走り回ってみた
セシリアと二人きりでの旅行から早数日。
結婚に向けて最早秒読みというところで俺は走り回っていた。
理由はギルドの依頼が溜まっているからだ。
最近クレイマンがやる気を出していためギルドは順調に回っていた。
そのため仕事をどんどん取り、クレイマンの指揮の元円滑に進めていた。
しかし、中心人物となるクレイマンの入院によりギルドが失速。
何とか雑務を回しているが緊急性のある依頼や失敗した依頼の後処理ができていないと。
そのため依頼を迅速かつ完璧にこなす黒雷の魔剣士が呼び出された。
いや、最近働いてなかったから頑張るけどさ。
さっさと戻ってこいやクレイマンということで治療院に文句をつけに行くことにした。
「クレイマン!」
言葉荒めに病室へ入るとそこには前にも見た光景が広がっていた。
ベッドの上に横たわるクレイマン。
包帯ぐるぐる巻きってまではいかないが歩いたり何かを持ち上げたりはできなさそうだ。
誰かお見舞いが来たのか果物も置いてある。
「おー、来てくれたのか」
「来てくれたのかじゃねぇよ。また夫婦喧嘩か」
「フィオーラが家に行ったんだろ。聞いての通りだ。ソフィアにとってアクアレインの令嬢がどれだけ大切な人だってことを理解していなかった俺のせいな」
本気で反省中なのか、やっちまったぜ……と呟いて肩を落としている。
俺もセシリアもクレイマンらしいなとそこまで気にしていなかったけど。
「もっと真面目にしてればこんな風に喧嘩しねぇんだろうな。変わらないとダメなのかね」
ショック受け過ぎじゃないのか。
前だったらなんだかんだでソフィアさんが迎えに来てくれるんだってにやけ顔で惚気ていたのに。
このお見舞いだってソフィアさんが持ってきたんじゃないのか。
「言っとくがそいつは見舞いついでに泣きついてきたシエラが持ってきたもんだぞ」
俺の視線に気づいたのかクレイマンが説明してくる。
ソフィアさんのじゃないのか。
これはお互いに重症なんじゃ……ソフィアさんてああ見えてクレイマンのこと大事にしてるのに。
「自分の子どもに諭されちまうくらいだ。夫婦でしっかり話し合わないとならん」
「クインくんになんて言われたんだよ」
「聞きたいか?」
だったら話してやるよとクレイマンは語り始めた。
そもそも喧嘩を子どもたちにはあまり見せないようにしていたクレイマンとソフィアさん。
クインくんとフィオーラちゃんが寝静まった頃、外に出ておっ始めたらしい。
そこでまあソフィアさんにぼこぼこにされているクレイマンだったがクインが現れ。
「夫婦喧嘩ができる夫婦は良い夫婦だと思います。だってお互いの意見をぶつけ合える、自分を隠さずに曝け出せるんですから。僕の父さんと母さんは良い夫婦なんです。でも、やり過ぎは良くないと思います」
なんて言ってきたらしい。
クレイマンもソフィアさんも固まってしまったらしいがクインくんは続けて。
「明日家族四人で笑いあうために今日はもう寝ようよ父さん、母さん」
そこで喧嘩は終了したんだとか。
まあ、クレイマンは普通に家で眠れる状態ではなかったので式神を使って治療院へ。
「クインは俺とソフィアがちょっとした言い合いしてもまたやってるよみたいな冷めた目で見てくるだけだったんだぜ。それが今じゃ……」
子どもの成長って早いんだな……と寂しそうに呟いている。
気のせいかクレイマンの身体が薄く見えるぞ。
元々、威厳なかったじゃないか。
どういう心境なんだよ。
「クレイマンって自分の子どもの成長に敏感だったか。ソフィアさんの良い嫁自慢はしてきたけど子どもたちについてはそこまでって感じだったろ」
「そりゃあ、俺とソフィアの子だからな。クインは努力を怠らない。フィオーラは俺に似ちまったが興味のあることはとことん追究して自分の力にしちまう。心配なんてしてなかったさ。ただ、こうも息子の精神的な成長が早いとなるとな」
どうしよう、俺が会うことを勧めたカイウスの影響をがっつり受けているって言いにくいな。
失恋して落ち込んでたままにしておくのは良くないと思ったし、俺の選択は間違っていなかったと思いたいが。
「まあ、親の知らないところで子どもって成長するもんだろ。ソフィアさんだっていつもみたいにお見舞いに来てくれるさ」
「そうだよな。クインとフィオーラを連れて来てくれるよな……」
ダメだ、これはもう何言っても裏目に出るわ。
取り敢えずギルドの仕事はできる限り頑張ると話して別れた。
