恋人を誘ってみた
ハピネスの歌の練習も無事に見届けた。
さて、ここからどうしようか。
演劇についての許可も出したし、レイヴンの話を聞く限りハピネスのことは大丈夫そうだ。
「セシリア。そろそろ行く?」
「そうですね。元々、来訪の予定がなかった私たちが長居するのも悪いですし」
「だな。レイヴンはハピネスの練習が終わるまで残るのか」
「……ああ、今日は休みなんだ。ここでハピネスの歌を聴いてるよ。もちろん、帰りの護衛もするさ。俺はハピネスの恋人だからな」
伝えるべきことは伝え終わったからか。
レイヴンは言い終えるとハピネスへ視線を戻していた。
その姿はまるで歌に魅了されているかのようだ。
シケちゃんから魅了の歌を教えてもらってないよな、ハピネスよ。
「なあ、セシリア。レイヴンの様子が……ハピネスの歌に魅了されてるんじゃないかって俺は心配なんだけど」
見ろ、あのレイヴンの心酔仕切った顔を。
あれは何かしらの魔法にかかっているのでは……。
「ヨウキさんらしくないことを言いますね」
「俺らしくない?」
「はい」
俺らしくないか。
魅了の歌とかハピネスは使わない、使わなくてもレイヴンはメロメロ……。
「うん。魅了の歌じゃない。レイヴンは元々、ハピネスに夢中だもんな」
「そういうことです。まさか、本気でハピネスちゃんが魅了の歌を覚えてレイヴンさんに使ったと思っていたわけではないですよね」
「はっはっは……当たり前だろう。ハピネスだからな」
ティールちゃんならやりかねないが。
ガイが夕食を作ると言っていたし。
ティールちゃんの好感度は更に上がるだろう。
不可能だろうけど、魅了の歌という存在を知られないようにしないとな。
「セシリア……魅了の歌の存在について絶対に話さないようにな。特に屋敷で」
「何故、屋敷を強調……成る程。わかりました」
疑問に思ってもすぐに理解する。
さすが、セシリアだ。
そんなやり取りがあってもレイヴンはハピネスから目を離さない。
これ以上いても邪魔だな。
俺とセシリアはそっとその場を離れた。
「ヨウキ様、セシリア様」
稽古場から出るとウェスタがいた。
劇団員との話は終わったのか。
「その……お二人から見てどうでしょうか。ハピネス様、演劇の件含め、改めて我が劇団に任せてもらえませんか」
改めて俺たちに許可を貰いたいようだ。
演劇についてはさっき了承済みでハピネスにはレイヴンがいる。
そもそもハピネスが既にやると決めていることに俺やセシリアが口を出せるはずもない。
劇団の雰囲気も良いし、ウェスタは怪しそうだが良い人とわかっているので。
「どうか、ハピネスをよろしくお願いします。あと、演劇も……」
「私からもお願いします」
「は、はい……ありがとうございます!」
余程、嬉しかったのか。
俺たちの手を握り、何度も頭を下げてお礼を言ってくるウェスタ。
本当に……良い人なんだけどなぁ。
「必ず良いものにしてみせますね」
この笑顔だけは直さないとダメだろと思ってしまった。
ウェルディさん、頑張ってくれ。
怪しげな笑みを浮かべるウェスタに見送られて俺たちは劇団から出た。
「さて、この後は……」
「ヨウキさんの家に泊まるなら夕食の買い物に行かないとなりませんね。行きましょう、ヨウキさん」
「わ、わかった」
セシリアが前にいる形で食材を購入していく。
今日はどういう献立にするか、食後のデザートはこれにしようか。
朝食のことも考えて等、一人暮らしをしているのにセシリアにそういう面で勝てない。
そう……こんな時、俺にできることといえば。
「ヨウキさん、大丈夫ですか」
「平気、平気」
荷物を全部持つことくらいだ。
力仕事なら任せてくれ。
野菜売り場のおばちゃんが彼女の前なんだからしっかりしな、と応援してくれた。
ありがとうおばちゃん、俺男を見せるよ。
「これくらい余裕だ余裕。さあ、次の買い物は!?」
「えっと……ここで終了ですね」
二人分の夕食と朝食の材料の買い物なので、そこまで力を発揮しなければならない程、買う物は多くないのであった。
「か、帰ろうか」
「はい」
おばちゃんからは別のところで役に立つんだよと慰めてもらった。
ありがとう、おばちゃん。
