対決してみた
「言ってくれますね。僕がそんな小さい人間に見えますか?」
「さあな。俺はそこまでお前と付き合いが長いわけではない。だが、接触回数と現れる度にセシリアと黒雷の魔剣士の情報を寄越してきたのがどうも引っかかってな」
そんなことをする義理がこいつにはない。
ソレイユとヨウキは偶々会っただけだ。
俺のセシリアへの特別な感情を抱いていることを知っているにしてもさ。
協力的過ぎた気がするんだよな。
「まさか、僕が推理される側になるとは。やはり、黒雷の魔剣士には勝てないですね。……どうにもヨウキという人がわからなかったんですよ。セシリアさんに恩があると言って。時折見せていた余裕のなさ、隠し事もそこまで得意ではないと」
急に俺の悪口が始まったんだが、ぶっ飛ばして良いかな。
いや、神妙な顔つきで話しているしもうちょい様子を見るか。
「正直、完璧過ぎる黒雷の魔剣士に勝てる要素がない。でも、諦める様子はない。それはそうですよね、黒雷の魔剣士とヨウキという人が同一人物だったんですから」
「だけど、俺の正体を知ったのは今さっきだろ」
「そうですね。僕は貴方の正体をついさっき知りました。……今では貴方が黒雷の魔剣士だと知らない方が良かったと思ってます。黒雷の魔剣士は僕が憧れた人、ヨウキは僕が期待を寄せていた人なんですよ。今の僕の心境はそうですね……残念だ、の一言につきます」
ソレイユが小さくため息をついた。
ウッドワンは全く会話に入ってこれず、視線が俺とソレイユを行ったり来たりしている。
セシリアを呼ぶ必要がない案件だなこれ。
勝手に残念だとか言われてもさ。
「さて、色々と言ってくれたな。まず黒雷の魔剣士についてだが……俺が黒雷の魔剣士になった時、セシリアには説教を食らった」
「えっ!?」
「黒雷の魔剣士は俺の溢れんばかりの厨二が暴走して生まれたんだ。無駄に目立ち、正気に戻った俺は羞恥と後悔に襲われた。そして、セシリアからありがたい話を受けたという……」
今でもあの出来事は忘れない。
アクアレイン家の馬車に連れ去られ、セシリアの部屋に問答無用と言わんばかりに案内された。
デュークたちからも笑いのネタにされ、散々な目にあった。
「そんなこんなで生まれたのが黒雷の魔剣士というわけだ」
「そんな……僕の憧れが……」
めちゃくちゃショック受けている。
まあ、それが真実だし。
「つまり、残念と思われてもって話。何故かっていうと元々誕生秘話からして残念だからだ」
「それ、ある種の開き直りじゃないですか。今回の会話で貴方という人がいかに適当で残念な人かということがわかりましたよ」
「そんな残念なやつに憧れて期待した次期領主様がここにいるな」
「……今のは侮辱と受け取ってよろしいですか」
腰に帯びている剣に手をかけるソレイユ。
うんうん、やっぱり拳で語るのが手っ取り早いよな。
俺も手を開いたり閉じたりして準備体操しとこう。
「ちなみに俺の得意武器は剣じゃない、拳だ」
「僕は剣です。妙な偶然ですね。お互いに得意武器を扱っていたとは。そういえば、ユウガさんとミカナさんの結婚式で僕のガントレットをさりげなく奪って戦ってましたね。何が蒼炎の鋼腕の想いがこもった拳、ですか。よく言えたものですよ」
よく俺が言ったこと覚えているな。
あの時はミラーが思った以上にめんどくさかったから、得意なスタイルで戦いたかったんだよ。
ちょうど良いところにガントレットあったからさ。
使わせてもらった。
「良いだろ、代わりに俺の剣渡したんだから」
「あのような特殊な形状の剣、扱いに困りましたよ。よくもまあ、普段から使っていますね」
「おい、黒雷の魔剣士の武器を馬鹿にするか。本気で相手になるぞ」
「望むところです」
「あわわわ……どうしてこんな展開に。黒雷の魔剣士と蒼炎の鋼腕の戦いなんて僕の取材したい案件じゃないですよぉ」
ウッドワンが何か喚いてるが無視。
これは俺とソレイユの問題だ。
拳で語って分かり合う、それで解決といこう。
俺たちの真剣勝負が今……。
「何をしているんですか」
始まらなかった。
「何故、私が片付けをしていて少し目を離している間にお二人が戦うことになったのでしょうか」
セシリアが腕組みをして接近してくる。
ああ……似たようなことが最近あったなぁ。
こうなったら無理だわ。
セシリアの笑顔がさ、いつものやつなんだよ。
「ヨウキさん、私はくれぐれも暴走しないようにと言いましたよね?」
気がつけば俺は正座していた。
もう、条件反射みたいなもんだ。
「確かに言いました」
「話の流れ的にこれは暴走していないと言えるのでしょうか」
「こう、男は拳で語った方が早いかなと」
「きちんとした話し合いができれば拳で語り合う必要はないかと。言語が理解できないわけでもないですし。何故、拳が必要なのですか」
ちょっと正論過ぎて何も返せない。
「ソレイユさんも剣に手をかけているようですが……まさかヨウキさんの提案に乗り気だったわけではないですよね」
セシリアの標的がソレイユに移った。
自分も叱られる対象になるとは思っていなかったのか驚いている。
甘いなソレイユ……セシリアは簡単に見逃してくれないぞ。
「まさか、僕が彼の安い挑発に乗るわけがないでしょう。彼が手を出してきそうだったので自己防衛手段として念のため剣に手をですね……」
