解消してみた
寂しい夕食を済ませて後は寝るだけ……というところで扉を叩く音が聞こえた。
こんな遅くに誰だろうか……もしかしてセシリアかなと淡い期待を抱きながら玄関に向かう。
こういう時に限って呼んでない救世主が来たりするんだよなぁ。
どうせ近々パパになる勇者だろうと扉を開ける。
「やあ、こんな夜更けに済まないね」
俺にとっての救世主が降臨した。
恋のキューピッドと呼ばれているカイウス。
俺の胸のモヤモヤもカイウスなら……という希望が出てくる。
「全然構わないから。入ってくれ」
カイウスを居間へと案内した。
しかし、何か違和感があるな。
スムーズにカイウスが家に入ってきているだけだが……ん?
「カイウス。今日は背中に棺桶を背負ってないのか」
「ああ。残念ながら今日は連れてきていないんだ。最近、仕事が忙し過ぎるみたいでね。僕がいつものように優しく拘束しようとしたら逃げられてしまったのさ」
事情を知らない人が聞いたら騎士団に連絡待ったなしの話だ。
残念ながらじゃねぇよというつっこみも入るだろう。
俺は事情を知っているからそうかの一言で終わるけど。
「それで今日はわざわざ何しに来たんだ?」
「もちろん。指輪の行方について聞きに来たのさ」
「そういうことか。カイウスにも俺の覚悟が伝わっていたんだな」
指輪を買った時点でプロポーズする時期を読まれていたのか。
いくらカイウスでもこんな良いタイミングで来れないもんな。
偶然と片付けるよりも長らく恋のキューピッドをしているカイウスの観察眼に称賛を送るしか……。
「ブライリングで夜空で愛を誓うという歌が流行っていてね。歌を聞いて察したのさ」
「そっちかよぉぉぉぉぉ!」
クラリネス王国中に広まっているという話は本当だった。
もう逐一反応しないで聞き流す方が良いのかな。
聞く度に叫んでたら喉がもたないよ。
「やはり君たちだったか。ここに来る途中、噂になっていたよ。おめでとう、君は国中の人々から祝福されているようなものだ」
「そう、なんだよな。それがさぁ」
俺としては恥ずかしかったりするんだけど。
セシリアは満更でもないから余計に困る。
「君の悩みもわかるが今は喜びたまえ。君の念願が叶ったのだからね。これはお祝いの品として受け取ってくれ」
そう言ってカイウスが渡してきたのはペアグラス。
食器は引越した時、セシリアと一緒に買い物へ出かけたっけ。
俺もセシリアも酒はあまり飲まないからな。
セシリアの入れてくれたお茶を飲むことが多いし。
「夫婦で夜を過ごす時、偶にはお酒を飲むことを勧めるよ。心の内を語れる場になるからね。もちろん、強制ではないのであまり酔わない果実酒を飲む時にでも使ってくれると嬉しい」
「これもブライリングで売られている人気商品だったりするんだろ」
「正解だ」
ありがたく使わせてもらおう。
さて、カイウスがせっかく来てくれたんだ。
話を聞いてもらおう。
「実はさ。セシリアとの結婚が間近になってから、モヤモヤしていて。セシリアには厨二を封印することが原因じゃないかと。仲の良いやつらにも結婚を理由に自分を押し殺すなと言われてさ」
「ほほう」
「俺としてはどっちが正しいのかと。セシリアのためにどうすれば良いのかってさ」
「ふむ……それが悩みということだね。そうだな……私が相手のことをじっくりと知っていくのも悪くないと思っていると話したことを覚えているかな?」
「あー……覚えてるわ」
男子会をした時だな。
ユウガとデューク、レイヴンもいたやつだ。
「相手に気を遣って個性を消す。それを続けていけば君はつまらない夫になってしまうよ」
「つ、つまらない……」
「彼女は君に何を望んでいたのかな?」
「セシリアが俺に……」
目を閉じると浮かぶのは説教の日々。
正座してセシリアのありがたい話を聞き、そしてまた問題を起こして首根っこを掴まれて。
「違う違う。そういうことじゃない」
