勇者を止めてみた
悲報、ユウガの覚醒がうざい。
本気で戦ったら苦戦しそうな予感がする。
俺が戦うのが面倒だと感じたのは初めてかもしれない。
そう思えるくらいにユウガの覚醒は厄介なものになっている。
だからといってほっとけないよなぁ、この勇者様。
どうするべきかね……待てよ?
専門家呼んで正しい妊婦への接し方を学ばせれば良いんじゃないか。
「ユウガよ。お前は大きな過ちを犯している可能性があるぞ。それは妊婦への対応を我流で行っていないかだ。こういうのは経験者か専門医に聞いてだな」
「大丈夫だよ。専門医の話を聞いて決められた日時に通院しているから。僕自身もミカナの支えになれるように勉強しているし」
勉強していてこの惨状なのかよ。
誰に教わって何の本で学んだらこの状況が生まれるんだろうか。
「あのさ。俺の伝で出産経験のある人紹介するから。悪いこと言わんから話聞いてこい」
「えっと。気を遣ってくれるのは嬉しいよ。でもさ、ヨウキくんの伝ならヨウキくんが先に頼った方が良いんじゃないの?」
「んー……」
思わず渋い顔になってしまう。
そんな返答されたら反応に困るわ。
いや、俺が先に頼るってさ。
俺はそういうのまだ先の話だし、結婚もまだしていないわけで。
結婚式の段取りだって不透明なままなんだよ。
今、俺は感情も表情もぐちゃぐちゃになっている。
そこを見逃すユウガではなかった。
「ヨウキくんもセシリアと結婚間近なんでしょ。僕よりもヨウキくんはセシリアを見ていてあげないとさ。他人を優先しすぎているとセシリアが不安になるかもよ?」
それやったのお前だろという言葉を何とか飲み込む。
悔しいがユウガの言っていることは正論だ。
覚醒して論破能力も向上したのか。
それとも俺がへぼいだけか。
「僕だってミカナを束縛したいわけじゃないんだ。無理しないって約束してくれるなら、制限の解除だってする」
「それではダメですよ」
ここで救世主、セシリアが現れた。
背後から声が聞こえて俺がどれだけ安心したか。
情けない話だがセシリアが来てくれたなら、良い方向に向くはずだ。
「セシリア……いつから聞いていたの?」
「ヨウキさんが出産経験者を紹介すると話した辺りからですね」
そこからかぁぁぁぁぁぁぁ!
俺は気まずさから片手で目を覆った。
どうしてそこからなんだ。
もうちょっと遅く来てくれれば良かったのに。
出産云々の話が聞かれてしまった。
意識してしまう俺はどうすれば良いのか。
「何やら悩み始めたヨウキさんは一旦置いておきましょう」
「セシリア。ヨウキくんの扱い雑じゃない?」
「ヨウキさんとはこれから長い付き合いをしていくんです。事情で対応が遅れても待っていてくれますよ」
これは信頼されているということか。
よし、がっかりせずに待っていよう。
「……おかしいな。僕とミカナは新婚で二人はまだ結婚していないのに。二人のやり取りを見ていると長年連れ添った夫婦に見えてくるよ」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
「褒め言葉として受け取っておこうか」
「ほら、そういうところで噛み合うもんね」
意識していなかったのに似たようなことを同時に発言。
これにはユウガもにやにやしている。
その顔に拳をめり込ませたい。
俺とセシリアは揉め事解決に動いている時は特に合うからな。
「ふっ、俺とセシリアは……」
「では、本題に戻りましょうか」
「セシリア本当に容赦ないね……」
ユウガから同情するような視線を感じる。
ふん、これは俺の言うことはわかっているから、わざわざ口にしなくても良いというセシリアからのメッセージなのさ。
俺にはわかる。
だから、そんな可哀想に……という目で俺を見るな!
