歌ってみた
本日の夕食はというと。
俺が取ってきた野草と果物、セシリアが釣った魚。
そして、一匹も釣れなかった俺が責任を感じて海に飛び込み手に入れた貝が食材である……。
「ぶえっくし!」
「まさか、急に海に飛び込むとは思いませんでしたよ……。もっと身体を大切にしてください」
「ごめんなさい……」
もっと水温高いと思っていたんだよ。
セシリアの起こした火の近くで震えている俺は最高に格好悪い。
まあ、貝を手に入れられたしプラマイゼロだな。
「全くもう……体温を上げる効能がある薬草で淹れた薬草茶です。これを飲んで休んでいてください」
「ありがとうセシリア……」
俺が収集してきた野草の中には薬草茶になる植物もあったようだ。
図鑑見ながら食用かそうじゃないかだけ確認して集めたからな。
知らなかったよ。
「さて、ヨウキさんが休んでいる間に夕食の支度を済ませてしまいましょうか」
そう言ってテキパキと調理を始めるセシリア。
頭の中にレシピが入っているのか無駄な動きをせずに進めている。
俺の出番とかさ、いたら逆に邪魔になるよねってレベルだ。
「それにしても手慣れてるよなぁ」
「これも過酷な旅で得ることができたものの一部ですよ。今思うと……あの旅で私が得た一番大きいものはヨウキさんとの出会いになりますね」
「唐突にぶっ込んでくるの止めて」
「実際、私たちはこうして一緒にいるのですから世の中わからないものですね」
「……そーですねー」
「ヨウキさんは私からの誘いに弱すぎると思うんですよ」
「面目ない」
ガンガン行くのは厨二絡めればできるけど、ガンガン来られるのは厨二絡んだとしても無理です。
「これでは周囲に私がヨウキさんで遊んでいる悪女呼ばわりされてしまいます」
「いやいや、セシリアは悪女じゃなくて聖……」
「何か?」
「いいえ、何でもないです……」
話しながらでも手つきは止まらず。
調理をしながらの発言を許さない笑みにより俺は続きの言葉を発せなくなった。
このまま、話しかけるのは邪魔だな。
しかし、何もしないのはそれはそれで嫌だ。
こんな時は頼れる元部下の力を借りよう。
ハピネス辺りの贈り物が良いかな。
どうせ俺を小馬鹿にしてくるような物が入っているだろう。
セシリアに笑ってもらえたらさ、俺は笑い者にされても構わないよ。
袋から出てきたのは冊子、シークのは図鑑だったが。
意を決してページをめくる。
冊子の正体は夜空で愛を誓うの楽譜だった。
「これ推しするの止めろよぉぉぉぉぉぉ!」
せっかくの贈り物なのでなんとか冊子を裂きたい衝動を抑える。
あいつどんだけこれで俺をいじりたいの!?
ご丁寧に歌詞の下にだんだん強く、消え入るように、一定の声量でと細かく助言が書かれている。
歌う機会はねぇよ。
「急に声を上げてどうしましたヨウキさん」
「ハピネスが俺の誓いを安売りしてるんだ」
「私はヨウキさんの誓いが安いとは思えませんが……安い誓いに心を動かされた女ということになるのでそういった表現は控えてもらえると助かります」
「そういう捉え方になるのか」
セシリアにとってはそういう解釈になるようだ。
うーん、これは喜んで良いのか微妙なところ。
それでこの楽譜の使い道はどうするか。
「この楽譜どうしたらいいと思う?」
「ハピネスちゃんがせっかく用意してくれたのなら歌ってみるのもありですよ」
いやそれはなしじゃないか。
俺のプロポーズが元ネタになっている歌を歌えと。
中々、厳しい提案な気もするが。
「ヨウキさんの歌は聞いたことがありませんし、今は二人きりなので例のスイッチ……でしたか。入れても構いませんよ」
「なん……だと」
セシリアから厨二スイッチを入れて良いと許可が出る日が来るなんて。
そこまで言われたら歌わないわけにはいかないな。
「調理では足を引っ張ってしまうので身を引いたからな……せめてセシリアの要望に応えるくらいはしようじゃないか」
俺はポーズを決め、海に向かって歌った。
厨二スイッチを入れてもセシリアの方を向いて歌うことはできなかった。
背中から調理する音と機嫌が良くなったのかセシリアの鼻唄が聞こえてきて。
俺は夕食の準備が整いましたよとセシリアに声をかけられるまで歌い続けた……その結果。
「いやー、美味い美味い」
知り合いの人魚に遭遇し一緒に夕食を共にすることになった。
「あんた料理上手だな。アタシの働いてるところの飯よりも美味いわ。毎日食いたいくらいに」
「あ、ありがとうございます。えーっと」
「ミサキだよ。こっちのおにーさんには助けられたことがあってさ」
セシリアはシケちゃんと会ったことあるけどミサキちゃんとは初対面。
ミサキちゃんが海から上がってきて大した説明もなく、夕食を共にしている。
セシリアもよく分からないが悪い人魚とは思ってないらしい。
