元部下の話を聞いてみた
「おかわりー」
「……注文」
「もう一杯!」
「……追加」
「お前らな……」
遠慮を知らない元部下二人がどんどん注文しては食べている。
奢ると言ったらこうなる。
最初からわかっていたことなんだよ……それでもさ。
「俺は上司としてこいつらに遠慮という言葉を教えるべきだった」
「ヨウキさん……会計、折半しましょうか?」
「いや、ここは奢る。今日はハピネスのめでたい日……を迎えることがわかった日だ。前祝いってやつにしよう」
俺が奮発することを提案すると。
「隊長、かっこいいー」
「……男前」
二人のほぼ棒読みの褒め言葉が飛んできた。
こいつら、やっぱり教育し直してやらないとダメじゃないか。
俺のじと目などものともせずに両手を口に当てて、ヒューヒュー言ってきてるし。
「二人とも。言い過ぎるのは良くありませんよ。私以上に親しい間柄で家族同然の関係とはいえ、節度は守らないと」
「はーい」
「……了承」
セシリアの言うことは素直に聞くらしい。
二人は大人しくなり、食べるペースがゆっくりになった。
味わって食うことにしたと。
「もうこいつら元部下だし。あとはセシリアに丸投げしようかな。セシリア隊長でよろしく」
「何がよろしくですか。ヨウキさんの代わりはいないんですよ。面倒見の良い頼りになるヨウキさんを……二人は敬愛しているはずです」
美しい所作で食事をしながらセシリアは俺に話してくる。
俺だってセシリアが言うならと思いたいさ。
だけど敬愛……敬愛?
俺は少し食べるペースの落ちた二人を見て考える。
二人との思い出を振り返ってみよう。
良い思い出もある……が。
「済まないセシリア。恋人の言うことを否定したくないが俺は……くそっ!」
「そこまで思い詰めなくても」
「なら、これで許してもらおー」
「……贖罪」
二人が渡してきたのはすっぱいことで有名な果物だ。
果実酒や料理に使われるがそのまま食べることはない。
自分への罰として食えと。
「わ、わかった。いってやる!」
「いけいけ隊長ー」
「……一気」
二人の言葉に押され俺は果物にかぶりついた。
口内に広がる酸味、それは到底受け入れられるものではなく。
「すっぱぁぁぁぁぁ!」
「良いぞ隊長ー」
「……漢気」
「やはり、私は置いてけぼりですね」
贖罪のためと思って食べたのに新たな罪を増やしてしまった。
「大変だー。これはもう一個いかないと隊長!」
「……同意」
「もう一個か……よし!」
「よしではないです、ヨウキさん」
セシリアの制止を聞かずに二個目を食べ、俺は再び叫び声を上げた。
「良いですか。楽しむのは悪いことではありません。ただし、公共の場であることを理解し、周りへの迷惑を考慮して楽しみましょう」
「はーい」
「……了承」
「すみませんでした」
三人揃って反省中。
店の中で騒ぎ過ぎということでセシリアから注意を受けることに。
悪ノリが過ぎたのが原因だ。
きちんと反省しないと。
「そもそも……そういう風に話されてしまうと私だけ輪に入れないではないですか」
少しだけ口を尖らせ、セシリアは消え入る声で話す。
俺にはしっかり聞こえた、聞こえたぞ。
もちろん、店や客への迷惑になるという注意も確かにあったんだろう。
しかし、身内で盛り上がり過ぎており疎外感があって寂しかった……そういう風にとらえて良いかな。
確認するまでもなく、そうだと断言できる。
何かしらのアクションを起こそう、二人きりになったらな。
指を二本立てて指差し、それとなく伝える。
セシリアならこれだけで察してくれるはずだ。
あとは二人に気づかれないように話を変えよう。
「ところでハピネスは劇場に入ることを決めたってことで良いのか?」
この話題なら無理矢理感はないはず。
元々、聞きたかったことでもあるし。
「……不定期」
「ハピネス姉は使用人を辞めずにたまーに劇団で歌を披露することにしたんだよー」
「そうだったのか。セシリアは知ってたの?」
「いえ、今知りましたよ……」
同じ屋敷にいて雇用主の娘さんなのにそんなことがあるのか。
セリアさんとソフィアさんしか知らなかったパターンかも。
「……多忙」
「あー、セシリアが忙しかったから言い出す暇がなかったと」
「……正解」
「そうだったんですね。レイヴンさんは知っているのですか」
「……当然」