買い物中にそんなこともありつつ無事に帰宅。
まだ、夕食を作り始めるには早い時間帯だなぁ。
「セシリア。少し早いかもしれないけど下準備くらいは終わらせ……」
「ヨウキさん。一つ聞きたいことがあるのですが」
「何?」
俺は買ってきた食料を整理しながら聞き返す。
劇団についてのことかな。
「演劇について賛成か反対か迷っていた時、ヨウキさんは私に質問してきたので応えましたよね。その後、様子がおかしくなったじゃないですか」
「はっ……」
つい、胸の奥が高鳴り抱きしめたくなったんだと正直に話すべきか。
あの時点で誤魔化したことはばれているからな。
はぐらかしても意味ないし。
「ほら、何を考えていたんですか?」
セシリアがじりじりと近づいてくる。
理由を言い淀む俺は段々壁へと追いやられてしまい……。
「ほら、もう後ろに行けませんよ」
背中が壁についてしまった。
これではもう下がれない。
言うのか、言うしかないのか。
葛藤の中で気づいた、ここは俺の家じゃないかと。
誰の目を気にすることもないんだ。
俺はセシリアをそっと抱きしめた。
「あの時、こうしたかった」
「……そういうことですか」
昔だったら恥ずかしさを誤魔化すために厨二になっていただろう。
でも、今は違う。
セシリアを直視することができる。
「確かにあの場では言えないことですね」
「でしょ?」
「はい、良い判断だと思います。そもそもそういう雰囲気を出すような発言をした私が良くなかったのかもしれませんね」
「いやいや、あの時は本心を言ってもらわないとさ。判断が鈍るから」
「いえ、ヨウキさんの思考を麻痺させるような発言を……」
どちらが悪い悪くないという言い合いが続く。
終わらない流れを断ち切ったのは家の外から聞こえてきた子どもの声。
お腹減ったー、という声とともに数人が走っていく音がする。
そうだな、お腹減ったな。
「夕食の準備をしようか」
「そうですね」
お互いに冷静になり、二人で夕食の準備を始めた。
まあ、二人でといっても俺はセシリアの指示に従って動くだけだが。
「結婚したら頭が上がらなくなるなぁ」
「そう思うなら今の内に覚えてくださいね」
「これも修行か……」
普段から料理をするようにしているけど、凝った料理は作れない。
こればっかりはセシリアの手伝いをして行って覚えないと。
……今、何気なく結婚後のこととか考えていたな。
「もうそういう段階なんだな……」
「まだ、下処理が済んだ程度ですよ」
「あ、はい……」
料理に集中していたからか。
俺が別のことを考えていたと気づかなかったな。
機嫌が良くなった俺を見てセシリアは首を傾げていた。
二人で生活していく中でセシリアにも気づいて欲しい。
作り終えた夕食を食べ終え、俺はある決意をした。
食事処でシークたちと盛り上がり、セシリアを仲間外れのような形にしてしまったこと。
これから家族になるというのにその扱いはいけない、反省すべきである。
二人きりになったら何かしようとあの場で伝えたものの、何をすれば良いのか。
これから家族になる……結婚して夫婦になると。
だったら、こういう提案をしてみても良いのではないか。
「セ、セシリア……」
「どうかしましたか」
片付けをしながら話をする。
うん、改まってするような話じゃないしちょうど良い。
「今日、泊まるよね」
「はい。ヨウキさんが先程誘ってくれたので」
「提案があるんだ」
「何でしょう」
「えっと……」
ここで止まってどうする、俺。
さあ、後は勢いだけだ。
断られるリスクなんて気にするな。
口だけでなく食器を洗う手も止まってしまった。
情けなさ過ぎると自己嫌悪していると、セシリアも手を手を止め俺を見てくる。
早く提案を……。
「何で迷っているのかわかりませんが……ヨウキさんらしくしてみてはどうでしょう。私の知るヨウキさんは攻める時、後々訪れる羞恥を顧みず、自分の想いをぶつけてきてましたが」
今日はそうではないのですかと言われてしまった。
セシリアの言う通りだ。
今日は色々考えることがあったせいかペースを崩してしまったらしい。
そう……始めから入れておけば良かったんだ、厨二スイッチを!
