説得されてみた
「セシリアー、ハピネスとレイヴン遅くね?」
「レイヴンさんの仕事が長引いているのではないでしょうか」
それにしたってハピネスが出て行ってから結構経ったよな。
レイヴンの仕事が長引いてるにしても……。
「あのレイヴンがハピネスをそこまで待たせるかね。愛の力を発揮して超速で仕事を片付けそうなもんだけど」
「甘いですね。愛で仕事は減りませんし、超人的な能力を発揮することもありませんよ」
「それはソレイユに相手がいないからそんなことが言えるんだよ。お前みたいな理屈っぽい人間は恋人ができたらさ……ぐいぐい迫るためにも仕事を早く終わらせるようになるって」
「そんなことになるわけが……」
「なりそうですね」
セシリアも俺と同意見らしい。
これにはソレイユも驚いている。
俺もセシリアが同意見とは思っていなかったので。
「へっ!?」
と、まぬけな声を出してしまった。
いや、予想外すぎて……。
俺がアホ面を晒している間にセシリアが理由を話し始めた。
「ソレイユさんはヨウキさんと似て行動力がありますよね。黒雷の魔剣士にこだわり、随分と回り道をしたみたいですが解決しましたし。興味を持つと止まらない性格だということが今回の件でわかりました。もし、ソレイユさんが大切にしたいと思える素敵な女性が現れたら……逃すことはないと私は思いますよ?」
「……セシリアさんは酷い人ですね。僕は一度振られてしまっている身だというのに」
ふっ、と小さく笑ってソレイユは呟く。
セシリアに求婚した件だな。
それはまあ……。
「相手がこの黒雷の魔剣士だったからな。仕方ないさ!」
「何故でしょう。黒雷の魔剣士が相手ならと思えていた感情が今ではかなり薄れています。その分、ヨウキとセシリアさんの間には入れないと今日で確信しましたが」
今日、そんなに特別なことをした覚えはないのだが。
俺の正体を知ったくらいだろうに。
中に入れないって……入れる気はないけども。
「そろそろ僕は帰らせてもらいます。夕食ご馳走様でした。最後に一つだけ言わせてもらいますが……無自覚なのはたちが悪いですよ」
「は?」
「それでは。次に会う時は二人の結婚式でしょうか。招待状を楽しみに待っていますよ」
最後に爆弾投下して帰るんじゃねえよ。
ボードゲームも全敗したし……悔しいので俺も言ってやる。
「じゃあな。次に会う時は大切な人と腕を組んで歩いている姿を見せてくれよ」
俺の言葉にぴくっと反応し、帰ろうと背を向けていたのに首だけ動かしてこちらを見てきた。
「……僕だってヨウキとセシリアさんのような素敵な関係を築いてみせますよ。まだ見ぬ誰かとね」
ふんっ、と言い残してソレイユさん出て行った。
まだ見ぬ誰か……ねぇ。
「ソレイユって周りに良い相手はいないのか?」
「私は聞いたことがありませんね」
「僕の情報だとソレイユさんのパーティーは男性三人、女性が一人。紅一点のガーネット様はソレイユ様の姉です。ソレイユ様にファンは多いですが、親密にしている女性がいるという情報はないですね」
ウッドワンの情報網にも引っかかってないと。
まだ見ぬ相手か……頑張れよソレイユ。
「僕もこの辺で失礼します。セシリア様に記事にして良い範囲を教えて貰いましたので。お二人に迷惑をかけるような記事には絶対しません。黒雷の魔剣士さんの正体についても現在は保留ということで……」
「はい、そのようにお願いします」
「もし、約束を反故にし秘密を漏らし過ぎた場合。貴様には罪人に向けるにふさわしい裁きの黒雷を頭上から降らせて……」
「物騒なことを言って脅すのは止めましょうか」
「はい……」
「だ、大丈夫です。セシリア様とは深く深ーく、話し合いをさせて頂いたので」
ウッドワンの目が泳いでいる。
確かに俺の釘刺しは必要なかったな。
セシリアが充分やってくれたみたいだし。
「また今度取材させて下さいっ!」
ウッドワンも家を出て行った。
忙しいやつだ、今のウッドワンは仕事が恋人っぽいな。
さて、二人とも帰ってセシリアと二人きりになれたわけだが。
「ヨウキさん、ハピネスちゃんとレイヴンさんが心配です。二人で迎えに行きませんか?」
「そうだな。二人を迎えに行こう」