思ったよりも重症ということが発覚したところで遅めの昼食の時間になった。
一人で食べるわけではない、相手がいる。
「……先日はすまない。旅行から帰って来たばかりなのに急に訪ねて」
約束していたのはレイヴンだ。
この前、まともに相談にのれなかったからな。
レイヴンも忙しい身で俺も時間が合わせにくい中、昼休憩を狙い俺の家で話し合うことにした。
「いや、俺は良いんだが。何で悩んでるんだ?」
「……あの時、困っていたとはいえハピネスに頼ったのは間違いだったのかもしれない」
「いやいや、マイナス思考な発言するなって。ハピネスだってレイヴンに頼られて嬉しかっただろうし」
「……そうだな。ハピネスは俺の頼みだからと頑張ってくれた。精一杯の笑顔を見せて歌い切った。拍手喝采で俺は聴き入ってしまい拍手するのが遅れてしまった程にな」
そこまで良い歌を披露したのか。
人魚と張り合うくらいだし、レイヴンのためということもあって気合を入れたんだろう。
「……そこで劇団の団長さんがハピネスを気に入ってしまってな。紹介したのは俺だからどうにか間を取り持ってくれないかと言われている」
「ハピネスはレイヴンのためならと言っているんだったか」
「……ああ、この前少しだけ話したら前向きに検討してくれると。前も話したと思うが……どうにもハピネスの歌声は自分だけのものにしたいという欲求が」
「レイヴン……お前までそんな風になってしまったのか。ユウガの影響か?」
「……わかってるんだ、俺の言ってることが間違っていると。わかっていても複雑な気持ちになってしまって」
頭を抱えているレイヴン。
こちらも重症だな。
「俺はハピネスが目立ちすぎるのはあまり好ましくない。でも、本人がやりたいって言うなら俺は止めないかな。本格的に劇団員として活動するわけじゃなくてもって話なんだろ。それならハピネスとじっくり相談するべきだと思うぞ」
「……やはりそうなるか。だが、俺から話を振るとハピネスが気を遣って本心を言ってくれなさそうな気も……」
「おいおい……」
悩んでいる内に話は進まず平行線になり、どうするか決心がつかず解散することに。
おっと、聞いておくべきことがあった。
「レイヴン。デュークとイレーネさんが長期休みを取るなんて話は聞いたか?」
「……聞いていないが。何かあったのか」
「いや、聞いてないならいいんだ」
里帰りの件も話は進んでいないようだ。
うーむ、デュークもこの前泣きついてきたしなぁ。
デュークなら大丈夫だろうという気持ちもあるが一応様子を見て来るか。
「今、二人が何処にいるかわかるかレイヴン」
「……昼休憩は終えているから、二人とも見回り中だと思うぞ。二人の当番は確か……」
レイヴンに二人の見回りルートを教えてもらい別れた。
さて、仕事中だし長い話をしようとは思わないがどんな様子かだけでも確認しよう。
おれの索敵能力で二人はあっという間に見つかった。
まずは隠れて様子見、仕事中だし変な雰囲気は感じない。
適切な距離感で真面目に見回りをしている。
意外と問題なさそうだぞ、少し話しかけてみよう。
隠れて見ていたことは内緒で二人に接近。
「よう」
偶然を装って声をかけた。
「隊長さん、こんにちは」
「隊長お疲れっす」
「二人ともおつかれ。どうだ、見回りは順調か?」
「特に騒動が起きたとかはないっすね。異常なしっす」
「そうですね、デュークさん。ミネルバには異常はないですね」
おい、なんか言葉に棘があったぞ。
「平和な証拠っすよ」
「はい、ミネルバも平和ですね」
イレーネさん、さっきから言葉がちょっと。
「まあ、何が起こるかわからないんで訓練はかかせないっすけど」
「何が起きても良いように訓練をして力をつけておきましょう」
「それじゃあ隊長、失礼するっす」
「それでは隊長さん、失礼します」
「あ、ああ、頑張れよ」
二人に別れの挨拶をすると並んで歩いて行った。
デュークのやつ、イレーネさんの意味深な言葉には一切反応してなかったな。
イレーネさんも諦めないって感じだった。
これはどういう風に立ち回れば良いんだ。
この前、まともに相談聞いてやれなかったし家に呼ぶか。
とりあえず、全員簡単に解決しそうにないことがわかった。
「旅行から帰ってきてから走りっぱなしだったな。偶には家でゆっくりするかね」
夕食の材料を買って家に帰ると。
「おかえりなさい、ヨウキさん……」
椅子に座りテーブルに寄りかかるセシリアの姿があった。




