作戦会議してみた
「この際、私の噂に関してはどうでも良いです」
セシリアの部屋に入り、最初に言われた言葉がこれだ。
さっきまで俺のやらかしについて話していたのにどうしてこうなった。
俺がセリアさん、ソフィアさんと話している間にどういう心境の変化があったというのか。
「いやいや、セシリアの清廉潔白なイメージを損ねる噂は早急に鎮めないとだめだって。俺が体を張ってでも何とかするからさ」
「そこまで体を張る必要はない……というか止めてください」
「なんで?」
「私がヨウキさんに少しずつ脱ぐように指示を出したという噂が流れているんですよ。その噂をヨウキさんが必死になって止めようとしたら、また別の噂が立つでしょう」
「セシリアが自分に不利な噂が流れているから俺に止めるように仕向けたっていう感じの噂が……」
「そういうことです」
取り返しのつかない事態になっているらしい。
俺は激しく後悔した。
俺が動けば動くほど、セシリアに迷惑がかかるなんて。
どうすればこの状況を克服できるというのか。
俺が頭を悩ませている中、セシリアは落ち着いた様子で紅茶を準備している。
慌てている様子は窺えない。
このままの状態で良いのか。
「噂を止めようと躍起になればなる程広がるものです。静観していれば自然に落ち着きますよ」
「そんなもんなのか……?」
「私は自分の噂についてではなく、ヨウキさんが私に相談なく行動したことについて怒っているんですよ」
腰に手を当ててアピールしてくるセシリア。
そういうことだったのか。
「本当に申し訳ない……」
「ヨウキさんの気持ちは充分に伝わりました。私はヨウキさんが積極的に動いてくれて嬉しいです。しかし、事が事だけに慎重にならないと」
その微笑みが逆に辛い。
聖……の二つ名に相応しい心の広さと優しさをを持っている。
このまま俺が何もせずとも結婚式の段取りは進み、開催されるだろう。
正体を明かす作戦もセシリアなら俺より良い案を出してくるさ。
それでも俺は……。
「セシリアの言う通り、俺だけで動いたのは良くなかった。もっと二人で話し合うべきだったよ。だから、俺はセシリアが納得するような作戦を考える。何度も打ち合わせすることになるだろうけど……仮面を取る場は俺に決めさせてくれないか」
元々、黒雷の魔剣士は俺が作ったキャラクターだし。セシリアとの結婚のためにもやることはやらないと。
「ヨウキさんは放っておいたら何をするか私にもわからないので、相談してくれるなら良いですよ。おそらく、ここが正念場ですから」
「そうだな。それじゃあ、俺が案を出していくから聞いてくれる?」
「どうぞ」
俺は紅茶を一気飲みして相談を始めた。
脱ぐのは辞める、これは確定。
それ以外の方法となるとだ。
「もうこうなったら会見を開いて説明するとか」
「ヨウキさんにしては珍しく正攻法ですね」
脱ぐのが駄目なら結婚しますと素顔で説明するのが一番手っ取り早いし誠意も伝わる。
俺らしいかと聞かれたら首を振る方法だが、回りくどくなくて良いかなって。
「会見ですか……私と結婚するために会見が必要なんでしょうか」
「確かに何だか違う気がする。仮面を取るってそういうことなのかな」
「仮面で顔を隠して正体を明かした経験がないのでわかりませんね……」
経験するもんじゃないよな、やっぱり。
二人で首を捻って考えていると扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「入るぞ」
部屋に入ってきたのはガイだった。
ティールちゃんに起こしてもらったようだ。
「小僧……よくもティールを我輩にけしかけたな」
「おう。良い目覚めだったろ」
「何が良い目覚めだ。ティールは寝ている我輩を起こさなかった。そのせいで仕事をサボっていると見られて上司から叱られていたぞ。我輩もその上司に起こされた」
ソフィアさんがティールちゃんを叱ったと。
さっき別れた時にそんな予感がしていた。
「起こしてきてくれって俺は頼んだぞ」
「ティールが気持ちよく寝ている我輩を起こすと思うか!?」
知らんがな。
「今までの言動を考えると静かに見守っていそうですね」
