恋人と式場を歩いてみた
「式場でこういった形で会うことになるとは思いませんでしたよ……」
祈りを終えたセシリアに連れられ、俺は与えられた休憩室へ来ている。
聞かれたくない話もあるし、公共の場だと恋人同士っぽい会話が出来ないからな。
「俺も手を折り重ねて祈ってるセシリアを見つけて」
「驚きましたか」
「いや、見惚れてた」
「えっ」
何故、意外そうな顔をするんだ。
確かに驚いたのもあるけど、それ以上に感じるものがあったぞ。
「窓から差し込む日の光によって祈りを込めるセシリアから神秘的な雰囲気が出ていた。もちろん、セシリアは素のままでも充分、美しいけどその演出によってより一層魅力が引き出されていて。この式場っていう清潔な空間もあってか着ている法衣も普段以上に似合っているし。あと、祈ってる時の横顔も綺麗でさ。目が合った時仕事の邪魔になるとは思ったんだけど目が逸せなくなっちゃって……」
普段お目にかかれない恋人の姿を見たからか、直情的な言葉が止まらない。
黒雷の魔剣士効果もあったせいだろう。
調子に乗っていた俺はセシリアの変化に気づきつつも口を止めなかった。
セシリアも最初は控えめにお礼を言っていたが段々顔を伏せ気味になり、そろそろ……とか細い声で言う始末。
「あの……もう、充分です……」
この言葉により、俺の何故見惚れていたかを語る時間は終わりを告げたのである。
まだまだ語ることはあったのに。
「……失礼しました。もう大丈夫です」
「なんかごめん」
「いえ、私がこれくらいで照れるのが良くないですよね。もっと冷静に対処しなければ」
「好きと言う気持ちを言葉に表して冷静に対処されたら言った側からすると寂しいのだけど」
「その辺はお互いの駆け引きが重要になってきますね。それで、ヨウキさんは何故、この式場にいるのでしょう。依頼ということはわかるのですが」
「えっと……」
セシリアの回復により、ようやく話せる状態になったのでお互いの事情を話した。
俺の予想通り、セシリアはミラーの襲撃による悪いイメージを無くすために依頼されて来たらしい。
実際、ユウガの聖剣とは違うが聖域を作り出す魔法があるようだ。
セシリアが祈りを込めて魔法を使ったということで世間のイメージ回復にもなると。
「俺も現場にいて素早く止められなかったからな。もっと建物壊さずに倒せたら良かったんだけど」
「あの時は仕方ありませんよ。実力者が揃っていた中での出来事ですから」
「蒼炎の鋼腕との友情パワーで倒したんだよな」
「私にはソレイユさんの武器を奪っていたように見えましたが」
「……やっぱり使い慣れた武器が一番だよな」
「何故、黒雷の魔剣士さんになってしまったんでしょうね」
剣の訓練はちょいちょいしているけどさ。
俺には拳を強化して殴り行くのが一番合っているんだよね。
黒雷の魔剣士用の剣もギザギザした特殊な剣だし……まあ、戦えないわけではないから。
大丈夫、大丈夫。
「さて、休憩もそろそろ終わりにして仕事再開……といきたいところだけど。大体、調べ終わったんだよなぁ」
「私も時間のかかる儀式ではないので」
「一緒に報告しに行こうか」
担当が一緒かわかんないけど式場の職員なんだし、まとめてでもいいだろう。
報告のためにセシリアと式場を歩き回る。
改装したからってのもあるけど綺麗な式場だよなぁ。
ユウガたちの結婚式の時はソレイユをかわしたり、ミラーと戦ったりと忙しかった。
こうしてゆっくり見回るのも良いものだ。
隣にはセシリアがいるし……良いね。
黒雷の魔剣士のイメージを壊さないように浮ついたところを出さずに歩く。
「ん、俺たちを見て走ってきてないか?」
「そうですね」
職員らしき人が俺たちに向かって走ってきている。
そんなに急がなくても良いと思うんだが。
