恋人に付き合って見た
セシリアが来たかったのは服屋……と言って良いんだろうか。
古着ばかり取り扱っている店に行く庶民派な俺が寄るような店じゃない。
「よろしくお願いします」
「どうぞこちらへご案内いたします」
まず店に入った時点でセシリアが店員に身分証明書を見せていたんだけど。
俺は良いのって聞いたら大丈夫です、任せてくださいだってさ。
取り敢えず大人しくセシリアに付いていくと途中で別々にされた。
戸惑っていたら大丈夫ですの一言。
よし、セシリアを信じよう。
案内された部屋には何着も服がかけてあって店員が三人待機していた。
「ご要望はセシリア様から聞いております」
「お客様の魅力を最大限に引き出すと誓います」
「我々の腕を信じてもらえると助かります」
挨拶が揃いすぎてて怖い。
店員にどんな教育しているんだこの店。
ご要望はセシリアから聞いている……どういうことだ。
心中では戸惑いながらも店員に罪はないので大人しく着せ替え人形になることに。
あーでもないこーでもないと何着も着せ替えされるのではと考えていたのだが、彼らはプロだった。
何着かだけ試着して決まった俺の服装。
ジャケット、パンツ、シャツとどれもが素晴らしいもの……なのだろう。
高級な服を着る習慣がないからわからん。
値段のタグとか付いてないかな。
着替え終わった俺は別室へ案内されこちらでお待ち下さいと言われて一人ぽつんと残された。
寂しい……つーかこの部屋の調度品も高い物だらけなんじゃないか。
お待ちをって言われても椅子に座ることすら躊躇ってしまう。
「お待たせしました」
結局、座らずに立っていることを選択した俺。
セシリアが部屋に入ってきたので調度品を眺めることを中断。
「おお……」
セシリアのドレス姿。
何度か見たことはある。
今日は水色を基調としたドレスに……あのネックレス見覚えがあるな。
確か初デートで俺がセシリアに買ったやつじゃないか。
ユウガのせいで大騒動になった時だ。
髪もいつもと違ってまとめている、
どうやってまとめているんだろう、あれ。
いつもよりも大人っぽい印象を受ける。
まあ、心中で色々と考えることはあったが一言でまとめると。
「綺麗だな」
「ありがとうございます」
少し微笑んでセシリアがお礼を言ってくる。
恥ずかしいから言葉にするつもりはなかったんだが。
顔が赤いかもしれないな……よし。
「ふっ、セシリアのあまりの美しさにさすがの俺も口から本音が……」
「ヨウキさん」
セシリアの人差し指が俺の唇に当たる。
強制的に厨二を止められた。
「今日は素直になって良い日だと思います」
完全なる厨二封じ。
そんなの反則じゃんよ……。
ですよと断定しないのもずるい。
自分で考えろってことだよなぁ。
「……はい」
情けない返事をするのが精一杯。
こんなんで大丈夫なのか俺。
最早、主導権はセシリアにある。
行きましょうと腕を引かれ、建物内を進んでいく。
ここは貴族がお忍びで来る店なのかもしれない。
さっきまではもしかしてセシリアかな……というレベルの変装をしていた。
今は令嬢オーラを全く隠せていない格好なのに人と通り過ぎても何も起こらないのだ。
着替えるための店じゃないのかと思いつつ案内された結果。
「えー……」
ある部屋に入ったらそこには一つのテーブルに二人分の椅子。
窓から見える景色は最高で……いやいや。
「窓の向こうは別の部屋に繋がっていて特殊な画材で書かれた絵や調度品が置いてあり神秘的な光景を楽しめるようになっているんですよ」
「そ、そうなんだ。すごいね」
語彙力が消滅した。
こんな店があるなんて知らなかったんだけど。
「夕食を食べながらいつものように話しましょう」
「ここご飯も食べれるの!?」
「はい。さあ、ヨウキさんも座ってください」
終始驚きっぱなし。
大丈夫だ、落ち着け。
胸ポケットにある指輪を感じろ。
ペースにのまれてはだめだ。
平常心、平常心……。
「ここ、前から来てみたかったんですよ。幻想的な空間を見ながら食事を楽しめると評判で。部屋の向こうってどうなってるでしょうね。詳細は秘密らしくて設計した人も伏せているみたいです」
「そうなんだ。詳しいんだね、セシリア」
「偶にはこんな空間でゆっくりするのも良いですよね。もちろん、ヨウキさんと事件解決のために走り回る普段の生活も楽しいんですが」
「なんかごめん」
俺が首を突っ込んでセシリアを頼るパターンが多いからな。
