恋人と帰宅してみた
セシリアに説得されてしまい、俺は歌を受け入れることにした。
だから、ハピネスへのお仕置きもなしだ。
「それにしてもレイヴンさんや。ハピネスはいつまで歌っているつもりなのかね」
「……わからん」
わからんじゃねーよ。
恋人がやり出したことなんだから、いつ終わるかの見通しくらいは立てておいてくれ。
「周りの方々からの熱烈な歓声が響き渡っていますね。あの場所からハピネスちゃんを引っ張り出すのは難しいですよ」
難しくてもやるんだよ、セシリア。
俺が観客を押し除け、ハピネスを連れ出そうとしたらさらなる盛り上がりが起きた。
「おい、なんだ。歌が止まったのにどうして歓声が湧いてる」
「ハピネスちゃんが看板を持っているのが見えます。おそらく、あれが原因かと」
「なぬ?」
こんな時に便利な感覚強化、視覚!
「何々……私たちで祝福をしましょう。誰もいない月明かりが頼りの真っ暗な海で結ばれた二人を。沢山の人たちが二人を祝福してくれるように私は歌います。共に二人の幸せを祈りましょう」
そうか、ハピネスは俺たちのために……。
「って、なるかぁ!」
あいつ絶対楽しんでやってるだろ。
「俺は祝福するぞ!」
「私も!」
「俺もだ!」
「みんなでこの歌を広めるぞー!」
「止めてくれぇぇぇぇ!」
広めようとするな、そんな美談にしないでくれ。
「これは更に歌が広まりますね」
セシリア楽しそうに言わないで。
「……ハピネスも筆談でとはいえ、長文で自分の気持ちを伝えられるようになったか」
レイヴン、恋人の成長を見て感心している場合じゃないぞ。
「……歌唱」
お前はもう歌うんじゃねぇぇぇぇぇ!
どうにかハピネスを止めようする俺をレイヴンが止め。
セシリアから見届けましょうと諭され、俺はハピネスの歌を無の心で聴いた。
どうしたって耐えられないよ……。
「ははは……これでさらに広まるなぁ、俺の誓い」
「……感謝」
「そうだな、ありがとうな、ハピネス……」
「……崩壊?」
「……今はそっとしておいてやれハピネス。ヨウキは回復に時間がかかりそうだ。最近、ようやく黒雷の魔剣士に慣れてきていたところだったんだが」
レイヴンの言う通りだ。
厨二も卒業、ある程度慣れてきたっていうのに……新たなネタができてしまったよ。
どうにかハピネスを連れ出した帰り道。
四人で歩いていて俺の背中はきっと一番小さく見えていることだろう。
「……夕食」
「……ああ、楽しみにしている。だが、思ってた以上に遅くなった。簡単なもので構わない」
「……全力」
「……そうか。あまり無理はするな」
「……了承」
安定のイチャつきを見せている二人。
夕食の話をしているだけなのに。
ハピネスの少し上目遣いでいう感じとか、レイヴンが優しく肩に手を回して抱き寄せるところとか。
俺はもがき苦しんでいるというのに二人の世界を展開するなんて。
やはり、ハピネスに制裁のチョップを……。
「ヨウキさん」
「おわっ!?」
セシリアが死角から急に顔を覗かせてきた。
考え事に集中していて気が緩んでいたせいか、驚いてしまった。
「少し後ろをずっと歩いていたのです。そこまで驚くことはないでしょう」
「いや、ちょっと考え事を……」
「成る程」
セシリアは大体察してくれているらしい。
ちょっと視線が冷たいような……。
「ヨウキさんは意外と繊細な面もありますから、恥ずかしがるのは仕方ありません。気にするのもわかります。ですが、夜道を歩いているのですから、少しは気にかけてくれても良いのでは?」
「おっしゃる通りです……」
これは彼氏失格案件だ。
レイヴンは満点、俺は赤点といったところか。
何言っても言い訳にしかならない状況。
セシリアが怒るのも無理はない。
「別に怒っているわけではありません」
「俺、口に出してないんだけど」
