夫婦の昔話しを聞いてみた
「昨日、ギルドの知人が入院したって聞いて、見舞いに行ったんだよ。そしたら、ソフィアさんの夫だったんだよな」
二人から面白い話を聞けたらいいなぁと思いつつ、昨日あった出来事を二人に話す。
クレイマンが入院した経過から、無駄にラブラブな雰囲気を見せ付けて帰ったところまでだ。
しかし、話している内にクレイマンに対して悔しさが込み上げて来て、いらいらしてしまう。
あのクレイマンが結婚出来ている。
幸せそうにソフィアさんと過ごしているんだろうなぁ……。
俺なんて彼女すら出来たことがないというのに。
理不尽過ぎる怒りのせいで、何故か熱弁してしまっている俺に二人は首を傾げていた。
話を終えると、セシリアが口を開いた。
「実は私も昨日ソフィアさんと話をしました。確か、ハピネスちゃんも一緒でしたよね?」
ハピネスが首を縦に振り肯定する。
「……メイド長に叱られた直後」
「ああ……」
昨日抜け出したのがばれて、連れ戻されたもんな。
ハピネスの表情を見る限りこってり叱られたのだろう。
早くクレイマンとイチャイチャしたかったのにハピネスのせいで遅れたから腹いせに……いやいや、ソフィアさんの性格からしたらないな……ないよな?
そんな心配をしているとは思いもしていないセシリアは昨日の出来事を語り始めた。
「昨日は朝食を食べた後、ダガズ村での報告書をまとめていたのですが、息抜きに屋敷内の中庭に行こうとしたら」
玄関でハピネスのことをいつも通りの無表情で叱っているソフィアさんを見たらしい。
通りがかったセシリアを見つけたハピネスは目線で助けを求めた。
優しいセシリアはそのまま見過ごすことができずに止めに入った。
「ソフィアさん? そろそろハピネスちゃんを許してあげても……」
セシリアの声に気づき振り向きソフィアさんは綺麗な一礼する。
「おはようございます、お嬢様。……しかし、ハピネスは仕事を抜け出しヨウキ様のもとに遊びに行っておりましたので、注意しなければなりません」
ビシッとそう言い放ったソフィアさんにセシリアは何も言えなくなった。
頼みの綱であったセシリアがソフィアさんに言いくるめられてしまいハピネスは絶望したとか。
結局、説教はその後五分ほど続いた……何故かセシリアもその場に留まったようだが。
その五分間はハピネスやセシリアにとってとても長く感じたらしい。
「ふう……今日はこれぐらいにしておきます。次からは気をつけてください」
「……はい」
テンションがかなり低めになってしまったハピネスをセシリアは気の毒そうに眺めていたんだとか。
……自業自得だから、そんなに気を使わなくていいのにな。
「さて、急がないといけませんね」
「……今日って何かありましたか?」
何故か急いでいるソフィアさんを見て、家の用事があると思ったセシリアはそう質問した。
「いえ、私は今日元々有休を取らせていただいていたので……」
自分がティールちゃんを連れてきたせいで仕事が増えたと思ったセシリアはすぐにソフィアさんに頭を下げようとしたが。
「お嬢様は悪くありませんからお気になさらないでください……悪いのは……」
じろりとハピネスをソフィアさんは見ると、ハピネスは恐怖からか縮こまってしまった。
元冒険者ランクAの睨みに耐えられなかったのだろう。
「まあまあ、ハピネスちゃんも反省していますし……」