「勇者様がしていることは言うならば押しつけのようなものです。ミカナのためにと頑張っているのはわかります。お腹の子どものことも考えていますよね。だから、ミカナも強く言えないのでしょう」
「そうだよ。僕はミカナと産まれてくる子どものために頑張らないといけないんだ」
きりっ、と拳を握りしめ意思表示している。
押しつけの件に関しては無視か。
現状では自分の意見一本通しだからな。
「……勇者様にミカナはどう見えていますか。ミカナは妊娠してすぐに弱ってしまうような女性でしょうか。行動を制限しないと無理をして世話を焼かないといけなくなるような女性ですか」
「それは……違うだろうけど。やっぱり、事情が違うし。それに……」
そこで口籠るということは何か言いたくない事情があるな。
ああ……とか、うう……とか言ってないでさっさと吐いてしまえ。
俺が追撃だと口を開こうとしたら、セシリアに人差し指を当てられて止められた。
俺の出番はなしのようだ、大人しくしていよう。
結局、セシリアの視線に負けたユウガがゆっくりと口を開き。
「僕がやらないとダメなんだよ」
「何故、そこまで……」
「だって、結婚する前も結婚してからもミカナに散々苦労かけてるんだよ。僕には頑張る義務がある。格好良い頼れる夫としてミカナを支えて父親になって家族で暮らすんだ」
「そこにたどり着くまでにお前が倒れたらダメじゃねぇの?」
思ったことを迷いもせずに言い放つ。
だって明らかに今のユウガは無理をしているからな。
体調悪いのをミカナの前では出さず、行動を制限して取り繕っている。
そんな調子で動いてたらいつか倒れるだろう。
「ちょっとミカナのところに行くぞ。今のお前を見せる」
「待ってよヨウキくん。少し休んだら万全の状態になるから」
「なるかアホ。勇者様でも限界があるんだよ」
煩く喚くユウガの首根っこを掴んで寝室まで引きずっていく。
セシリアが後ろで今回は仕方ありませんねと呟いていた。
俺の実力行使のことだろうな。
そのまま寝室に戻るとミカナとハピネスが目を丸くしてこちらを見ていた。
状況が状況だからな、驚くのも無理はない。
未だに抵抗を続けるユウガを容赦なくベッドに向かって放った。
「うわっ、ヨウキくん。乱暴じゃないの」
「寝ろ、以上!」
「いや、以上じゃないよ。僕にはやることが」
「勇者様?」
「セ、セシリア……」
ここでセシリアの聖……なる笑みが発動。
一切の抵抗を許さない無敵の微笑みだ。
さすがのユウガも諦めるかと思ったんだけど。
「うう……それでも僕は頑張らないといけないから」
「まさか、セシリアの聖なる笑みに耐えるなんて」
「ヨウキさん、勝手に技名を付けないでもらえますか」
「すみません……。でも、実際ここまで言っても拒否するなんて相当じゃないか」
これもう無理じゃねと思っていたら。
「全く。やっぱり無理してたんじゃない」
ミカナはこんなに青い顔してとユウガの頬を撫で、呆れたように呟いた。
これにはユウガも言葉を詰まらせる。
何も言わないユウガにミカナは追い討ちをかける。
「頑張らないとなんて気を張りすぎよ。今、ユウガに倒れられたら困るんだからね」
「ぼ、僕は倒れないよ。ミカナにはもう迷惑かけずに支えていくって決めたんだから」
「何が迷惑かけないよ。幼い頃からアタシがどれだけユウガを陰から支えてきたと思ってんの。今更、迷惑の一つや二つかけられても怒ったりしないわ!」
不覚にもミカナが格好良く見えた。
セシリアもハピネスも軽く拍手している。
俺もしとこう、ここまで言い切れるのはすごい。
「だ、だからこそ僕はもう」
「ユウガ、まさか忘れたわけじゃないでしょうね」
「な、何が?」
「プロポーズの言葉よ。あの時、自分で言ってたじゃない。迷惑かけても叱ってほしいって。お望み通り何度でも叱ってあげるから。アタシに気を遣い過ぎるの止めなさいよ」
この一言が効いたのか、ユウガは何もかも言い返せず黙ってしまった。
俺も現場にいたから覚えている。
確かにユウガ自ら言っていたなぁ。
「……わかったよ、ミカナ。今日は少し休むよ」
ようやくユウガが折れた。
やはり、ミカナの言葉が一番効くらしい。
いや、さっきの言葉はちょっと卑怯だったな。
あんなん言われたら嫁の言うこと聞くしかないわ、
「ヨウキくんもセシリアもごめんね」
「まあ、ちゃんとしろよ」
「自分の身体とミカナと相談して行動してください」
「うん。久々にゆっくり三時間は寝て、そこから活動再開するよ」
仮眠をとる感じか、それで疲れが取れると良いんだがな。
待てよ、久々にゆっくり寝るのが……なんて言った。
脳内で嫌な予感が過ぎる、念のために確認しておこうか。
「ユウガ、ここ最近の平均睡眠時間は?」
「えーっと……どうだったかな。ミカナが寝るのを確認してから起きて行動することもあったからなぁ。取り敢えず仮眠はしてるから大丈夫だよ」
「取り敢えずじゃねぇよ!」
俺は速攻で首を絞めにかかった。
完璧に決まった技から抜け出すことはできず、ユウガはすぐに意識を落とす。
全く、道理で顔色悪いはずだわ。
「……アタシ、ちゃんと気づくべきだったわ。ユウガがこんなに無理していたなんてね。夫をきちんと支えられてないなんて妻失格ね」
「安心しろ。ユウガも夫初心者の称号持ちだから」
「二人揃って初心者卒業すれば良いんですよ」
「あんたらはまだ結婚してないのに上級者の称号持っている雰囲気あるわね」
「……同意」
二人して何を言ってるんだか。
俺はともかくセシリアはそうだろうなと思える。
それはセシリアの二つ名が全てを物語っているわけで。
「ヨウキさん、何やら良からぬことを考えていませんか。私はそういうことに敏感なのですが」
「はい、何も考えてないです」
「やっぱりあんたら上級者じゃないの」
「……確定」
いやいや、こんなの普段からしているやり取りだからな。
まだ、結婚してないのにこの言われようだ。
早く結婚しろってことなのかね。




