勇者の嫁と悩んでみた
「あんたらの作戦後、着替えが途中なのにユウガが部屋に侵入してきてなんやかんやで着替えがやり直しになったんだけど!?」
早口でまくしたてるの止めて欲しい。
着衣が少し乱れているのも目のやり場に困る。
ユウガに嫉妬されて俺に飛び火が来るじゃないか。
「ミカナ、そんな格好で家を出ちゃ……ヨウキくん!?」
早速フラグ回収である。
俺のせいじゃないからな、殺気を出したりするなよ。
家の前でこれ以上騒ぐと面倒だ。
セシリアも大ごとになると厄介だと思ったのか、行動が早かった。
「ミカナ。急いで部屋に行きましょう!」
ミカナの腕を掴むと急いで家の中へ入っていった。
うん、ここはセシリアが行くのが正しい。
俺は表情をころころ変えてるユウガの相手をしないとならないのか……。
「とりあえず中に入ろうぜ」
「うん……」
ユウガとミカナの家なのにどうして俺が先導しているんだか。
こいつ自身に問題があるんだし、軽く話を聞いてみよう。
「最近の悩みは?」
「ミカナが冷たい!」
ふりだしに戻ったよ。
待て待て、ここで諦めてたまるか。
俺は数々のお悩み相談を華麗に解決してきたんだ。
プロポーズも控えている。
こんなところで立ち止まっていられない。
「俺は結婚してないから新婚生活ってもんがどんなんなのかわからんけどさ。冷たい冷たいって言う前に嫁さんと話し合うとか一度距離置くとかしてみたらどうだ?」
押しすぎて相手が引いてるパターンもあるんだぞ。
今回がそれに当てはまるかと聞かれたら首を傾げるけど。
能力的なものが働いているとしてもユウガが気をつければ解決するかもしれないんだ。
話し合えば何とかなるかもしれん。
「そんな……ミカナと一緒に生活していて距離を置くなんてできるわけないよ!」
語尾強いな。
あまりの勢いに少し仰け反った。
愛の強さっていう値があるのなら、百は軽く越してるな。
しかし、できるわけないときたか。
頑張ろうという意思はないのかね。
「それがミカナのため……と言ったらどうだ?」
「ミカナのため?」
「そうだ。やはり、結婚してもお互い一人の時間というのは必要だろう。仕事で溜め込むものだってあるし、時には一人になりたい時だってあるもんだ。どうだろうか、ここはミカナのためにも……」
「ミカナが何か溜め込んでいるなら僕が何とかするよ。一緒に温泉行くとか景色の綺麗な場所に行くとかさ。美味しい料理の出てくる店だって頑張って探すよ!」
愛が強いわ。
こんなに押せ押せだったか、こいつ。
この様子を見る限り、二人きりの時がどんなもんなのかが想像できる。
これに加えてすけべイベントまで絡んできたらミカナの心配も頷ける。
早々とお手上げ状態なんだがどうしたら良いんだ、これ。
「ヨウキさん。ミカナの着替えが終わりました」
諦めかけたところでセシリアが家から出てきた。
ここからどういう流れでどんな話に持っていけば良いんだよ。
「勇者様。ミカナがお客様に出す様のお菓子を買ってきてほしいとのことです。勇者様にしかできないからと話していましたが」
「わかった。すぐに行ってくるよ」
ばばっと乱れていた服装を正してユウガは走って行った。
こういう時は単純なんだよなぁ。
「……で、作戦は?」
「失敗だわ」
「失敗ですね」
「あんたらそこに座りなさい」
家に入ったらミカナの説教タイムが始まった。
大人しく床に座る俺とセシリア。
……この景色で隣にセシリアがいるのは珍しい。
「いつもはセシリアを見上げているのに今回は隣にいるんだな」
「そうですね」
「俺が考えた作戦が失敗したばかりに申し訳ない」
「私も賛同した結果、こうなってしまったんです。ヨウキさん一人の責任ではないですよ」
「でも、そのせいでセシリアがこんな立場になってるじゃないか。いつもは俺を叱る側だろう」
「いつも自分が叱られる側だと認識しているのなら、これからは私に叱られる回数を減らす努力をしてください」
「うっ……それはその通りだ。気をつけるよ」
「そうしてください。最近、二人でいる時間が増えてきていますし、このままだとどんどん指摘することが増えますよ」
「……それだけ俺のことを見てくれていると考えても良いのかな」
「それはご自由に」
「セシリア……」
「イチャついんてんじゃないわよ!」
