恋人と休憩してみた
「意外と体力を消耗するものですね……」
休憩時間となり、控室に入るとセシリアは疲れた様子で椅子に腰掛けた。
運動するとかじゃないんだよ、笑顔でドレスが崩れない様、打ち合わせ通りに動くのは結構神経を使うらしい。
今もドレスに皺が寄ったら困るからか、座り方がきっちりしている。
普段からしっかりしているけど、これはまた違う話だ。
俺は天井に張り付いて護衛をするだけ。
セシリアを癒すことはできないだろうか。
俺に何かできることがあれば良いのに。
「……そんなに心配そうな顔をしないで下さい。無理をしているわけではないので」
「本当に何で顔が見えていないのに俺がしている表情がわかるかな」
ヘルメットで顔が見えていないはずなのに。
ちょっと前からそういうの増えたんだよな。
俺が不思議がっていると。
「それはヨウキさんがわかりやすいのと私がヨウキさんの恋人でパートナーだからですね。出会ってからこれまで二つの意味でドキドキしてきましたから」
嬉しさ半分、罪悪感半分で喜んで良いのか謝るべきなのか。
黙ってるだけでは失礼だな。
何か返さないと……。
「ドキドキさせてごめん!」
とにかく頭を下げることにした。
しかし、セシリアは謝罪を望んでいないらしく、首を横に振り。
「恋人にする謝罪ではないですね。場合によっては悪いことではないのですから」
確かにドキドキしない恋人関係って冷え切ってるってことだもんな。
でも、やり過ぎも良くないってことだから。
「これからは控えめにするから」
「ヨウキさんでは無理でしょう。気がつけば私の想像の斜め上を行くのがヨウキさんですからね。周りに迷惑をかけない程度に、これからもよろしくお願いしますね」
「あ、はい」
ひょっとしたら、セシリアは俺以上に俺のことをわかっているのではないか。
今、マヌケな顔をしているのも知られている気がするぞ。
俺もセシリアのことを理解できるようになりたい。
疲労気味のセシリアがして欲しいことを考えろ……俺にできることがあるはずだ。
できれば魔法に頼るのは止めたいな。
治癒魔法で疲労回復、そういう癒しをセシリアは求めていない。
肩揉みとかマッサージはどうだろうか。
ドレスに皺が寄るな、却下。
「うーむ……」
「ヨウキさん。首を何度もひねってどうかしたんですか?」
「いや、疲れているセシリアのために俺ができることってなんだろうって……あっ!?」
これ言ったらダメなやつ。
さりげなく行動に出るのが正解だ。
考えることに集中し過ぎてつい返事をしてしまった。
呆れられるなぁこれ……って思っていたんだが。
「そう考えてくれているだけで充分ですよ」
「笑ってもらえて良かったよ」
結果的にセシリアが笑ってくれたのでまあ良しとしよう。
しかし、疲れを取ることはできなかった。
このまま後半を迎えて大丈夫なのだろうか。
「お腹とか空いてない?」
「多少は空きましたがこのまま後半の仕事を乗り切ることは可能です。ドレスを着たまま食事に行けませんし。脱ぐにしてもまた着なければいけないと考えると我慢かなと」
確かにセシリアの言い分はわかる。
だが、後半も立ちっぱなしで打ち合わせ通りに行動しなければいけないのに食事を取らないなんて。
俺は恋人の健康を考慮し、行動しなければならないと判断した。
「休憩時間、まだあるよね。俺が買ってくる。黒雷の魔剣士の速さを持ってすればすぐに……」
良いタイミングで扉がノックされた。
こんな時に何の用事だろうか。
セシリアがどうぞと言うと職員が入ってきて。
「セシリア様、黒雷の魔剣士様。こちらが昼食となっております。他にも差し入れがいくつか届いているので摘んで下さい」
職員が持ってきたのはサンドイッチやパン等の軽食と飲み物。
あとは差し入れのお菓子。
それらをテーブルに置き、後半もお願いしますと言い残し去っていった。
俺の出番が、黒雷の魔剣士の速さを披露する場が……消えた。
見せ場を奪われる形になり、落ち込んでいると。
「これで余裕を持って後半も動けそうですね。ヨウキさんも見せ場がなくなってしまった……なんて考えていないで一緒に食事しましょう」
「やはり、俺の考えがわかるんだな」
「明らかに落ち込んでいたではないですか。ヨウキさんと付き合う前の私でも察することができたと思いますよ」
態度に出まくっていたようだ。
セシリアの誘いに乗り、一緒に食事にすることに。
もちろん、食べながら俺ができることを考える。
俺にしかできないこと……癒しを与えるためには何をすれば良いのか。
セシリアが喜ぶことをすれば疲れも取れるのでは?