「ふっ、そうだったな。では、早速俺の想いを伝える。結婚前だ、不健全なことはしないと誓う。だから……一緒のベッドで寝てみませんか」
最後の最後で厨二スイッチが切れた。
変に敬語になってしまったんだが……内容も内容だしセシリアの反応が怖い。
言ってしまったのだから、後は堂々と返答を待てれば良いんだけど。
内心ドキドキだが、どうにか平常心を保ち表情を変えないようにしていると。
「正直、ヨウキさんの提案に驚いています。そしてその要望に応えるべきかどうか……いえ、迷う必要はないですね。ヨウキさんの人柄は知っています。誓いを破ることはしないでしょう」
「そ、それはつまり……」
「まあ、絶対に手を出さないと言われたらそれはそれで悲しかったりしますよね」
私、魅力ないですかと聞かれ対応に困る。
いやいや、そんなわけないじゃない。
口だけで言い訳してもダメだよな……恋人の不安を取り除かないと。
「よし、俺がセシリアの魅力を片付けが終わるまで思いつく限り言っていこう!」
「えっ、いつだかそういうことをされた気が……ま、待ってくださいヨウキさん。悲しいと言ったのはちょっとした冗談でして」
セシリアは止めに入ったが俺は再び厨二スイッチ入れた。
「ふっ、まず出てくるのは優しさだろうか。魔族の俺に手を差し伸べてくれた。孤児院の子どもたちの人気も高い。そうだ、子ども好きというのも魅力だな。セシリアに寄っていく子は多い。やはり、包容力があるからだろう。俺も度々、セシリアに癒されている。もちろん、やり過ぎた時は説教を……そうだ。セシリアは人を導く力もある。間違ったことをしてもただ、怒るだけでなく、どうすれば良かったか、これからどうするべきか一緒に考えてくれるよな。あとは……」
「もう……もう良いですからヨウキさん」
魅力を語ったらダメージを受けるらしい。
言い過ぎも良くないってことか。
セシリアの回復、片付けも終えた。
「よし、寝よう。ベッドへ行こう」
「張り切り過ぎではないですか」
「これも家族への第一歩だろう」
ほらほらとセシリアの手を握り寝室へ。
ベッドを目にすると途端に緊張してきた……。
ダメだ、ここはカッコ悪いところを見せずに押しきらないと。
「今まで野宿したり二人で泊まるとかあったけどさ。一緒のベッドっていうのはなかったよね。こういう時って寝顔とかはっきり見えるのかなー……なんて」
緊張を解そうと言っただけだったんだ。
この言葉がセシリアを本気にさせてしまった。
急に手を引かれ、ベッドへと押し倒される。
俺は突然のことに対応できず、なされるがまま。
何だ、どういうことだ。
仰向けに寝る体勢になり、セシリアが上から覗き込んでくる。
「……ヨウキさん。私はヨウキさんと一緒のベッドで寝ることは了承しました。誓いを疑ったりしていません」
「う、うん」
「ですが……今日は嬉しい出来事があったため、寝た後に表情が緩んでしまうかもしれないんです」
何が原因かはわかりますよね、と目で訴えてくる。
それってこの状況のことだよなぁ。
「今日の寝顔を見られるのはとても恥ずかしいので……ヨウキさん、ごめんなさい。先に寝てもらえますか」
「いや、そんなこと言われても……」
初めて恋人と一緒のベッドで寝るというのにすぐに寝付けるわけがない。
しかし、俺の心配はセシリアにお見通しだったらしい。
「安心して下さい。私……孤児院で子どもたちを寝かしつけることもしているので得意なんですよ」
「俺は小さい子どもじゃないんだけど」
「大丈夫ですよ。さあ、目を閉じて……」
この後、セシリアによる寝かしつけが始まった。
俺が子どもじゃないというのは関係なく。
段々と睡魔に襲われ、最後に見た光景は俺の隣に横たわるセシリア。
「おやすみなさい、ヨウキさん」
「うん、おやすみ……」
何とか言葉を返したところで俺は目を閉じた。