また、ハピネスが説教されるのが不憫に思ったセシリアはなんとかソフィアさんを宥めた。
セシリアに説得され、ソフィアさんは自分が急いでいることを思い出した。
「そうですね。本人も反省しているようですし、私も急いで治療院に行かなければならないので」
「治療院? ……ソフィアさん体の具合が悪いのですか!?」
セシリアはソフィアさんが体の調子が悪くて治療院に行くと勘違いし、あわてて詰め寄る。
具合が悪くて有休をとったのに、無理矢理屋敷に来たのだと思ったようだ。
「お嬢様、落ち着いてください。私は健康です。夫を迎えに行くだけです」
「……夫? すみません、勘違いをしてしまって。ソフィアさんは結婚していましたね。迎えに行くとは……?」
「夫が全治一ヶ月の重傷を負ってしまいまして……」
焦るそぶりを見せず、いつも通りの口調で淡々とそう述べたそうだが、セシリアは驚き、声をあらげてしまう。
「た、大変じゃないですか。何があったのですか!?」
セシリアはソフィアさんが冒険者だったことも、ギルドでコンビを組んでいたクレイマンと結婚していたことも、セリアさんからある程度の話は聞いていた。
だから、元ランクAの冒険者である夫が重傷を負ったという話を聞き、並大抵ではないことが起こったと思ったようだ。
焦るセシリアを見て、ソフィアさんは自分が言った言葉に語弊があることに気づき訂正する。
「正しくは負わせたと言うべきですね……」
「……え?」
それまで空気になっていたハピネスも一緒に、口を開けて唖然としたらしい。
……そこにいたら、俺も同じリアクションをしていただろうな。
「えっと……どういうことですか?」
「……説明」
立ち直ったセシリアはソフィアさんの言葉の意味が解らず説明を求めた。
恐怖で会話に入らなかったハピネスも気になり説明を求める。
「時間がありませんので簡潔に説明しますと、結婚記念日に一人にされ、夫に朝帰りされたのでむかついてしまいボコボコにしてしまいました」
「ええっと……」
「……沈黙」
突っ込むべき話なのに、何故か二人ともソフィアさんに突っ込むことが出来なかったとか。
ハピネスはともかく、セシリアまでツッコミができないなんて……。
「でも、朝帰りした理由が私のために贈るプレゼントを探していたからなんて……夫らしいです、本当に」
そう語るソフィアさんが微かに笑っていたのを二人は確かに見た。
そのまま、二人に挨拶をしてから、身を翻してメイド服姿のまま颯爽と屋敷を去っていったとか。
「これが昨日あった出来事の内容です……」
「うん、やっぱりソフィアさんクレイマン夫婦はなんだかんだラブラブってことが分かったわ」
何そのデレ!?
もし、クレイマンがプレゼントを買って渡していたらどうなっていたのか凄く知りたいんだが。
「ハピネス、今日はソフィアさんに会っていないのか?」
「……会った」
「どうだった?」
「……怖かった」
あれ?
クレイマンの看病をして、機嫌が良くなったと思っていたのだが。
また、クレイマンが何かやらかしたのか?
「……ニコニコが」
「……」
どうやら、機嫌は良かったようだ。
ハピネスが怖いと言ってしまうソフィアさんの笑顔。見てみたいものだな。
そう思っていると本来聞きたかったことが聞けていないことに気づいた。
冒険者時代の話を聞いていない!