ここは俺が説明しよう。
「セシリア、こちらの人魚は前にレイヴンに会いに来たシケちゃんの友達のミサキちゃんだ。一緒にミネルバに来ていたんだけど。セシリアとはその時会わなかったんだ」
「そういうことですか。事件のことは聞きましたが」
「そっちのおにーさんはシケから聞いてるだろうけどさ。今は人間に混じって働いてる。気の良い奴らとワイワイ楽しくやってるよ」
攫われた経験があるのに逞しい娘だ。
「それでミサキさんは何故ここに?」
「あー、ここは人がいないって知ってるからさ。偶に一人で自由に泳ぎたい時に来るんだよ。んで、来てみたらおにーさんがシケの歌を歌ってるからさ」
ちょっと待て。
今、聞き流すことのできない発言があったぞ。
「シケちゃんの歌?」
「そうそう。夜空で愛を誓う……だっけ。それ歌い始めたのシケだから」
「広めた人魚は知り合いだったか」
その場で崩れ落ちる俺。
「おにーさん、どうしたのさ」
「そっとしておいてあげてください」
「ふーん、よくわかんないけど。あ、スープおかわり欲しいな」
「構いませんよ」
俺の回復を待たずに夕食が進む。
まさか本当にシケちゃんが犯人だとは思わなかったな。
失恋は完全に吹っ切っているんだな。
そうじゃないとプロポーズを題材にした歌を作って歌ったりしないだろう。
本当は当人に話を伺いたいものだが。
「それでシケちゃんは来ないのかな」
「シケなら今日は来ねーな。誘ったら今日は歌いに行く日だって断られちまった」
「歌いに行く日とは?」
「シケはさ。脅されてたとはいえ自分の歌でフリメールの船乗りに迷惑かけたこと気にしててさ。失恋もあったし本人は気にしてないって言ってたけど。アタシは心配でちょいちょい夜の遊泳に誘ってたんだよ。そしたら見ちまったんだ」
俺がセシリアにプロポーズしているところをだな。
「歌の元ネタになっている二人をか?」
「そうだよ。シケは人じゃねーってことなんて気になってない様子だった。ただ、二人の会話を聞いて踊ってる姿を見てたんだ。そしたら湧いてきた……なんて言ってよ。数日も経たない内に二人をイメージした歌を作ったってわけさ」
「数日で歌にすることができるんですね」
「アタシには無理だよ、シケだからできたんだ。それでこの歌が誰かを救うきっかけになって欲しいって願いを込めてシケは歌ってるわけ」
「とても素敵な話ですね、ヨウキさん」
「そ、そうだな」
こんな製作秘話を聞かされたら、もうハピネスに文句なんてつけられないよ。
「ところでさ。アタシの間違いだったら申し訳ねーんだけど。一つ聞きたいことあってさ。……あの夜、アタシとシケが見たのって二人だったりしない?」
というか二人だろと断言してくるミサキちゃん。
これはばらしても良いやつかな。
セシリアに目配せしたら問題ないでしょうと首を縦に振っていた。
なら説明しようか。
「まあ、ミサキちゃんの想像通りだよ」
「やっぱしか。おにーさんが只者じゃないことは知ってからな。そっかー、じゃあ、今は新婚旅行ってやつの途中だったり……いや、新婚で無人島には来ねーよな」
人魚でも無人島という選択はないらしい。
「いや、まだ結婚はしてなくて……」
俺はミサキちゃんに婚前旅行中のことを伝えた。
知り合いに協力してもらっており、二人で行き先を決めているわけではないと。
「へー、面白そうじゃん。記念すべき一日目ってやつでしょ。それじゃあ、アタシからお祝いってやつを渡すよ」
ちょっくら行ってくるとミサキちゃんは海へ。
「気を遣わせたかな」
「そうですね。申し訳ないです」
ミサキちゃんの帰りを待っている間、夕食の片付けを行う。
程なくしてミサキちゃんが戻ってきた。
「ふー、探した探した。ほら、これがアタシからのお祝いってやつな」
ミサキちゃんが俺に手渡してきたのは淡い水色の真珠だった。
俺とセシリアの分ということで二つか。
「それじゃあ、アタシは帰るからさ。メモ剣士にシケは立派に前へと進んでるって伝えといてくれよ」
それじゃあ、と言い残してミサキちゃんは帰っていった。
戻ってきたばかりなのに随分と急いで帰っていったな、何か理由があるのか。
「ヨウキさん……これごく稀にしか取れないブルーパールですよ」
「貴重な物ってことか」
「このサイズは中々出回らないです。商会に持ち込んだら応接室に通されて商会長自ら交渉してくるでしょう。それくらいの価値がありますよ」
ミサキちゃんはかなり高価な物をくれたと。
俺だと知識がなさそうだと踏んで渡してきたな。
価値を知られたら返されるかもと考えて、急いで帰ったと。
「せっかくだし貰おう。これどうにか加工できないかな」
「帰宅した時、お母様に伝がないか聞いてみます」
セリアさんならなんとかしてくれそうだ。