差し入れのパンを頬張りながら作戦を固めていく。
最後の一口を飲み込み、俺は行動に移すことにした。
「……んっ、よし、やるか」
「やる、とは?」
「ちょっと道具を取りに家に帰る。すぐに戻ってくるから」
俺は魔法で姿を消し、式場を飛び出した。
屋根から屋根へと移動して最短距離で我が家へと向かう。
休憩時間が終わるまでに戻れるように最速最短ルートを使った。
家に着くと急いで道具を持ち、再度式場へと向かう。
「……ん?」
移動中に知り合いの夫婦を見つけた。
嫁の尻に敷かれている勇者の姿が見える。
一応、挨拶をしておくか。
俺は姿を消す魔法を解除し、二人の前に降り立った。
「黒雷の魔剣士参上」
「えっ……って驚いたじゃないの!」
「敵かと思ったよ、ヨウ……」
「俺の名は黒雷の魔剣士!」
「ああ、そうだったね」
そうだったね、じゃねーよ。
さらっとヨウキって呼ぼうとするの止めろ。
俺が止めなかったら言ってたよな。
まあ、こんな登場の仕方をした俺も悪いけど。
「アンタね、普通の知り合いは空から降ってこないのよ」
「ふっ、俺は規格外ということだ。ところでセシリアに仕事を任せて何処へ行く予定なんだ」
式場でウェディングドレスを着るのは元々ミカナへの仕事だった。
代理としてセシリアが頑張っているわけだが……ユウガとデートするために仕事を押し付けたわけじゃないだろうな。
「これからセシリアのお母さんの紹介で夫が知るべき妊婦への正しい対応講座っていうのに参加しに行くところなのよ」
「そういうことか」
二人できちんとした勉強をしに行くところだったんだな。
「急に今日来て欲しいってことだったから、セシリアには申し訳ないって思ったんだけど。セシリアのお母さんがセシリアなら大丈夫よって。今度、絶対に埋め合わせはするから」
「俺としてもセシリアのドレス姿を見れたし……役得と言えば役得だったけど。かなり大変で疲れてるみたいだったぞ」
「うっ……早めに会いに行って謝罪するわ」
まあ、セシリアだったら謝罪しに来ても理由を聞いたら祝福しそうだけどな。
それでどうしてミカナの隣にいる勇者様はさっきから黙ったままなんだろうか。
「実は大変なことが起こったんだよ」
「何だと?」
ミカナ関連でトラブルでも起きたのか。
随分と深刻そうな顔をして、何があったのやら。
こんな沢山の人が往来している中で言えることなのかね。
「あまり大きな声で言えないんだけど。聖剣の力が上手く発動しなくなってしまって……」
それかよ!
その件に関してはユウガが悪いし、ミカナの声を聖剣が聞いた結果だという話。
ミカナは説明してないみたいだな。
その方が都合が良いと判断したんだろう。
「僕は新たな人類の脅威に備えて聖剣が自ら休眠の時期に入ったと考えているんだ」
自信満々で何を言っているんだろうか、この勇者は。
散々、嫁パワーで覚醒しまくってきた癖に今更休眠とかしないだろうよ。
「魔王以上の力を持った存在が誕生した可能性も捨てきれない。いや、まさかそいつが脅威となる僕の力を削ぐために聖剣に何かしらの封印を……」
おいおい、いるかどうかも分からない脅威の存在の仕業にし始めたぞ。
ミカナ、笑い堪えてるんじゃねえよ。
俺も笑いそうだけどさ。
「魔王以上の力……はっ!?」
「はっ、じゃねぇよ。こっちを見るな」
裏ボス的存在じゃないってこの前言っただろうよ。
「ははは……だよね?」
ユウガも本気で脅威認定しているわけではなかったらしい。
「全く力が使えなくなったわけじゃないんだ。ただ、不安は残る。ミカナのためにできることが減ってしまったのが厳しくて」
「言っておくけどアタシは聖剣を使える勇者様だから結婚したんじゃないからね。聖剣の力が自由に使えないからってしょげてもらっちゃ困るわ」
「でも、ミカナ……」
「アタシは例え勇者にならなくてもユウガのことが好きになっていたわよ。ほら、これから学びに行くんでしょ。それともユウガは聖剣の力が使える勇者じゃないとアタシの隣に立てないのかしら」
嫁からここまで言われて奮い立たないのは男じゃないわな。
良い方向にユウガが変わることを願っているぞ。
「ふっ、ユウガの答えは聞かないでおくぞ。次に会った時に見るお前の姿が答えになっているだろう。期待しているからな。では、さらばだ」
俺は二人へ一方的に別れを告げて跳び去った。
早くセシリアの所に戻らないとな。