ラブラブな話はもういいんだよ。
あの二人の奇天烈な冒険者時代の話を聞きたいんだよな。
「セシリア、ソフィアさんの冒険者時代の話って聞いたことあるかな?」
「いきなりそう言われましても……ああ、お母様から聞いた話がありますよ」
「話して話して」
面白い話カモン! と言いセシリアをせかす。
俺のこどものような様子にセシリアはクスクスと笑い
「では話しますね」
「もういいよ……セシリア」
外を見るとすっかり日が暮れてしまっている。
あれから、飲まず食わずでセシリアに『無敵の無気力カップル』の知っているエピソードを語って貰った……が。
「なんで最終的に甘くなって終わる話しかないんだよ……」
「す、すみません」
申し訳なさそうに謝っている。
しかし、別に責めているわけではないし、セシリアが悪いわけじゃないから謝らなくていいので、止めた。
ハピネスは途中から話に飽きてしまい、俺のベッドの上で熟睡中。
「あの二人何なんだよ……」
例えばソフィアさんとクレイマンが出会って間もない頃の話。
コンビを組んだはいいが、ソフィアさんは不安があったらしい。
クレイマンと組む前に、何回か他の冒険者とパーティーを組んでいたことがあったとか。
しかし、昔ソフィアさんはかなりマイペースで他の冒険者に合わせることをあまりしなかった。
結果、実力者なソフィアさんは無傷で達成できる依頼でも仲間では大怪我する者がいた。
仲間に合わせない依頼の選びをしたソフィアさんのせいだと言われ、パーティーを何回も離れたりしたそうだ。
しかし、クレイマンはだるい、面倒と言いつつもソフィアさんの選ぶ依頼に何だかんだでついて行った。
コンビを組んで一ヶ月程たったある日。
ギルドの酒場のテーブルに二人向かいあって食事をしていた時に。
「……そんなに面倒なら、パーティーを解散しますか?」
クレイマンに無理をさせているのではと思ったソフィアさんはコンビの解消を提案したそうな。
クレイマンは酒をグビッと飲み、グラスをテーブルに置いてソフィアさんを見つめ
「確かに依頼は面倒だけど、ソフィアといるのは面倒じゃねえから無理」
そう言ったらしい。
そこから、ソフィアさんに恋心が芽生えたとか……何だよこの話!?
例えば、『無敵の無気力カップル』と呼ばれるきっかけになった話。
愚かにもソフィアさんをナンパしようとした勇気あるゴロツキ共がいたようだ。
ギルドの酒場でクレイマンが用を足しに数分席を立っている間にギルドに酔っ払い三人組が入ってきて、あろうことかソフィアさんに絡み出したとか。
下卑た笑いを浮かべながら、ソフィアさんをナンパしたところ。
「なんでしょうか、何かご用ですか?」
普通に話す声のトーンでゴロツキに返事をしたとか。怯えるわけでもなく、かといって反抗するわけでもない対応にゴロツキは怯んでしまい、そこにクレイマンが帰ってきた。
「あー、何だナンパか……だりいな。面倒だな、ソフィアこっち来い、違う酒場に行こうぜ」
普通なら助けに入るところなのに、そう言ってソフィアさんに手招き。
ソフィアさんはゴロツキ達の間を通り抜けすぐにクレイマンの元に。
「仕方ありませんね。どこに行きますか」
そのまま去って行くのをゴロツキ達が黙って見ているわけがなく、二人を引き止めたが。
「あー、だりいって、面倒って、やめようぜ本当に……」
ゴロツキの肩を掴み、無理矢理いすに座らせて騒ぎを終了させようとしたとか。戦うのは面倒だからだろう。
しつこい奴はソフィアさんが蹴りをいれて吹っ飛ばしたらしい。
その現場に居合わせたギルド職員がクレイマンの無気力でだらけた感じとソフィアさんの強さを結び付け『無敵の無気力カップル』という二つ名が広まったようだ。
これだけなら、面白い話だろう。
しかし、この話のオチはその後、二人が別の酒場に行き飲み直した時だ。
ゴロツキ達の愚痴を二人で言っていて、クレイマンが
「まったく、面倒な連中だったな。こっちはソフィアといる時間を大切にしてえのによ……」
と言ったらしい。
……うっぜぇぇぇぇぇ。
昔はキザだったんだろう。俺最強って思っていたようだし。
今のクレイマンは大分大人になったんだな。
だらけ副ギルドマスター万歳。
「では、そろそろ帰りますね。ハピネスちゃん、起きてください」
ゆさゆさと、ベッドの上で寝ているハピネスを揺すり起こす。
「……終わった?」
セシリアは、まだ寝ぼけ気味なハピネスを引っ張って部屋の扉に連れていく。
「それでは失礼しますね。……あと、もしかしたらヨウキさんにはクラリネス城に来ていただくことになるかもしれません」
「は?」
「もしかしたら……です。それでは」
説明をしないままセシリアは帰っていった。
俺が城にってなんで!?
わけがわからないまま、数日を過ごしていると、本当に城に行くことになった。