「ガイもティールちゃんを陰ながら見守っていたようなもんだし似たもの同士、やっぱりお似合いだな」
「小僧、我輩の怒りの原因を増やそうとしてないか」
変装しているのに魔物全開なオーラが見える。
おい、屋敷の中なんだから自重しろ。
「わかった、悪かったよ。次から目立たないように俺が作り変えて庭の置物として飾って置くから」
「やはりふざけているな……?」
「ヨウキさん、話題がずれてしまうのでそろそろ身を引いて下さい」
「はい。ガイ、すまなかった」
「貴様、僧侶の娘に弱すぎるだろう……」
呆れが混じった声で言うなよ。
さっきまでの怒りはどこへ消えたのやら。
セシリアの言う通りだし、ガイにも相談に乗ってもらおう。
「脱ぐ以外で作戦を考えようと思ってさ」
「うむ。それで次はどうする気だ」
「それを考えてるんだよ。仮面を取るってのは案外難しいみたいでな」
「あの怪しい仮面を取るだけなら我輩が殴るだけで済みそうだがな」
はっはっは、と冗談を言ったつもりなのか高笑いしているガイ。
殴って取るとかそんな方法で良いわけがないだろ。
「……いや、それはいけるかもしれない」
「は?」
「え?」
セシリアもガイも何を言っているんだという声を出さないでくれ。
俺は正常だからな。
セシリア、杖を持って回復魔法を唱えようとするのは止めようか。
ガイも頭を抱えて自分の発言を激しく後悔するのは止めろ。
「二人とも俺の説明を最後まで聞こうか。最初から可哀想なやつ扱いするのはさ……酷いだろ」
「それはヨウキさんがあまりにもおかしなことを言うからですよ。殴られるって……」
「おい、我輩のせいか。我輩が似合わない冗談を言ったせいでこのような事態になっているのか」
「違う違う。本当に良い案だから、聞いてくれ。俺が知ってる物語でさ。仮面割れっていうのがあるんだ」
仮面を被ったキャラが敵の攻撃を顔に食らってひびが入る的なやつ。
偶然に顔が見えた、これなら自然に正体をばらせる。
二人にどのようなものかを詳しく説明。
一応、納得してくれて俺がおかしくなった疑惑はなくなった……が。
「……成る程、そういうことですか。殴られて仮面が取れ、顔が見えたとしてもその後はどうするんでしょう」
「それは……ふっ、ばれてしまったか。俺が黒雷の魔剣士ヨウキ。セシリアと結婚する男だ、と高らかに宣言するつもりだけど」
「そもそも誰が小僧のことを殴るんだ。自分の強さをわかっているのか。自分の名がどれだけ売れているかくらいわかるだろう。誰にやられても茶番にしか見えんぞ」
ガイの指摘は正しい。
黒雷の魔剣士の強さは世間的に計り知れないものになっている。
簡単に負ける存在ではない。
正体を明かす場を作る目的で殴られたのだとばれてしまうだろう。
ただ、それは俺が誰よりも強いと証明している場合だ。
「いるだろう。俺よりも無限の可能性を秘めた勇者様が」
「勇者様に頼むつもりだったんですね」
「魔王を倒して嫁のためならいくらでも強くなれるユウガ相手なら仮面割れしても仕方ないと思うだろう」
やってみる価値はあるはずだ。
しかし、セシリアは否定的なのか首を傾げている。
ガイも腕組みして考えているな。
「今の勇者様がそういった依頼を受けてくれるかも問題なんですよね。聖剣の力が表向き封印されているので」
「あー、それね」
正しくはミカナが聖剣を脅しているからなんだけど。
その辺は相談してみればなんとかなりそうだが。
「これだけ正体を明かすことを引っ張ってしまったんだし、多少、演出がかったことをしても良いかなって……そういうのは良くないかな?」
「……ヨウキさんが最後にまとめられるなら、私は試してみても良いかと思います。打ち合わせをしっかりとすれば問題は起きないでしょうし」
「我輩はまあ、二人が決めたのなら良いのではないか。決まった以上、応援はするぞ」
「よし、それじゃあ早速、ユウガのところへ行ってみようか」
「今からですか」
「うん。家にいなかったら用事があるってメモを置いておけば良いしさ」
「相変わらずこういう時は行動力があるな」
「こういう時はって何だよ」
いつも頑張ってるつもりなんだけどな、
まあ、ユウガが協力してくれないと話にならない。
何としても首を縦に振らせないとな。




