恋人を見守ってみた
セシリアは花嫁姿を披露する。
俺は花婿姿を披露する……改装された式場でだ。
とても良い思い出になるだろうな。
やはり、ドレスを着たセシリアの隣を歩きたい。
そんな願望はかなりある。
ヘルメットを付けていても俺は俺だし。
今日は晴天で式場には良さげに日の光が入ってきている。
本当、完璧なシチュエーションだよなぁ。
「どうでしょうか、黒雷の魔剣士様」
「ふむ……いや、済まないが俺は断らせてもらう」
俺の答えが意外だったのか、依頼を出してきた職員が意外そうな顔になる。
まあ、黒雷の魔剣士の状態でかなりセシリアへの愛を語ったりしているからな。
断ることはないと思っていたのだろう。
俺だってセシリアの隣を花婿衣装を着て歩きたいさ。
でも、それは今じゃない。
きちんと準備した本番の結婚式でヨウキとして花婿衣装を俺は着るんだ。
「今日はセシリアの花嫁姿だけで充分だろう。今回俺は花婿として隣を歩くのではなく、彼女を護る騎士として前を歩かせてもらう」
これが俺の選択だ。
「そうですか……こちらとしては残念ですが元々、依頼に含まれていなかったことを無理を承知で頼んだこと。どうかお気になさらず」
「力になれなくて済まないな。他に手伝えることがあれば力になるが」
「それでは先程、黒雷の魔剣士様がおっしゃっていたセシリア様の護衛をお願いできるでしょうか。今日は短い時間ですが一般開放もする予定なので」
「良いだろう。任せておけ」
職員と軽く打ち合わせし、時間が経つと急にセシリアがドレスを着ているんだという実感が湧いてきた。
今更ながら惜しいことしたかなと思い始め……いやいや、今の俺は黒雷の魔剣士だ。
状況を冷静に分析しろ、熱くなるな、理性を保て。
決意は固い、衣装を着ない理由も筋が通っている。
今からドレスを着たセシリアが来ても普段通りに対応できる……はずだ。
大丈夫、大丈夫……とそわそわしながら長椅子に座り待っていると。
「お待たせしました」
後ろから俺を呼ぶ声がした。
セシリアの声だ、間違いない。
立ち上がり振り向くとそこにはウェディングドレスを着たセシリアがいた。
どうですか、似合っていますかなんて聞いてくる前に感想を言わねば!
いや、これは最早ご褒美だし礼を言うべきか。
待て、花嫁衣装を纏ったセシリアの隣に立てないことを謝罪すべきか。
「ありがとう。綺麗だ、とても似合ってます!」
「感謝され褒められて頭を下げられた経験がないので魔剣士さんの心情が読めないのですが」
考えがまとまらなくなった結果、言動にも問題が起きた。
「本当に褒めてくれていますか。綺麗だと思っているのでしょうか」
何て意地悪な質問をしてくるのだろうか。
……訳分からん俺の言動が原因とはわかっていても、そう思ってしまう。
もうヘルメットで顔が隠れていても無意味なんだよな。
セシリアに見透かされてるんだ。
それだけ親密な関係になったっていうことなので嬉しい悲鳴というやつなのだろうけど。
下手な言い訳しても見破られるのがオチだな。
正直に話そう。
「実は……花婿衣装を着て欲しいっていう依頼を断ってしまって」
「成る程。それで魔剣士さんは私に対する申し訳なさを感じて言動がおかしくなってしまったんですね」
「それで大体合ってる」
知られてしまったよ。
これは幻滅されるパターンだろうか。
「断った理由をお聞きしても良いですか」
「俺は黒雷の魔剣士としてではなく、本来の俺の姿でセシリアの隣を歩きたいと思ったからだ。それに……俺たちの本番は今日じゃないと思って」
周りに聞かれないようにそっと耳打ちする。
依頼という形で二人で歩くのはどうかと思ったんだ。
セシリア的にはどう思っているのだろう。
ここで一緒に歩く選択をしなかった俺はヘタレなのだろうか。
内心ドキドキでセシリアからの返答を待つ。
「……そういうことなら納得するしかないですね」
渋々了承という形で落ち着いた。
表情的に見て残念そうである。
やっぱりヘタレてしまったか、俺はミスったのか。
頭の中でヘタレという言葉がぐるぐると回っている。
「何か余計なことを考えていますね。自分でよく考えて出した結論なんですから、しっかりしていれば良いんですよ。簡単に黒雷の魔剣士が項垂れても良いんですか」
いつもは魔剣士さんと呼んでくるセシリアが黒雷の魔剣士と言った。
これは黒雷の魔剣士的に良くないと言ってくれているのだろう。
そうだな、黒雷の魔剣士はうじうじするヘタレキャラじゃない。
依頼を迅速かつ完璧にこなす冒険者だ。
「ところで……花婿衣装を着ることを断った魔剣士さんは私を一人で式場に残すのでしょうか」