「口に出さなくても表情でわかります」
「俺ってそんな単純?」
「……正直、わかる時とわからない時の差が激しいです」
「そんなことある!?」
「あるので、私は時々困るんですよ。今回はわかりやすくて助かりました。それで私は怒っていませんから」
いや、怒っていないって言われてもなぁ。
どうにかセシリアの機嫌を戻したい。
前を歩くレイヴンとハピネスを見る。
カップルらしくするのがいいんじゃないか。
でも、同じことをしても芸がないよな……そうか、夜道を歩いているんだから。
「……何故、私を守るように腕で庇いながら歩いているのでしょう。あと、何を警戒しているのですか?」
「いや、夜道だから警戒を……」
「ヨウキさん」
セシリアが冗談ですよね、と表情で訴えてきている。
これ以上、怒らせるのはまずい。
何とか家に帰るまでにセシリアが喜びそうなことを考えないと。
どうしたら良いかな……思考速度は強化できないんだよ。
何とか焦りを見せないように考えていると、セシリアが小さく笑った。
「やっぱり、ヨウキさんはわかりやすい人ですね」
「へ?」
「ほら、レイヴンさんたちに追いつきますよ。離されちゃってますから」
セシリアに手を引かれて小走りになりつつ考える。
どうして機嫌が直ったのやら、家に着いてもわからない俺だった。
「セシリアを怒らせてしまった。俺は何もしていないのにセシリアの機嫌が良くなった。……どういうことだと思う」
「……俺に聞くのか」
家に着くとセシリアとハピネスはレイヴンの夕食作りへ。
俺とレイヴンは暇、というわけで相談にのってもらうことにした。
「どうにかしてセシリアの機嫌を直さないとって考えていたら急にセシリアが笑ってさ」
「……ヨウキの焦っている表情を見て、だな」
「それで笑ったと」
「……可能性は高いと思う。俺よりもヨウキの方がわかるんじゃないのか」
痛いところをついてくるレイヴン。
そうだよな、俺がわからないとダメだよな。
「……まあ、これから夫婦になるんだ。ゆっくり知っていけば良いだろう」
「そうかな。時間をかけて俺とセシリアのペースで」
「……夫婦になったらヨウキも目立った行動はなるべく避けた方が良い。セシリアの評判にも関わるようになるからな」
「俺ってそこまでやらかしてる?」
「……目立つことはしているだろう。結婚するなら黒雷の魔剣士がヨウキだと公表しなければならない。結婚してしばらくは落ち着いた暮らしをするべきだな」
「セシリアのためにもそうなるかな」
「……セシリアだけじゃなくて二人のためだろう。結婚は一人でするものじゃないんだから」
「そうだな、ちょっと気負ってるかも」
「……安心しろ。俺もだ」
似た悩みを持っている仲間がいるのは心強い。
「結婚したらしばらく厨二は封印かな。普通に依頼を受けるか」
「……仕事は、そうだな。自分から受けるのも良いが適切な依頼を回して貰うのが良いかもしれないな。ヨウキが自由に動くと、な?」
レイヴンも黒雷の魔剣士強制休業を知っているのだろうか。
情報回るの早すぎないか。
「……俺が言うのもおかしいが、ヨウキはセシリアと出会ってから自分だけじゃなく知り合った人たちのために奔走してきただろう。ここらで一休みしても文句を言う奴なんていないさ」
「そうかねぇ」
まだまだ一休みするなんて早いと思うな。
その後、レイヴンとの雑談は続き夕食が運ばれてきたわけだが。
やはり、レイヴンもハピネスとセシリアの味付けの違いを見抜いていた。
まあ、理由としてはセシリアの料理は旅をしている時、毎日のように食べていたかららしい。
そういや、料理当番はほとんどセシリアだったと話していたな。
「……強敵」
ハピネスが珍しくセシリアに対抗心を剥き出しにしていた。
どっちも美味しかったけどな。