「相談して護衛をつけるって話になったんだってさー。ハピネス姉の彼氏さん、ハピネス姉のこと大好きだよねー」
「……沈黙」
「むーっ!?」
ハピネスが無理矢理シークの口を塞いだ。
今更隠すことでもないだろうに。
まあ、レイヴンも自分なりにハピネスの応援をしようと考えて護衛って形になったのかね。
使用人と両立っていうのは大変だと思うが、そこはハピネスが決めたことだ。
周りに相談しながら上手くやるだろうよ。
もがもがと暴れてシークはハピネスの拘束を解く。
いや、ハピネスが解いたというべきか。
ぜーぜー、と息を整えるシークをハピネスはもう余計なことは口にするなと目で語っているようだった。
おちょくるような言い方をしたのが良くなかったのかもしれんな。
「シーク。お前はこの出来事でまた一つ大人に近づいたな」
「き、気をつけるようにするよー」
「……反省」
「そ、そうだ。隊長たちも劇場に付いてきたら良いんじゃないのー?」
シークが話を変えようと話題を振ってきた。
どうしようかな、二人きりでデートしたい。
でも、ハピネスのことも気になるし。
「そうですね。二人が良いのであれば同行しましょうか、ヨウキさん」
迷っている間にセシリアが結論を出してしまった。
セシリアが良いなら……良いか。
「うん、そうだな。ハピネスの晴れ舞台を見に行こうじゃないか」
「……練習」
「あ、そうなのね」
何ともしまらないところで会話が終わり劇場へと向かった。
なお、食事の支払いは予想を超えたものだったよ。
前祝いだからな、良いさ。
「ハピネス様、ようこそいらっしゃいました」
劇場に着くとウェスタが迎えてくれた。
相変わらず、何かを企んでいるような笑みを浮かべている。
揉み手もしているから、余計に怪しく見えるんだよな。
「……よろ」
「こんにちはー」
ハピネスはいつも通り、シークは元気に挨拶する。
この二人は予定通りのお客様だ。
俺たちは急遽来たわけだが、事情を話すとすんなり中へ通してくれた。
俺は家族としてセシリアは雇用主の娘としてハピネスを見たいという理由だ。
戸惑うことなく、ウェスタは予定外の俺たちを受け入れてくれた。
まあ、ハピネスは早速打ち合わせと練習があると言って別れたけど。
「まさか、ヨウキ様とセシリア様まで来てくださるとは」
「ハピネスちゃんの様子を見たくて……突然でしたがお邪魔させてもらいました」
「ハピネスとシークが心配でお邪魔させてもらいました」
「ヨウキさん……」
いや、割と本心だからね。
何をやるかわからない二人なんで。
ここにデュークが入れば何の心配もしなくて良いんだけどさ。
今頃、イレーネさんを背負ってエルフの里に向かっているところだろうから。
ここは俺が見てやらないと。
「成る程、成る程。私も娘が心配になることがありますから……家族を想ってのことなんですねぇ。気持ちはわかりますよ」
ウェスタも共感してくれた。
やっぱりそんなもんなんだよな。
「あっ、シーク先生!」
シークを先生と呼ぶのはウェスタの娘、ウェルディさんだ。
何故に先生呼び……?
「シーク先生。是非、私に動きの指導をお願いしたいのですが」
「えっ、えーっと」
「行きましょう」
有無を言わさぬ剣幕でシークに迫ったウェルディさんはシークを引っ張っていった。
「同年代のシーク様と仲が良いみたいで。それと前回の指導も娘にとって良い刺激になったらしいんですよ」
俺の説得も良かったと思うんだけど。
「さすがシークだな」
「感心している場合ですか。ヨウキさんの描いた絵が段々と現実になっているのですが」
「うーん……まあ、この辺で打ち止めだろう」
もし、何かあったとしても悪い結果にはならないからさ。
「今、ウェルディは演劇のために猛特訓しています。何としても成功させたいと言っておりまして。私だけでなく劇団員全員がウェルディに協力しているんです。そこでヨウキ様にも一つだけお願いしたいことがあるのですが」
「俺に?」
「はい……実はウェルディがやりたい演劇というのがですね。ヨウキ様が聞かせてきた物語だと言うのです」
「えっ」
それはまさかある男の話……俺とセシリアの出会いを脚色したやつのことか。
「ウェルディから私も聞かせてもらったのですが。これならいけると確信しております。どうか私たちに演劇にする許可をもらえないでしょうか」
軽い気持ちで劇団に来たのにとんでもない話になったぞ。
どうしよう……。