ミカナからのお叱りが始まった。
「わざとやってたでしょ、今の」
「いや、そんなことはない。なあ、セシリア」
「私もそこまで意識していたつもりはありませんが……イチャつくというのは今の会話も含まれるのでしょうか」
「……説明しないとダメかしら?」
ミカナから怒りのオーラが見える。
話の修正をした方が良さそうだ。
「そ、それで俺とセシリアの人のふり見て我がふり直せ作戦は失敗に終わったんだよな。何がいけなかったんだろうか」
「全部よ!」
まさかの全否定である。
「どこまでが良くてここからがダメっていう線引きを明確にその場で実践したつもりだったんだけどな」
「勇者様には効果がなかったようですね」
「むしろ逆効果よ。二人のやり取りを見て燃え上がっちゃってアタシの部屋に来たんだから」
燃え上がってんじゃねーよ。
俺はユウガのことを計算しきれていなかったようだ。
良くない例を見せたのにイチャつく行動そのものがアウトだったとはな。
「うーん……そうだな。いっそのことユウガが満足するまで付き合うってのはどうだ」
「は?」
ミカナの額に青筋が一本追加された。
いや、ふざけたこと言ってるわけじゃないからな。
「ユウガの欲求不満が今回の怪現象を引き起こしているかもしれないだろう。だったら、いっそのこと受け入れてユウガが満足するまで身を委ねるっていうのも」
「……新婚旅行が終わってからの話を忘れたわけじゃないわよね。アタシだってユウガを試したみたいで罪悪感があったし最初は付き合ってたわよ。でも……この先は言わなくてもわかるわよね」
全部を語らせるなと。
さすが、勇者と言うべきか。
本格的に打つ手がなくて困る。
「セシリアはなんか良い考えはない?」
「私ですか。勇者様の行動は旅をしていた頃からある程度の予測はできても防ぐことはできなかったんですよね。それに勇者様の性格上、無理に抑えつけたら反動が怖いかと」
「それは一理あるわね。アタシがダメって強く言ったら少しは我慢をすると思うけど。……ある日突然っていうのが怖いわね」
どんどん話が怖い方向に向かって行く。
勇者なのに別の意味で恐れられてるってどうなんだ。
三人集まっても頭を抱えるしかないというこの状況。
まあ、仕方ないのかもしれない。
「物語だとさ。もう完結に向かってる感じがするんだよ」
「どういうことですか?」
「いや、ユウガってさ。勇者でイケメンで魔王倒して幼馴染と結婚だろ。もう終わりに向かってる感がさ」
「物語は物語ではないですか」
「それはそうかもしれないけど。ユウガって物語の主人公みたいな感じだからさ。そう思っただけ」
普通なら結婚してハッピーエンドで終わりだからな。
物によってはその後があったりするけど。
「大体は数年後ってなって子どもが……」
「子どもですか」
「子どもね」
三人して黙ってしまった。
つまりはそういうことなのか?
「いやいやいや。俺が話してるのは物語の話だからな。ユウガに関連付けるのはおかしい」
「ヨウキさん。今の話はかなりの破壊力があったかと。ミカナを見てください」
ミカナは……うん、遠い目をして子ども、子どもと呟いている。
結婚したんだから意識してもおかしくないだろう。
「ただでさえ勇者様の行動で悩んでいるのに子どもの話までされたらミカナも混乱しますよ」
「だって夫婦になったんだしさ。考えるもんじゃないのかな」
「夫婦になって日が浅いからこそ色々と悩みも出てくるんですよ。相手が勇者様ですし」
「相手がユウガだから……ね」
そもそも、夫のラッキースケベがどうやったら無くなるかとか新婚の妻が相談してこないよな。
しかもされるのが自分っていう話。
これも相手がユウガだから。
「ユウガをどうこうするのとミカナを説得するのどっちが現実的なんだろうか」
「ミカナを説得する方が現実的でしょう。ですが、私は友人としてミカナの力になりたいです」
「うーん……」
セシリアがそう言うなら俺も楽な道は選べない。
だけど、打開策がなぁ。
「もうちょいユウガの話を聞いてみるか」
「ヨウキさんがですか」
「うん。ユウガの考えも聞いてみたいからさ」
帰ってきたら散歩にでも連れてくか。
こうしてせっかくの休日に男と二人きりで出かけることが決まったのである。