毎回、抱っこして活動しようか。
「何か企んでる顔してますね」
「いや、走り回るのがきついなら抱っこして運ぼうかと」
「巻き込む前提で考えているんですね。あと、私としてはもう充分なくらい抱き運ばれているのですが」
「それは俺じゃなくて黒雷の魔剣士だから」
「……同じですよ。ヨウキさんはヨウキさんです」
「それ言われたらもう言い訳のしようがないな」
そんな軽口を叩いていたら食べたことない料理が出てくる出てくる。
これなんてなんという料理でどんな食材使ってんのと聞きたくなる場面が何度も発生。
セシリアの真似をしながら食べたよ、美味かったわ。
後半になるとようやく俺でも知ってる料理が出てきた。
まあ、使ってる食材は高級なんだろうけど。
「ここ俺には敷居高くないかな……」
「お口にあいませんでしたか?」
「いや、全部美味しかったよ」
「それは良かったです」
デザートも食べ終わりお互い飲み物を飲みつつ、食休み。
雰囲気も良いし……これはチャンスというやつじゃないか。
周りに誰もいない二人きり。
神秘的な景色に豪華な食事。
成功すれば確定で記憶に残るプロポーズだ。
「……どうかしましたか?」
「いや……」
どうやら俺は無意識にセシリアを見つめていたらしい。
慌てて視線を逸らして誤魔化した。
もちろん、誤魔化せるわけもなく笑われてしまう。
「ヨウキさんて分かりやすいですよね。顔を隠していても何となく考えていることが分かるくらいに」
「それはセシリアだからできる芸当だよ」
黒雷の魔剣士状態でも考えがバレることなんてザラにある。
俺も逆ができればなぁ……。
「……そろそろ出ましょうか」
「えっ!?」
急に何故。
ここでプロポーズしても良いって考えていたんだけど……。
「長居し過ぎるのもお店側に迷惑ですから」
「そ……そっか」
「では行きましょうか」
セシリアの後ろを歩く。
そのまま付いて行き……店の外へ。
「えっ、服は?」
「安心して下さい。大丈夫ですから」
「何が!?」
「実はこのまま行きたいところがあって」
こんな正装で何処へ行くというのか。
日も落ちているとはいえ、身バレしてしまう。
さすがに反対しようかとすると。
「今日は我が儘を聞いてくれませんか」
ずるくないですか、その台詞。
反射的に良いよって言っちゃったよ。
「じゃあ、早速」
「馬車を手配しているので飛んで行かなくても大丈夫ですよ」
「そ、そうなんだ……」
最早確信犯じゃないのか。
突っ込んだらだめな気がしたので馬車に乗り込んだ。
「何処に行くの?」
「秘密です」
今日はセシリアのターンだったかなと疑問を感じつつ馬車に揺られる。
着いた場所は……。
「ここは……」
「夜、この時期に淡く光るリンベルの花畑です」
キラキラと輝いているわけではなく、薄紫のぼんやりとした光。
光を放っているのは花びら部分だけだ。
「お母様に教えてもらったんです。この時期が一番綺麗な光を放つと」
「セリアさんかぁ……」
「リンベルはこんなに美しい輝きを放ちますが気候、気温に左右されやすい花で育てるのは専門的な技術がいるみたいです」
「へ……」
じゃあ、このリンベルは?
「ここはお母様がリンベルの放つ光の美しさを広めたくて専門家に育てさせてる施設です。近々、一般向けに開放すると話していました」
「俺たち入っても良いのかな」
「お母様から行ってきなさいと言ってきたんですから……今はリンベルの光を楽しみませんか」
「……そうだね」
施設責任者本人が許可しているんだ。
今はこの光景を目に焼き付けよう。
「今日は素敵な夜ですね、ヨウキさん」
「ああ……」
「結果的に私の我が儘を聞いてもらう一日になってしまいました」
「滅多に言わない彼女の我が儘を聞かない男じゃないさ」
言った後に台詞が臭いなと後悔した。
いや、このリンベルの光が俺を狂わせるんだよ。
なんか良い感じのこと言っても良いかなって。
「ヨウキさんは優しいですからね」
「流されやすいだけかも……なんて」
「なら、私は流されやすいヨウキさんに巻き込まれて流されてることになりますね」
「似た感じの会話さっきしなかったっけ?」
「しましたね」
おかしくなって二人で笑ってしまった。
笑い合って……息を整えていたら会話が止まってしまう。
何か言わないといけないわけでもない。
セシリアは俺を見ずにリンベルを見ている。
ここが勝負所ということか。
俺は胸元に忍ばせている指輪に手を伸ばし……ある事に気づいた。




