封印してみた
俺とセシリアが上級者かどうかは置いておいて。
今はユウガの問題をどうするかが大事だ。
もうこれで解決しないかという案が一個ある。
「よし、取り敢えずユウガをベッドに寝かそう」
「わかったわ」
「ミカナは身重なんですからここは私とヨウキさんに任せて下さい」
「いや、俺に任せてよ」
さすがに成人男性を抱えさせるわけにはいかない。
妊婦にも恋人にもだ。
ハピネスはまあ……レイヴンに何か言われそうだし。
「……視線」
「気のせいだ」
俺はユウガをお姫様抱っこ……するのは嫌なのでわざわざ肉体強化して首根っこを掴んで移動させた。
俺がお姫様抱っこするのはセシリアだけだ。
ただ、ベッドに移動させるだけではない。
少しだけミカナに協力してもらう。
女の子座りしてもらって膝の上にユウガを寝かせてと。
「……で、指示に従ったわけだけど何でアタシがユウガに膝枕しなくちゃいけないわけ?」
「ほら、物語でよくあるだろう。力尽きた勇者にヒロインが膝枕してお疲れ様的なこと言うやつ。起きたらさ、もう頑張らなくて良いよって言ってやれ。そしたらユウガも良い笑顔で……」
「そんなんで解決するわけないでしょ!」
ミカナの怒号にユウガがピクッと反応したが寝返りを打っただけで意識を取り戻したわけではない。
しかし、寝返りを打つとユウガの正面にミカナのお腹があるわけで。
本能的なものなのか、優しくお腹をさすり始めた。
右手でさすり、左腕はミカナの腰に回して離さないようにしている。
こいつ起きてるんじゃないか。
元気に産まれてくるんだよーと言ってるし。
そんな都合の良い寝言あるかね。
「う、うぅ……な、何して……んの、よ」
「おい、セシリア。ミカナの顔が真っ赤だ」
顔に動揺が隠せていない。
押しのけようとした腕は上げたまま止まっていて、行き場を無くしている。
「空回り気味とはいえ、ここ最近、勇者様はミカナのためにと頑張っていました。凛々しく夫として務めを果たそうという姿を見せてきたわけです。こういう風に甘えてきているのはかなり久しいのでないかと」
「成る程、久々に見た夫の可愛い姿に赤面して反応に困っているということだな」
「おそらくそうではないかと」
「……納得」
「アンタら冷静に分析してないで助けなさいよ!」
妊婦に過度なストレスを与えるわけにはいかないのでミカナを救出。
ミカナから無理矢理剥がすと何かを求めるように腕をばたばたと動かし始めたので、代用品を抱えさせた。
「抱き枕をまだ持ってくれてて助かったな」
俺とセシリア、ハピネスの三人の協力によって作成した抱き枕。
ミカナの古着が素材の枕により、ユウガを騙すことができた。
今では枕をさすってにやけ顔で寝ている。
許されるなら殴り飛ばしてやりたい。
暴力で解決できる問題ではないので拳を押さえて一呼吸。
どうするか考えよう。
「そもそもユウガだけが問題じゃなくないか?」
「何よ。アタシにも原因があるって言いたいわけ」
「いや、そういうわけじゃなくて」
ユウガの甘い言葉にメロメロなミカナにも原因あると思うんだが、ここは置いておこう。
ここには男一の女三だ。
話し合いで俺に勝ち目はない。
実際、俺はミカナよりも注目するべきものがあると思っている。
「こいつだよ、こいつ!」
俺はベッドの横に立て掛けてある聖剣を指差した。
「こいつがユウガにぽんぽんと妙な能力与え過ぎなんだよな。光の翼くらいならまだ許したけども。この結界だか聖域だか訳のわからん空間を展開するのは止めろって話だ」
「確かに勇者様にこういう能力が身に付いたからこそ、ミカナの行動を制限できている訳ですからね」
「ユウガだってさすがにロープや鎖で拘束までやらないだろう。便利能力が付いたからこそやってしまったわけで……」
自分で言っていて少しだけ心配になった。
なかったら、やってなかったよな。
鎖にロープ……いや、ユウガは勇者だしそんなことする訳ないし。
うん、やらないって絶対に。
いくらユウガでもそこまでは……さ。
この勇者は良くも悪くもあらゆる可能性を秘めているから完全な否定はできない。
「ヨウキさん。悩む必要のないところで悩んでいませんか。勇者様もそこまでしませ……んよ」
「セシリアも最後に自信が無くなってるじゃないのよ。しっかりしなさい。ユウガだってそこまでやらにゃいわよぅ……」
「……全員、弱気」
「いや、そんな訳ないって。そこまではしないからな。本題に戻ろう。つまり、聖剣も悪いってことだ」