「こちらにいらっしゃいましたか聖母様」
久々に聞いたなセシリアの二つ名。
まあ、セシリアは身内に言われると怒るけど、一般の人から呼ばれるのは仕方ないと許しているところがある。
今も笑顔で対応しているし問題ないな。
「ミカナ様の代理ということで別のお仕事の打ち合わせを行いたいのですが」
「ミカナの代理……ですか」
セシリアの反応が今一だ。
もしかして聞いてない話なのか。
動揺はしていないので全く身に覚えのない話というわけでもなさそう。
「私はすぐに終わる簡単な仕事だと聞いているのですが」
「すぐにというのは……少々、お時間を頂けると助かります」
「どのような仕事なのですか」
確かにそこが重要だよな。
結婚式場の依頼、元々ミカナに回す予定だった仕事となるとだ。
あの伝説となったユウガとの結婚式についてインタビューするとかしか思いつかないんだが。
「式場の改装記念として新しくドレスを何着か作りまして。是非、聖母様にドレスを着て式場を歩いてもらえればと」
「えっ……」
「えっ……」
俺とセシリアの声が重なった。
つまり、セシリアにウェディングドレスを着て花嫁のように式場を歩いて欲しいと。
簡単な話だが、俺にとっては衝撃的なものだったので脳内で繰り返した。
ミカナのやつ……何て依頼をセシリアに押しつけてやがったんだ。
まだ、結婚していないのにウェディングドレス姿のセシリアを見ることになるのか。
もちろん、見たくないわけない。
それはもうがっつり見たい、記憶にも記録にも残したい。
こういう時、黒雷の魔剣士のヘルメットって便利だよな。
今、俺は感情がぐちゃぐちゃで表情が定まってないと思われるので顔が隠れているのはありがたい。
さて、この依頼を受けるのか。
受けなかったらどうなるとかは置いておいて。
セシリアがどうするかだ。
俺の意見は……見たい、すごく見たい。
できるなら、隣を歩きたいレベル。
少し考えた結果、セシリアの出した答えは。
「……わかりました」
依頼を受けることにしたようだ。
「急な申し出というのにお引き受け下さりありがとうございます」
「いえ、ミカナも今、大変な時期ということで私にお願いしてきたのかと。私に代わりが務まるかわかりませんが」
「とんでもございません。職員一同、頭を下げてお願いしたいくらいなので。こちらも不手際がないように致しますのでよろしくお願いします」
こうしてセシリアはミカナの代理として仕事を受けることになり、女性職員数名と共に着替えに行った。
残された俺はというと。
「一通り建物を調べた。もらった建物の図面に意見を書いておいたので参考にしてくれ」
職員に依頼完了の報告を行っていた。
黒雷の魔剣士は依頼を迅速かつ完璧にこなす。
セシリアのドレス姿を見たいからといって依頼を先延ばしにすることはできない……。
「はい、確かに受けとりました」
建物の図面には俺が気になったことを書いておいた。
まあ、俺ならここから侵入するだろうなということと壁の強度についてだ。
果たしてこの意見が役に立つのかは不明だが。
仕事が終わった以上、俺はこの式場の関係者ではない。
関係者でない以上、式場から去るのみ。
セシリアのドレス姿はお預けということになる。
「黒雷の魔剣士様」
「……何か?」
ひょっとして式場を去った振りして侵入しようかと考えてしまったことを悟られたか。
何のためにチェックしたんだよという話になる。
ヘルメットごしなので表情に出ていたとしてもわからないはず。
まさか、負のオーラ的な物を出していたり……。
「実は聖母様だけでなく、黒雷の魔剣士様にも顔は隠したままで構いませんので花婿用の衣装を着てもらえないかと」
予想外なことに俺にも依頼が来たのだった。
……どうするかな。




