勇者が覚醒してみた
「解けって……駄目だよミカナ。今日は部屋で休もうって決めたじゃないか」
「決めたってアンタね……」
反論は許さないと言わんばかりに俺でも驚くような速さでミカナに近づき優しく抱きしめる。
セシリアもユウガの動きに驚いたらしい。
そりゃあそうだ。
戦闘体勢に入っていないとはいえ、俺でも驚くくらいの速さ。
それ戦闘で発揮しろよと突っ込もうとしたが、まだユウガのターンだったらしい。
「大丈夫。ミカナのお腹には僕たちの子どもがいるんだから。子育ては二人でできるけど出産はミカナに任せることになる。僕にできることは応援くらいなんだ。だから、子を宿している間は僕に甘えて欲しい。僕に任せて欲しい。不自由なんてさせない、寂しい想いもさせない。行きたいところがあったら言ってよ。体調と相談してだけど、僕が何処にでも連れて行ってあげるから」
逃さないように左手で腰を固定、安心させるためにか頭をポンポンと優しく叩く。
あまりにも計算された動きにミカナは反論できず、顔を真っ赤にして口をへの字にしていた。
俺とセシリアは何を見せられているんだろうか。
思わず目を逸らしたら隣にいたセシリアと目が合った。
目が合ったということは俺と似た心情なのだろう。
やっぱり、そうなるよね。
「あっ、ごめんね。せっかく来てくれたのに飲み物も出さないで。今、淹れてくるからくつろいでてくれるかな」
爽やかな笑みを俺たちに向け……あっ、ミカナには優しげににこっと笑みを浮かべやがった。
きっちり奥さんには特別な顔を残してユウガは去っていった。
「セシリア、飲み物飲んだらすぐに帰ろうか」
「ちょっと待ちなさいよ!」
「そうですよ、ヨウキさん。ミカナの相談にものってあげてください」
「いやだってさぁ……何に不満なの?」
妊娠中の嫁を気遣う良き夫の姿が俺の目には映っていたんだが。
甘えて欲しいなんてあんなイケメンに言われて何の文句があるんだか。
「ちなみにさっきからずっと黙っているけど。ハピネスは何か言うことあるか?」
「……重愛」
ハピネスは冷静にユウガとミカナのやり取りを終始見つめていた。
少し引いてたりするような。
「そこの剣士の嫁の言う通りなのよね」
「……嫁、否定」
「何を今更恥ずかしがってんのよ。偶に会う剣士の様子を見たら恋人に夢中なのは丸わかりなの。もう自分は剣士の嫁だって自覚したら良いんじゃない」
ハピネスが嫁、嫁、としか言わなくなった。
確かに俺と会ってる時もハピネスの話が多いけどさ。
普段から態度に出てしまっているんだな。
「それで何が不満って話だったわね。この前セシリアが来てくれた後、ユウガが周りに心配かけるのは良くないって言い出して」
「ほほう」
そこからさらに何かが起こった感じか。
さっきの解けって言ってたことに関係するのかね。
「ユウガの聖剣が光って」
「またかよ」
まだあいつ覚醒するのか。
嫁のためなら上限なく進化していくのか。
そんな勇者聞いたことないぞ。
「まさか、家に神聖な空気が満ちていることと何か関係があるのですか」
「セシリアにはわかるのね。これがユウガの仕業って。アタシにはいつもより空気が澄んでて暖かい感じがするかなって思うくらいなの」
「この妙な空間が何か問題あるのか」
「……アタシが家事をやろうとすると部屋から出れないのよ」
「は?」
「え?」
俺もセシリアもどういうことだと頭にはてなを浮かべてしまう。
条件付きだが部屋から出れなくなるって。
物は試しだとミカナが部屋から出ようとする。
歩いて扉を開けて部屋の外へ……そこで足が止まった。
「駄目ね。ここから進めないわ」
「えっ、嘘だろ」
「冗談……ですよね」
セシリアがミカナの腕を取り部屋を出ようとしてもダメだった。
この怪現象には言葉が出ない。
どういうことだよ。
「全く部屋から出れないわけじゃないのよ。そんなんじゃアタシも困るし。ただ、家の中で自由に行動できないのは面倒よね」
「部屋から出て用事を済ましたついでに家事をしようとしたらどうなるんだ」
全く部屋から出られないわけじゃないなら、抜け道ありそうだけど。
「アタシもどうなるんだろうって試してみたらその場で身体が動かなくなって。気づいたら寝室のベッドの上に座っていたのよね」
あれは不思議な体験だった、と首を傾げながら話すミカナ。
成る程、ミカナ限定で働く特殊な聖域のようなものを展開しているのか。
ユウガって何でも有りなんだなあ。
聖剣の力が働いていたから、神聖な空気を感じたのか。
あの聖剣、まだまだ隠された能力がありそうだ。
ユウガの嫁パワーが発揮されると解放される仕様なのだろう。
あくまでも憶測だけどさ。
