恋人の花嫁姿を記録してみた
勇者夫妻と別れ、俺は急いで式場へと帰還。
休憩時間に間に合う形で戻ることができた。
あまり長い時間絡まなかったし、急いで帰ってきたからな。
「ただいまセシリア」
「早かったですね、ヨウキさん」
休憩室に入るとセシリアが出迎えてくれた。
相変わらずドレス姿が眩しい。
まさに女神。
「神々しさを感じる」
「何を言ってるんですか」
真顔で突っ込まれた。
包み隠さずに本音を言ったというのに悲しい。
「ふっ、俺はこんなことでは挫けない。さあ、俺が持ってきた道具を見るが良い!」
「道中、何かあったんですか」
ハイテンションなのが気になったのか、原因があると思われたようだ。
「知り合いの勇者夫妻に会っただけだ」
「ああ、成る程……待ってください。ミカナにも会ったんですか」
仕事を任せたミカナの動向が気になったんだろう。
デートするために仕事を任せたなんて思っていたりとか、セシリアはないだろうけど。
どういった経緯で二人が一緒にいたか伝えておこう。
「セリアさんに紹介してもらった講義をユウガと一緒に聞きに行くって言ってたよ。夫が知るべき妊婦への正しい対応講座ってやつを受けに行くんだとか」
「そういうことだったんですか。お母様がミカナたちに紹介したという話は初耳なんですけど」
「急に今日来て欲しいって言われたらしい。ミカナが言ってた」
「お母様は急な予定を立てたりはしないのですが」
セシリアはこう言ってるが俺も急に呼び出されたりとかしているし。
セリアさんは割と行動的な部分があると思う。
「まあ、そんな感じで二人に会ったんだ。ユウガは聖剣の力が上手く発動しなくなったと嘆いていたよ」
「ミカナが説得しましたからね」
あれは説得と言えるのか。
「ユウガはミカナが原因とは思っていないみたいでさ。新たな敵に備えて休眠状態に入ったとか。魔王以上の存在のせいだとか色々と勘繰っていたよ」
「原因がわからなく、あれこれと悪い予想を立ててしまっているんですね」
「そうそう。魔王以上の力を持っている存在ってことで俺を見てきたから。ふざけんなって話だよ」
「そうですね。もし、ヨウキさんが魔王以上の存在になって世界を混乱に導くとか言い出したら……」
「言い出したら?」
「ヨウキさんのことを嫌いになるかもしれませんね」
「絶対に悪堕ちしないとここで誓うわ」
てか、冗談でもそんなことを言わないで欲しい。
叫び声上げて全力疾走するよ、俺。
「お互いにそんな未来が訪れるわけがないと確信しているからこそ、できる会話ですね。ですが、嫌いになるかもは言いすぎました」
「いや、もしもの話だしそこまで気にしたりはしたりしなかったりするから」
「その返答だと気にする可能性もあるということですね。大丈夫ですよ。私の好きなヨウキさんでいてくれるように変な道に行くような真似はさせませんから」
セシリアの発言で安心感を得たと同時に尻に敷かれる未来が確定した。
俺としても俺をコントロールしてくれるというのはありがたいことだ。
セシリアが好いてくれる俺でいられるように俺も努力しよう。
「ところでヨウキさんは何を持ってきたんですか」
「ああ、これを取りに帰ったんだ」
俺は持ってきた道具をセシリアに見せた。
「これは画材道具ですか」
「そうそう。俺の画力でセシリアのドレス姿を残そうと思って。あとはこれだな」
絵で残したいっていうのは俺の希望だ。
セシリアの癒しといえばやはり……。
「ヨウキさんの家で使っているティーセットではないですか」
「日常の雰囲気が癒しになるかなって思ってさ」
「淹れるのは私ですよね」
「あっ……」
ダメじゃん、本来なら俺が何かする側なのに。
セシリアに紅茶を淹れてもらって一緒に飲むのは果たして癒しになるのか。
どっちかっていうと癒されるのは俺だよな。
「まだ時間はありますね。ちょうど食後の紅茶を飲みたかったところだったんですよ」
完全にやらかしたと思った。
しかし、セシリアはありがとうございますと言って普段通りの手順で紅茶を準備し始めた。
今の俺にできること、それは。
「セシリアのウェディングドレス姿をこの世に絵で残すことだっ……」
俺は筆を取り、描き始めた。
美術作品に関して、気合を入れすぎると空回りするという悪い癖がある。
セシリアのウェディングドレス姿、失敗は許されない。
主観を捨てろ、客観的に見るんだ。
俺に技術はない、見たままを写すんだ、このキャンバスに。
無心で筆を動かし続け、構図まで決まったところでセシリアから声がかかった。
「ヨウキさん、紅茶が入りましたよ」
声をかけられてセシリアが隣にいることに気づいた。
自分の分と俺の分、二つのカップを持って俺を見ている。
かなり、集中していたようだ。
「……むっ、そうか」
「どれだけ集中していたんですか」
「周りが見えなくなるくらい?」
「没頭しすぎですよ。……これは私ですか」
