「はい。レイヴンさんを中心に騎士団の方々が警備をしてくれていますから。そもそも、何故そんなにも周囲の心配をしているのでしょう」
「いや、それはセシリアが急に来たから……」
俺がそう告げると目を大きく開いて固まった。
すぐに復活すると今度は考え込む仕草を見せる。
顎に手を当ててそういえば……とか、確かとぶつぶつ言っている。
考えがまとまったところで。
「つまり、ヨウキさんは私がこうして来たため、何かあったのではないかと思ったと」
「正解」
「あのですね。私も今日のことでかなり頭を悩ませているんですよ。何度も打ち合わせをしました。予想外のことが起こることも想定済み。 万全の準備をしていても直前に迫ったら……ヨウキさんの顔が見たくなってしまって」
成る程、そういうことか。
セシリアらしくないな。
いつものセシリアなら準備する前の話し合いで満足しているはず。
何か起こったとしても後に説教タイム。
これまでの俺とセシリアならそうしている。
そんなセシリアが直前に俺の顔を……。
「セシリア、ありがとう。どうなるかわかんないけど……悪い結果にはしないから」
「悪い結果にはしないですか。そうですね、そこが第一目標ですね」
「もっと目標高い方が良いかな」
「あまり高すぎると空回りしてしまうかもしれませんよ」
「そうかな」
「そうですよ。だから、目標はそれで良いです。何かあってもまた二人で考えれば良いんです。失敗はともかく終わることがなければ立て直せるので」
「終わるって何?」
「言葉通りの意味ですよ」
終わる……深く考えるのは止めよう。
まあ、俺は失敗してもそこから遠回りして成功する感じだから。
ここは自信満々にポーズ付きで断言しても良いところだな。
「黒雷の魔剣士もヨウキも諦めは悪いから、終わりなんてないさ!」
「……そうですね。ヨウキさんはそういう方です。顔も見れて言葉も聞けて安心しました」
「それは良かった」
ここで入り口の方から黒雷の魔剣士の名が呼ばれた。
おっと、もう行かないといけないな。
「私は観客席で観ているので……ヨウキさん、お気をつけて」
セシリアの見送り……最後に気合を入れていくか。
「ふっ、今日という日が俺にとって最良の一日になることをここでしぇんげ……」
大事なところで噛んだ。
「い、行って来ます!」
少し小走りで俺は入り口へと向かう。
後ろからぼそっとヨウキさんらしいですね、という呟きが聞こえた。
け、結果は残すからね。