さて、ミカナにかける言葉はというと。
「愛されてるな」
「あんた……この状況を説明して一発目に出てくる言葉がそれなの?」
「この中で貴重な男性なのですから。私たちにはない目線での発言が欲しいのですが」
「……責任、重大」
俺にそこまで期待されてもなぁ。
カイウスなら良い助言を与えられたかもしれないが。
いくら何でもやり過ぎてるだろうっていうのはある。
それもミカナへの愛するが故の行動だからな。
前みたいなラッキースケベも働いてなさそうだった。
「それでもこの聖域みたいなのはやり過ぎだよなぁ。このまま行動が過激になってきたら」
「なってきたら……何なのよ」
三人からの注目が俺に集まる。
考えられるのは外に出さない、ベッドの上から動けないようにしてユウガが身辺の世話をするようになるとか。
ないだろうさ、ないだろう。
絶対にないと言える……でも、ほっといたら何か起こるってのは間違いない。
確証もない根拠もない俺の考えを言って混乱させるのもさ。
良くないよね。
よし、一旦撤退しよう。
「ユウガのやつ、飲み物を淹れに行った割に帰ってくるのが遅いよな。ちょっと様子を見てくるわ」
聖域の効果があるのはミカナ限定なので俺は特に問題なく部屋から出ることができた。
「……逃走」
後ろからハピネスの文句が聞こえた。
ぼそっと言うなぼそっと。
本当に逃げたみたいになるだろうが。
戦略的撤退をしただけだからな。
ハピネスの視線を無視して台所へと向かう。
そこには膝をついているユウガがいた。
何かあったのかと慌てて駆け寄る。
「おい、大丈夫か」
「あ、ヨウキくん。ごめんね。ちょっとふらっとしただけなんだ。心配いらないよ」
心配いらないって……その割には顔色が良くないぞ。
どうにか笑顔を崩さないようにしているようだが、完全に空元気だ。
「もしかしてこの空間を維持するのがきついんじゃないのか」
リスクなしの力なんてあるわけがない。
おそらくこの聖域のようなものを維持するには体力か魔力を消費しているはずだ。
「ああ、ミカナに聞いたのかな。僕がミカナにしていること」
「まあな。やり過ぎだろ。もう少しやり方があるんじゃないのか」
束縛気味になっていると注意を促すもユウガは首を横に振った。
「ううん、そんなことないよ。ミカナが僕のためにやってくれてたことと比べたらさ。これくらいは当然のことなんだよ」
「だからってあそこまでミカナの行動を制限するのか。こんな力まで使って」
「こうでもしないとミカナは無理しそうじゃない」
今、無理をしているのはユウガだろうに。
「ミカナは幼い頃から陰ながら僕のことを支え続けてくれた。それから色々あって結婚して子どもができたんだよ。今は僕が無理する時期なんだ。それにさっきも言ったけどね。出産となると僕にできることは励ますことくらいしかできない。せめて家事とかは全て僕がやるべきなんだよ」
「それで考えた結果、こんな聖域みたいな空間を作って行動を制限したのか」
「だってミカナに無理しないでって言ってもさ。まだ大丈夫って家事をしようとするんだもん」
だもん、じゃねーわ。
今回は暴走とかじゃなくユウガなりに考えた結果の行動らしい。
目の前の勇者様は毎度毎度どうしてやることが極端なのか。
ミカナはミカナで文句を言っても甘い言葉で絆されてしまうようだし。
歌で解決っていうよりも拳で解らせるとかダメかな。
話し合いや歌による誘導より早い気がする。
最終手段として考えておくか。
今は説得してみよう。
「ちょっとはミカナの話を聞いて判断してみたら良いんじゃないかと。俺も詳しくないけどさ。子どもができたからってすぐに動けなくなるとかじゃないんだろう。行動を制限してストレスを与えてるんじゃ本末転倒だぞ」
「ミカナが少しでも嫌な気持ちにならないように僕だって細心の注意を払っているさ。制限と言ってもそこまでじゃないはずだよ」
この勇者真顔で大丈夫と言ってきやがった。
大丈夫じゃないからこうして話しているんだが。
他にも指摘すべき点があるぞ。
「さっきも体調悪そうだったじゃないか。ユウガが倒れたら誰がミカナを支えるんだ」
「僕は倒れないよ。ミカナと僕たちの子どものためにも絶対に倒れない」
根性論で突破するとか勇者の台詞じゃないよ。
こいつこんな脳筋だったか。
やっぱり一回倒れたら考えを改めるんじゃないか。
「僕だって日々進化しているんだ。たとえミカナを狙う強敵が現れたとしても……立ち向かうさ」
そう言い切ると聖剣から漏れ出た光がユウガの体を包んでいく。
聖域以外にも新しい能力を覚えたのか。
嫁パワー強すぎだろう。
ここまで決意の硬いユウガをどう動かせというのか。




