練習風景を見てみた
俺が脚色した俺とセシリアの出会いの物語を演劇にしたいと。
俺としては元気付けるためにある男の話をしてあげただけだったんだが。
魔族という部分を隠して俺とセシリアとの出会いを多少脚色したストーリー。
世間に向けて発表されても問題ないと言えばない。
セシリアはどうなんだろうな。
物語の主人公は俺、ヒロインはセシリアだ。
セシリアの考えが聞きたいけど、ここでセシリアに聞くのは変だよな。
「そうですね。ウェルディさんの本気度が見たいので一度練習風景を見学させてもらっても良いですか。もちろん、ウェルディさんだけでなく劇団員の方々の演技も」
「構いませんよ。今、ご案内しますね」
ウェスタの案内で稽古場へと向かう。
この移動時間に相談だ。
会話内容が聞こえないようにウェスタから少し離れてっと。
「セシリア、今回の話どう思う」
「演劇の話を受けるか受けないかということですか。そうですね……自分の実体験を演劇にして披露されるというのは気恥ずかしさがあります」
「じゃあ、反対?」
「ウェルディさんがどうしてもやりたいというのであれば良いかなという思いもありまして。ただ、出会いの想い出というのはとても大切なものですよね」
「もちろん。俺はセシリアと初めて出会った時のことを忘れない」
あの時、感じたことや独り言まで記憶している。
「私たちにとってかけがえのない想い出を蔑ろにせず、本気で取り組んでくれるのなら……私は良いと思いますよ」
「セシリア……」
理由を説明できない、というかこういうのは理屈とかではない。
ただ、横にいる恋人を抱きしめたくなった。
もちろん、ここは公共の場で前方にはウェスタがいるので実行できない。
くそっ、この胸の高鳴りをどう抑えれば良いんだ。
しかも、反射的に名前を呼んでしまっただけなので言葉を用意していない。
「あー、えーっと……今日、家泊まる?」
何とか絞り出した言葉がこれだ。
絶対、このタイミングで言うことじゃないだろ。
失敗を隠せず、表情に出ているのがわかるな。
絶対に頬がぴくぴくと動いてる。
「そうですね。今日もお邪魔させてもらいます」
話す時に少しだけ笑っていたので俺が何かで迷っていたことはばれてる。
だが、それ以上のことは深追いしない。
セシリアはそういう女性なのさ。
「何で迷っていたのか家で詳しく聞かせてくださいね」
……セシリアはこういう女性でもある。
俺は言い訳せず、力なくはい……と返事することしかできなかった。
家での宿題が増えたところでウェルディさんの稽古姿を見ることに。
演技の練習の良し悪しなんて俺にはさっぱりだが。
稽古場ではウェルディさんが杖を持って台詞を読んでいた。
「私と……外の世界に出ましゃう」
相手役に手を差し伸べて台詞を言ったウェルディさんだが肝心なところで噛んでしまった。
おいおい、そこは一番噛んじゃダメなところだろ。
俺の心を動かした人……魔族生の名場面だぞ。
ウェルディさんもやってしまったと目をうるうるさせている。
いや、まあ……最近、始めたばかりなら仕方ないか。
「というか、もう許可なく練習してるな」
「すみません。娘が許可が取れなくても経験になると言い張って」
ウェスタが深々と頭を下げる。
別に怒ったとかじゃないんだ。
「そういうつもりで言ったわけじゃないから顔を上げてくれ」
「はい、ありがとうございます。それで娘の方はどうでしょうか」
ウェスタは頭を軽く上げ俺の顔色を伺いながら尋ねてくる。
俺に一任だもんなぁ、セシリアがどう思っているかは聞いたし。
「ほらほらー、そんなんじゃ良くないと思うよー。体捌きの練習もするんだからさー」
「は、はい。シーク先生!」
シークに煽られて根性を見せるウェルディさん。
失敗しても下を向かず、前向きに練習を再開していた。
「自分でやりたいと言ったんだ。ウェルディさんの様子を見るに挫けず、適当にならないで最後までやり遂げそうだな」
まあ、シークもいるから時々、どんな感じか聞けるし。
「で、では……」
「俺は任せても良いかなって」
「あ、ありがとうございます」
余程嬉しかったのか俺の手を掴んで何度も感謝をするウェスタ。
これが娘の前進のきっかけになれば、とでも思っているはずだ。
託したからな、頼んだぞ。
心の中で言って俺たちはハピネスの様子を見に行った。
「まあ、そうだわな」
ハピネスの稽古場へ着くとすでに練習は始まっていた。
そこで目にしたものはシケちゃんが作曲した歌を歌っているハピネスの姿。
やっぱり、そういうことになるのね。
「どうもハピネス様の後ろには優秀な吟遊詩人が付いているらしく。定期的に新曲を送って下さっているみたいですね」
「ええっ!?」
俺はそこまでしているなんて聞いてないぞ。
おい、どうなってんだハピネス。
「ハピネス様と吟遊詩人を仲介している方があちらにいらっしゃいます」
ハピネスとシケちゃんを仲介?
俺は視線をウェスタが指差した人物に向ける。
変装しているが俺の目は誤魔化せない。
やはり、来ていたか。
「レイヴンじゃん……」
「レイヴンさんですね」
椅子が用意されているんだから座れば良いのに。
立ったままハピネスの歌声を腕組みして聞いている。
時々、頷いているのは何故なんだ。
どういう話し合いをしてこうなったんだろう。
聞いてみるか。
「おい、レイヴン」
「……ヨウキか。それにセシリアと劇団長も」
「こんにちはレイヴンさん」
「お世話になっております、レイヴン様。……私は劇団員と話があるのでここで失礼します」
気を遣ったのかウェスタはそう言うと俺たちから離れていった。
うーむ、最初に疑っていたのが申し訳なくなるくらい、ウェスタって良い人だな。
ウェルディさん、早くあの誤解を招く笑みを直してあげてくれ。
「それでレイヴン。ハピネスとシケちゃんの繋ぎ役をしているって聞いたんだけど」
「……ああ、そうだ。曲を提供してくれないか相談してみたらな。構わない、むしろ協力してくれと」
「あの、レイヴンさんはハピネスちゃんが劇団で歌を披露することを迷っていたのでは?」
確かにそうだったな。
パーティーではハピネスと一緒に歌っていたけど、ここまで協力的になるなんてな。
「……俺はハピネスがやりたいと言ったことを全力で応援しようと決めただけだ。それに……パーティーで一緒に歌ってみたらさ。やっぱり、ハピネスの歌は良いって再確認した。それなら、俺の持つものを全て使って支援しようと」
「その結果がシケちゃんへの協力だったわけか」
「……そういうことだ。他にも俺が非番な日は送り迎えする。上手く日程を調整して難しい時はデュークやシークくんに頼むさ」
本当にハピネスのことを大切に想ってくれているんだな。
俺は嬉しいよ、レイヴン。
「俺も協力するぞ」
「私もです」
「……二人とも、ありがとうな」
俺たちとの話が終わるとレイヴンは静かにハピネスの歌を聞く体勢に戻った。
優しげな表情でハピネスを見守るレイヴンを見て俺は……。
「もう正式に発表しても良いんじゃないかな」
付き合っていること公言すれば良いのにと思って、つい口走ってしまった。
小声でぼそっと言ったくらいだ。
それにレイヴンはハピネスの歌声を聴き入っていたし、聞こえてはいないだろう。
俺は人のこと言える立場じゃないからな。