夜のデートとかじゃないから。
二人を迎えに行くだけだから。
俺の索敵能力を頼りに二人の元へと向かった。
「二人は何をしているのやら」
「何もなければそれはそれで構いません。レイヴンさんは寄り道をするような方ではありませんでしたが、ハピネスちゃんと一緒となると別です」
「恋人同士で夜の街を歩いたら何処かに寄りたくなるもんだ。食材の買い物は別としてな」
「そうですね。少しだけ回り道しているだけとか」
レイヴンたちはどうしているのか二人で予想を立てつつ、歩いていたら騎士団本部に到着してしまった。
俺の家からいつも通る道で来たけどすれ違わなかったぞ。
「んー、二人が寄りそうな店もちらっと見ながら来たのに会わなかったな。本格的に探してみるか」
ここで使うのはいつもの便利能力の感覚強化だ。
さあ、何処にいる……。
「見つけたわ」
「早いですね」
「近くの酒場にいる」
「酒場ですか。珍しいですね」
「行ったら理由わかるよ」
セシリアを連れて酒場へと向かう。
酒場の中に入るとハピネスを中心に結構な盛り上がりを見せていた。
「えーっと……これは」
「そういうことだ」
どういうことかっていうと。
ハピネスが酒場の中心で俺の誓いを歌っている。
それだけだ。
よし、拳骨しよう。
「……ヨウキとセシリアか。すまないな、中々家に来ないから迎えにきてくれたんだろう」
変装したレイヴンが腕組みして壁にもたれかかっていた。
一定の距離を保っているがハピネスに何かあったらすぐに飛び出す。
そんな気配っぽいものを感じる。
とりあえず事情を聞こうか。
「この状況は何?」
「……ハピネスと夜道を歩いていたら、ハピネスの鼻歌を聞きつけた酔っぱらいたちが一曲頼むと頼んできた。ほら、最近流行りの歌があるだろう」
「ああ、よーく知ってるよ」
「……俺は断ったんだがハピネスが人前に出る特訓にはちょうど良いと」
ハピネスは人が苦手、昔色々あってトラウマ。
レイヴンのおかげでかなり和らいでいるのか。
それはそれで良いことだ。
しかし、俺の誓いを人前で歌って良いことにはならない。
「……ハピネスの勇気ある一歩を俺は全力で応援してやりたい」
「俺はあいつが面白がっているのをわかっているので全力で脳天にチョップをお見舞いしてやりたい」
「……俺がハピネスを傷つけることを許すと思うか」
「家族の問題だ。アホな妹分にはそれなりの対応をさせてもらう」
「はい、そこまでです」
俺とレイヴンでバチバチやっているとセシリアに止められた。
「ここで本気でやり合うのはダメですよ。レイヴンさん、ハピネスちゃんを想うのは分かりますが簡単にヨウキさんの挑発にのらないでください。ヨウキさんも気にし過ぎですよ」
「……そうだな。少々、柄にもなく熱くなり過ぎた」
「ちょっと待って、気にし過ぎって。気にするよ、そりゃあ!」
自分のプロポーズの内容が俺のと知られていないとはいえ歌われてるんだぞ。
気にするなって無理があるだろ。
セシリアだって気にならないのか。
「ヨウキさんは気にしているのですね。私は……悪いことではないと思っているのですが」
「何故!?」
セシリアは国中に広まっているこの状況が悪くないと。
俺が悶死しても構わないと言うのか。
「この歌を聞くだけであの夜を思い出すことができるんです。一生に一度の……もう二度と体験することができないあの光景、気持ちを。ヨウキさんは確かに私を驚かせる、最高のプロポーズをしてくれましたね」
「いや、歌になったのは偶然で……」
「こんな偶然はありません。きっとヨウキさんが何処かで得た縁のおかげです」
「……レイヴン、そういえばこの歌の始まりは人魚かららしいんだが」
「……ヨウキがそう思うならそういうことなんじゃないか」
やっぱり、あの二人なのか!?
確定ではないけどシケちゃん、ミサキちゃんの仕業なのか。
本人たちに確認したいけど彼女らと連絡取れないからな。
「心当たりありますよね。そういうことなんです」
「そういうことなのかなぁ」
「ヨウキさんが好ましく思っていなくても……私は今流行りの歌、嫌いではないですから」
セシリアにそこまで言われたら何も言えないよ。