「そんなわけがないだろう。俺は護衛としてセシリアと一緒にいるさ」
「それを聞いて安心しましたよ」
こうして特にセシリアとの間に妙な溝のようなものが生まれることはなく。
職員の指示でイベントに参加することになった。
まずは一般開放前、実際に花嫁が式場を歩いてどの様な感じになるか確認作業。
美しい所作で歩くセシリアを見て男性職員が見惚れる見惚れる。
もちろん、俺もだけどな。
鼻の下を伸ばしたやつが勘違いしない様に休憩時間、必ずどこが良かったとか、やっぱりセシリアはすごいとか。
褒めて褒めて褒めて……最後に。
「セシリアが恋人で良かった。俺は幸せだよ」
言ってやった。
男性職員たちが絶望的な顔になっていたな。
まあ、セシリアから嬉しいですが今、言うことではないですねと注意された。
その言葉により一部の男性職員たちはさらにダメージを受けることに。
セシリアは男性職員たちを救ったつもりだったらしいが……裏目に出たな。
まあ、女性職員たちに慰められていたし……そこで何組かくっついたりとかして。
嫉妬の目を向けられながらも護衛を続けていると、職員から通達があった。
一般開放時は見えないところで護衛をして欲しいと言う話。
まあ、純白のウェディングドレスを着たセシリアの近くに黒雷の魔剣士がいるのはどうかということだ。
やってやれなくもない、黒雷の魔剣士を嘗めるなよ。
「本当に大丈夫なのですか」
「ふっ、安心しろ。セシリアに何かあればすぐに駆け付けるからな」
そう言って俺は消えた。
驚く職員たちの中、セシリアだけは冷静に一般開放のための準備に取り掛かる。
式場に隠れられる場所は確かに少ないができなくもないのだ。
俺は特等席でセシリアが誉められているのを眺めることができる。
一般開放が始まるとぱらぱらと人が入ってきて……セシリアがいると噂が広まったのか。
開始して一時間も経つと人が溢れる事態になっていた。
そんな中、セシリアは見られているというプレッシャーを感じさせずに笑顔で打ち合わせ通りに振る舞っていた。
綺麗だ、美しいという言葉に混じって結婚したいという呟きも聞こえたな。
残念ながらセシリアと結婚するのは俺だ。
まあ、憧れるのは自由だから俺は何もしない。
本当にやばいやつはこのタイミングでセシリアを誘うやつである。
是非、この後食事でもと言い放ったアホがいたのだ。
おいおい、セシリアと黒雷の魔剣士が婚約発表したことくらい知ってるだろうよ。
職員も凍りついて動かないし、セシリアに至っては笑顔を崩さず、申し訳ありませんが……としか言ってない。
成る程、そのあとの言葉は俺が言えば良いんだな。
俺は天井にへばりつくのを辞めて地面に降りた。
「黒雷の魔剣士、参上!」
びしっとポーズも決めてやった。
セシリアに向けられていた視線が俺に集まる。
さて、用があるのは目の前で固まっているセシリアを食事に誘った青年だけだ。
「危害を加えるために俺はこの場に現れたわけではない、安心しろ。……わかっていたさ。セシリアにこんな綺麗なドレスを着せて、暴走する輩が出てこないわけがないと。なので言わせてもらおう。セシリアは俺の婚約者だ。言いたいことはそれだけだ。もし、セシリアが誘いに乗っても俺は……」
「止めないんですか?」
「えっ」
このまま言葉を濁して消えようとしたのに。
セシリアから質問してくるなんて計算外だよ。
束縛の強い男は嫌われるし、言い切るのは良くないのではないかと。
「止めてくれないんですか」
更なるダメ押しに言葉の詰まる俺。
さっきとは違う意味での視線を周りから感じるぞ。
セシリアを食事に誘った青年が申し訳なさそうな顔で見てくる。
僕のせいでごめんみたいな顔するな。
全く……良いんだな、独占欲を発揮しても。
周りもセシリアも期待しているみたいだしな。
「俺に止める権利はない。そんなものは建前だ。本音を言おう。俺はセシリアを独占したい」
なんか周りから声が上がったが知らん。
俺は止まらんぞ!
「朝昼晩、食を共にするのも俺だ。起きておはようと言い、寝る時におやすみと言うのも俺だ。ただいま、お帰りと言い合うのも俺だ。デートして思い出をつくるのも俺だ。……まだまだ言い足りないがこの辺にしておこう。そろそろセシリアのツッコミが」
「魔剣士さん、私の想定以上の発言をしないでもらえると助かります」
ほら、注意が飛んできた。
しかし、随分とやんわりしたツッコミだな。
もっと切れ味鋭いツッコミが飛んでくるものかと。
「……そこまで主張してくるとは思っていなかったので」
成る程、言い過ぎてしまったのか。
これは反省しないとな。
照れながらの笑みを浮かべられ、再び嫉妬の目を向けられることになった俺であった。