俺が結論付けたのは聖剣による能力付加も良くないというだ。
「ユウガから聖剣を取り上げて変な能力を使えなくすれば無茶なこともしなくなる。あとはミカナがユウガを上手く操縦すれば良くなる……はずだ」
おかしい、俺としたことが断言できない。
ユウガが相手だと不確定要素が多くてなぁ。
でも、これしかないと思う。
「ですが、ヨウキさん。勇者様から聖剣を取り上げると言っても意味がありませんよ」
「アタシたちで旅行に行った時に離れていても自分の近くに呼び寄せる能力を手に入れたじゃない」
「そうでした……」
取り上げても意味がないんだったな。
本当に厄介だな、この聖剣。
俺と戦った時は大した能力持ってなかったくせに。
変なタイミングで覚醒しやがって。
「取り上げてもダメとなるともう折るしかないか」
「ダメですよ。勇者の証である聖剣を折ってしまってはクラリネス王国が他国に何と言われるか」
冗談だったけど聖剣を折るのもダメと。
聖剣の力に頼らないようにさせるのも無理か。
「いや、待て。聖剣の持ち主はユウガだよな」
「当たり前じゃない。今更、何を言っているのよ」
「そして、ユウガの子どもを現在ミカナが宿していると。それを考えたらミカナにも聖剣が使えるんじゃないか?」
「ヨウキさん。聖剣は代々受け継がれるものではありません。持ち主が亡くなると一旦、国の安置所へ自然に転移するらしく。勝手に次の持ち主を探しに行くこともあるようで、勇者様の場合はある日、起きたら寝床にあったみたいですよ」
「自由過ぎるだろう、この聖剣」
厄介な聖剣事情にもう打つ手はないと思っていたら、部屋の空気が変わった気がする。
気のせいかと思ったらセシリアが驚いたように周りを見渡していた。
どうやら、気のせいじゃないらしいな。
「セシリア、まさか」
「……おそらく、ヨウキさんの想像通りです。家の中の雰囲気が変わりました」
ユウガの展開した聖域が無くなった。
ユウガが寝てしまったからか。
二人で首を傾げていると。
「……注目」
ハピネスに言われて視線を向けるとそこには聖剣を握りしめ、ぶつぶつ話しかけているミカナの姿があった。
実行してみた結果、上手くいったというのか。
持ち主でもないのにどうなっているんだ。
「あんた……これ以上ユウガに変な力与えたら折るわよ。ここにはあり得ない力を持ったやつだっているわ。もし折れなくてもアタシの最大火力の魔法を何度も浴びせて絶対に鉄屑にしてやるんだから。そうされたくなかったら……」
ミカナが鬼気迫った表情で聖剣を脅していた。
近くに行かなくても迫力が伝わってくる。
ベッドの上には抱き枕を持って寝るユウガ、ベッドの近くには聖剣を脅すミカナ。
今から部屋に入ってきた人がいたとしたら、どんな状況かわからないだろうなぁ。
「よし、これで解決したな」
「解決と言ってよいのでしょうか」
「ユウガに勇者としての能力が使えなくなった以上、あとは夫婦の問題だ。あの様子じゃミカナもユウガの言葉でふにゃふにゃになったりしないさ」
「……重圧」
ハピネスもこう言っているし大丈夫だろう。
セシリアもミカナの様子を再確認し安心したのか。
「そうですね。行きましょうか。ミカナ、また何かあれば連絡して下さい」
「ええ、わかったわ。今日はありがとうね。……いつも助かるわ。この埋め合わせは今度するから」
それじゃあね、と言ってミカナは聖剣への脅しかけに戻った。
改めて見ると山姥が包丁を研いでいる姿と同程度の恐怖を感じる光景だな。
あまり見ないようにしよう。
俺たちはそっと静かに家から出た。
「さて、あとはユウガたち次第じゃないかな」
「勇者様が無茶をしなければ良い方向に向かいそうですね。念のために妊婦へ正しい配慮ができるよう、お母様に妊婦向けの講義が行われてる集まりがないか聞いてみますね」
「そうだな。ユウガも勉強しているって言ってたけど。ミカナも妊婦として同じ悩みを抱えている人の話を聞いた方が良いだろうし」
セシリアと二人で打ち合わせしていると。
「……質問」
ハピネスが控えめに手を挙げ声をかけてきた。
「どうした。何か気になることがあったか」
「何かありましたか、ハピネスちゃん」
「……必要?」
自分を指差してハピネスが聞いてきた。
そうだった、今回の騒動はハピネスの歌で何とかしてもらおうという話だったのに。
セシリアといつもの感じで解決に導こうとしていた。
現時点でほぼ解決に導いている気がしないでもないが……ハピネスに頑張ってもらおう。