首を横に振って考え直す。
「セシリアが俺に求めていたのは……刺激かな?」
「言葉選びが間違っている気がするが……まあ、そんなところかな。困らせ過ぎるのも良くないが自分を見失わないことだ」
うん、何か違う気がするけど。
俺は俺らしく在れば良いか。
「やっぱり相談は大事だな」
「はっはっは、そうだろう。君には頼れる人がいるということを自覚するといい。誰かに頼ったら今度は自分が頼られる番だと胸を張って待つのもありさ」
「関係が進展するってことはそれだけ変化が起きるからか」
「そうだね。もし、頼られて解決しなかったら私を呼ぶと良い。恋のキューピッド、カイウスが相談に応じよう。おっと、聞くのは恋愛相談に限るが、ね」
そう言い残してカイウスは去っていくのかと思いきや……。
「そうだ。結婚式は是非、呼んでくれよ。その時はシアも連れて来るからね」
「棺桶背負っての参加は勘弁してほしいんだけどな」
「おっと、その辺は考えておかなければいけないね。それじゃあ、シアに会いたくなったしこれで失礼するよ。……プロポーズ成功、おめでとう」
祝福の言葉を残してカイウスは帰っていった。
本当にさ……さすが恋のキューピッドって感じがしたな。
そんなわけで寂しくてもぐっすりと眠れた翌日。
早くもセシリアが訪ねてきた。
最近、堂々と家に来ているけど情報屋から付けられたりしていないのだろうか。
気になるところだが、今はセシリアの話を聞こう。
「ヨウキさん。私はかなり悩みました」
「いや、俺もセシリアが考えてくれているのが申し訳なくてさ。デュークたちに相談に乗ってもらったりしたわけで……」
セシリアがこれ以上悩む必要はないと説明しなければ。
「解決したということでしょうか」
「まあ、すっきりはしたかな」
カイウスも来てくれたので自分のやるべきことや覚悟を再認識できたという感じだ。
「そうですか……」
残念そうな表情で視線を逸らされた。
おかしい、俺の悩みがなくなったので余計な心配をしなくても良くなったんだ。
てっきり喜んでくれると思ったんだけど。
「婚前旅行は中止ですね……」
なんでそうなる!?
「ちょっと待って。それは別だから」
悩みが解決してもセシリアと二人で旅行なんて行きたいに決まってるじゃないの。
「ヨウキさんの悩みが解決した以上、行く意味がないので」
そんな悲しそうな顔しないでくれ。
どうした、どういう展開だこれ。
俺が自分で解決したらいけない案件だったか。
「俺はセシリアと旅行に行きたい。俺の悩み云々関係なしに行きたい。わくわくどきどきするような感じで思い出に残したいんだけど」
おろおろ感も相まって手振り付きで説得。
ここまで頼んだらセシリアだもの、納得してくれるはず……おや?
俺はセシリアの不審な点に気づいた。
説得の途中から目を伏せていたのだけど……よく見たらさ。
悲しんでるんじゃなくて笑ってるよね。
肩震えてるし口押さえてるし確定だわ。
「おかしいなぁ。セシリアはそういうことする感じじゃなかったと思うんだけど」
怒ってはいない、断じて。
ただ、不思議なだけである。
「ふふっ、実はお母様に相談してみたら一度こういう態度を取ってみなさいと言われまして。ヨウキさんが私の予想以上に焦り始めたので思わず笑ってしまいました」
セリアさんの入れ知恵かよ。
ぐっ、引っかかったのは悔しいけど珍しいセシリアを見れて良かったと思う自分がいる。
うん、やられっ放しで終わるわけにはいかないな。
ここは俺も普段やらないことに挑戦しよう。
ゆっくりとセシリアに近づいて片手で頬に触り一言。
「違った一面を見せてくれてありぎゃっ」
慣れないことは二つ同時に行うものではない。
思いっきり噛んだ結果、恋人の右頬を掴んで固まるという絵図に。
数秒の沈黙、そして……。
「ヨウキさんは相変わらずヨウキさんですね」
笑顔をもらうことができましたとさ。
……もっとちゃんとしよう。