「ソレイユさん、私に誤魔化しは通じませんよ」
「うっ……」
あのソレイユでもセシリアには勝てないと。
迫られて壁ぎわまで追い込まれてるし。
俺はすでに正座しているからな、反省中と。
「これがセシリア様の力。場を治める……まさに聖母様と呼ばれるにふさわしい……」
あっ、ウッドワンがやらかした。
久々にセシリアの地雷が踏まれたな。
「ちょうど良いです。三人まとめてお話しましょうか」
「ええっ、僕もですか!?」
「はい。取材はお受けしても良いのですが、どこまで広めて良いのか線引きについて。あとは触れても良いことについて……ですね」
セシリアが怖い。
立ち位置的にセシリアの表情が見えないんだが、ウッドワンが怯えてるのはわかる。
長期コースだな、これ。
「全く、貴方に乗せられた僕にも非があるとはいえこのようなことになるとは」
俺の隣に正座するソレイユ。
素直に正座するのね。
「こうして並んで正座するのは二度目ですね」
「あー、そういえば最初会った時もセシリアに止められたっけ」
「貴方程の力を持っていてもセシリアさんには勝てないのですね」
「いや、無理だろ」
本気でセシリアが怒る前にどうにか許してもらわないといけない。
ユウガと二人仲良く説教食らった時とかさ。
まだ説教で済むのは軽い方だし。
ウッドワンも仲間に加わり、三人並んで正座して目の前には腕組みしているセシリアと。
見慣れた光景だが、セシリアが躊躇っているように見える。
「客人に正座してもらうのは本来、あり得ないことなのですが……良いのでしょうか」
俺はともかくソレイユとウッドワンは巻き込みみたいなもの。
客人ていうのもあってるけど。
「こういうことは一度経験しておくと良いと思う」
「何度も経験する方が良くないと僕は思いますが」
「ソレイユさんの言う通りですね」
「いや、あのセシリアのありがたい話が聞けるんだぞ」
充分価値はあるだろう。
「確かにこれも体を張った取材ですね」
「僕は何に巻き込まれてしまったんでしょうか」
「黒雷の魔剣士を追いかけた時点で貴様の運命は決した。これからは踏み込む領域を見誤らないことだ!」
「ヨウキさんは個別でお話する必要がありそうですね」
「すみません」
どうにもソレイユには反射的に煽ってしまうんだよ。
多分、何かが合わないんだろうな。
ソレイユも同じことを思っていそうだ。
「セシリアさんの将来が心配ですね」
「悪かったな」
「……それでも不幸にはならなさそうだ。黒雷の魔剣士はセシリアさんを守れる。ヨウキという人はセシリアさんを笑顔にできると」
「困らせることもあるけどな」
「自分で言うことではないですね。自覚があるなら直すべきです」
「はいはい。つーか、俺の名前ちゃんと呼んでくれないか」
「貴方だって呼んでないでしょう」
「俺はヨウキだ」
「僕はソレイユです」
このタイミングに何で俺たち自己紹介してんのかね。
並んで正座して見合わせてるのがおかしくなり、笑ってしまった。
「僕はヨウキの強さが知りたいので今度手合わせしてもらっても良いですか」
「良いぞ。黒雷の魔剣士ではなくヨウキとして戦ってやろうじゃないかソレイユ」
「拳で語り合うのはやめて下さいと言ったのにどうして次回の約束を……いえ、ちゃんとした手合わせの約束なら私が口出すことではないですね」
セシリアも約束しての手合わせなら文句は言わないらしい。
身バレを防ごうとした結果、俺は何かが合わない友人を得る事ができた。
セシリアのお話もあまり長くなることはなく。
穏やかな夜に……。
「おいぃぃぃ、お前性格悪すぎ!」
「何のことでしょうか、僕は普通にルールに乗っ取ってゲームしているだけですよ」
手合わせは後日ということで代わりにボードゲームで対戦したんだけど。
「最初は俺が優勢なのに逆転勝ちするのこれで五回目だぞ。絶対、仕組んでるだろ」
「何を言っているのかわかりませんね。序盤に勝っているのなら、そのまま押しきれないヨウキが悪いんですよ」
「優雅に紅茶飲みながら俺が悩んでるの楽しんでたな?」
「さあ、何のことでしょう。それにしてもセシリアさんの入れる紅茶は美味しいですね」
「俺はそれが毎日飲める」
「……どうやら、序盤から一気に勝負を決めてほしいようですね」
「ほら、やっぱり仕組んでたな。今度こそ、今度こそ負けんぞ」
圧倒的不利なのはわかるがせめて一勝したい。
挑発に引っかかったし、隙を見て攻略してやる。
俺とソレイユはそんな感じでセシリアとウッドワンは……。
「えっと……どこまで記事にして良いんでしょうか」
「そうですね。ヨウキさんのことは伏せてもらっても良いですか。こちらも世間に発表する準備を整えている最中なので。指輪のことは記事にしても構いません」
「ほ、本当ですか! よーし……」
「プロポーズ関係の話についてはなしでお願いします。二人だけの思い出にしたいので」
「は、はい。絶対に記事にしません」
ウッドワンが少し怯えつつも取材中だ。
そこまできついお話はしなかったんだけど。
セシリアの二つ名に触れた時に何かあったのか。
それにしても二人の思い出か……もう結構広まっちゃってるんだよなぁ。
そういえば、ハピネスとレイヴンが遅い。
何かあったのか?