セシリアが制作途中の絵を見て呟く。
式場の奥にセシリアが一人、こちらを手招きしているイメージで描いてみた。
窓からの光の入り具合とか、ドレスの美しさとかにもこだわった。
一番、力を入れたのはセシリアの表情。
優しく微笑みながら手招きしている姿、俺の脳に残っている映像を正確に再現した。
まだ、未完成だが完成したらきっと良い感じになるだろう。
「これは……さすがヨウキさんですね」
「ふっ、セシリアが褒めてくれる。それだけで俺は飲まず食わずで三日は活動できるな」
「健康に悪いのでしっかり食事は取りましょうね。……ですが、この絵は」
「すみません。聖母様、黒雷の魔剣士様。そろそろ後半の催しに向けて準備をお願いしたいんですけど」
セシリアが何か言いかけたところで扉のノック音と共に職員の声が聞こえてきた。
馬鹿な、こんなタイミングで職員が来るなんて。
「時間のようですね。行きましょうか。……ヨウキさん、私はこの絵、好きですよ」
「あ、ありがとう」
気に入ってもらえたんだろうか。
セシリアのお礼に嘘はない。
ないはずなんだけど、何だろうな。
俺の描いた絵に何か問題があったのか。
気になるところだが、仕事に支障が出てはいけない。
黒雷の魔剣士は依頼を迅速かつ完璧にこなすことを売りにしている。
考え事をしていてミスをするわけにはいかない。
セシリアの護衛ということなら尚更だ。
しっかり切り替えないと。
やることはさっきと変わらない。
俺は天井に張り付いて護衛、セシリアは指示通りに式場を周って来客と話すくらいだ。
笑顔で対応するセシリアの姿は正に聖……うん、セシリアだ。
変な客は現れず、全体を見回して気がついた。
俺が描いた絵を上から見たら、今見ている光景と一緒だと。
セシリアが言いかけたことについて上から見て、気づけることはないか。
ぐるっと見回したけど特に何かあるわけでもなく。
セシリアは相変わらず笑顔で対応。
やっぱり、何もないか。
俺の絵が下手ってことでもないし。
何も気づけないまま終了か。
「おっと、怪しそうな二人組発見」
セシリアに近づかず、柱に隠れて遠巻きに見ている若者二人組。
こそこそと何を話しているのやら。
悪いことを企んでも、俺の前では無駄だぞ。
俺は二人にこっそり近づいて聴力強化して会話を聞くことに。
「聖母様、綺麗だな」
「そうだよなー。今回は式場の催しに参加って形だけど近々、本当に結婚式とかするんだろ」
「黒雷の魔剣士と婚約だっけ」
「そうそう。隣に立つ相手が決まってるんだもんな」
「俺も綺麗な嫁が欲しい」
「隣に立ちたい……何だか虚しくなってきたし帰るか」
「そうだな。帰りに酒場に寄ろうぜ」
今日は騒ぐぞと肩を組んで若者二人は式場を出て行った。
何か疑ってごめん……。
申し訳ない気持ちになったが、彼らの会話のおかげで絵に足りない物が何なのか気づくことができた。
「そういうことか」
そろそろ、催しも終わってセシリアは着替えに行くはずだ。
その間に修正しよう。
何事もないまま護衛は終わり、予定通りに事を進める。
絵の修正が終わったところでウェディングドレスから着替えたセシリアが休憩室に入ってきた。
「お疲れ様です、ヨウキさん」
「お疲れ様、セシリア。疲れているところ、悪いんだけど。手直ししたから見てくれるかな」
「良いですが……あのままでも充分、完成された絵だったと思うんですけど」
セシリアが絵を覗き見て固まった。
俺が描き加えたのは俺だ。
ウェディングドレスを着たセシリアが一人で式場にいるってのが良くなかったんだよな。
きちんと俺も絵の中に入れないと。
「……確かに私は最初この絵を見てヨウキさんがいないと。式場に私が一人なんだなと思いました」
「そうだよね。セシリアの反応を見てもっと早く気づけば……いや、構図の段階で気づくべきだったんだ。ごめんね」
「謝る必要はありませんよ……それよりも、です。何故、ヨウキさんが私の隣ではなく天井に張り付いているのでしょうか」
「あ、そこか」
俺が描いた俺はセシリアの隣ではなく、今日の護衛の時のように天井に張り付いている。
「本来、私の隣にヨウキさんなのではないですか」
セシリアはその辺が気になるようだ。
いや、もちろん第一に考えたのはそれだけども。
「今回は依頼で来たから依頼の記念ってことにしようかなって思ってさ」
「依頼の記念、ですか」
「俺とセシリアが隣にいる絵は本番の時に描くよ、絶対」
今回、ここまで上手く描けたんだしきっと本番も良い絵が描けるだろう。
いや、もっと腕を磨いておくべきか。
本職が絵描きなわけではないのだけど。
どうするかなと考えていた俺は油断していたんだろう。
目の前のセシリアが今日一番の笑顔で。
「式の楽しみが一つ増えましたね」
「はえっ!?」
唐突に言われたもんだから変な声が出てしまったとさ。
心の準備ができてなかったよ。




