勇者を警戒してみた
「話の整理をしよう。つまり、ユウガの訳の分からん力が働いて見境なくミカナへのすけべ行動が起きてるってことだよな」
「ヨウキさん、その表現は……」
「まあ、間違ってないわね」
「良いんですか!?」
本当に間違ったことは言ってないからな。
セシリアはえー……とぼやいているので納得していないようだ。
ここで話を止めるわけにはいかないので続行。
「自覚がない分タチが悪い。そして、訳の分からん力が働いてるとなると対策も難しいときた。かといって受け入れ続けていたら、私生活以外のところにも悪影響が出かねないと。……今までで一番着地点が見えない相談だな」
「ヨウキさんでも難しいんですか」
「いや、こればっかりはなぁ。カイウスに相談するという手もあるけど」
この前行ったばかりで新しいトラブルを持ち込むか?
忙しそうにしていたし、控えた方が良いよな。
となると身内での解決になる。
はてさてどうしようか。
プロポーズもあるのに……ん?
「閃いたぞ」
「本当ですか」
「ああ。この作戦ならミカナへの行動が緩和されると思う。相手がユウガだから確実とは言えないけどさ」
「どんな方法よ」
それはな……。
二人に作戦内容を伝えるとセシリアは絶句。
ミカナはそんなことしても効果はないとバッサリ。
しかし、俺の強い押しに何とか採用されることになった。
「よし、じゃあ作戦決行日をいつにするか」
「今日じゃダメかしら。できるだけ早い方が良いと思うのよね。段々と行動が過激になってるから心配なのよ。二人の予定があるなら、もちろん後日で構わないわ」
「俺は大丈夫」
「私も行けます」
「……ならお願いできるかしら」
予定もなかったので作戦開始。
まずは三人で忍びつつユウガとミカナの愛の巣へ。
こんなところで騒ぎになると困るので、完璧に変装して人気のない道を進んだ。
特に問題なく愛の巣に到着。
ここからが本番だ。
「セシリア。準備は良いか」
「何の準備ですか」
「心の」
「いつでも大丈夫ですよ。普段と変わらないことをするだけです」
一応セシリアの言う通りなんだが……普段と変わらないね。
嬉しいこと言ってくれる、
まあ、言い出しっぺは俺だし気合を入れますか。
「ああ、おかえりミカナ。ヨウキくんにセシリアも来てくれたんだ。いらっしゃい」
家に入るとユウガが出迎えてくれた。
ミカナへ満面の笑みを浮かべている。
「ただいま」
笑顔で出迎えた夫に対して冷たい反応の妻。
ここでいちゃつき始められたら計画に支障が出る。
ユウガには悪いが我慢してもらおう。
「ミ、ミカナ。機嫌悪い?」
「そんなことないわよ。ほら、お客さんが来たんだからそこを通して。いつまで玄関に立たせておく気よ」
「ご、ごめん」
この時点で尻に敷かれる夫の図なんだが。
セシリアも笑いそうになりつつ、こらえている。
俺も一緒だ。
何とか我慢をして居間へと進みソファーに座る。
ミカナは着替えてくると言って隣室に引っ込んでいった。
ミカナが隣室に入ったのを横目で確認してユウガが切り出した。
「えっと……何かあったのかな」
急に家に来られたら大体はそう思うよな。
目的は確かにあるけどユウガにばれるわけにはいかないので適当に言い訳。
「この前の新婚旅行で色々あったろ。あれからどうなったのか気になってな」
嘘は言ってないぞ。
「それなら大丈夫……じゃないや。さっきも話したけどミカナがね」
「勇者様、私も事情を聞きましたよ。ミカナが冷たいという話ですね。私としては勇者様のことを大切に想っているミカナが冷たい行動を取るとは思えないのですが」
「でも、ミカナが必要以上に接触が多いからその辺は避けましょうって」
やり過ぎてるからそういう結論に至ってるんだろう。
自覚がないぶん怖い。
早く何とかしてやらないと。
「夫婦とはいえ時には我慢をしなくてはなりません。勇者様はミカナとこれから長い時を一緒に過ごすのですから。時には相手の意見も尊重してあげないと」
「うー……」
唸り声を上げ始めたぞ。
少しは我慢を覚えろよ、子どもか。
セシリアの説得で何とかなるなら、俺の作戦もなしだったんだけど。
セシリアに目で合図を送ったら、目を閉じて首を横に振っていた。
このまま説得を続けても無理と判断したらしい。
なら、作戦開始だ。
「まあまあ、セシリア。ユウガも思うことがあるんだよ。俺も同じ男だしさ。ユウガの意見がわからなくもないんだよ」
「正気ですかヨウキさん」
「だってさ。愛してる相手にはやっぱりアピールしたいじゃん」
そう言って俺はセシリアと腕を組む。
大丈夫、これは作戦だ。
決して良い雰囲気に持ってこうとかではない。
ユウガにも黒雷の魔剣士が俺ということをばらしているから、遠慮なくいちゃついて良いし。
「……確かにわからなくもないですね」
セシリアも頭を俺の肩に乗せてきた。
よし、作戦は順調だ。
セシリアも満更でもないだろうし……ないよな、うん。
ないと信じたい。
なお、ユウガの反応はというと。
「えっ、えっ!?」
困惑気味である。
ユウガの前で堂々といちゃついたことなかったからな。
そりゃあ、こんな反応にもなるだろう。
だが、それこそ今回の作戦が生きているという証にもなる。
「ヨウキくんとセシリアの関係はこの前知ったけど。二人とも仲が良いんだね」
腕を組むくらいでは仲が良いというレベルか。
成る程、もうちょっと攻めてみよう。
「そういえば家にあったお菓子を持ってきたぞ」
買いだめしていたセシリアとのティータイムで食べるようの焼き菓子だ。
余っていたのでお裾分け……を建前に持ってきた。
袋を開けてテーブルの上に置く。
もちろん、皆でつまんで食べるのだが。
「はい、セシリア」
いちゃつきの王道、あーんである。
かなりハードルが高く恥ずかしいが決行。
セシリアも一瞬ためらいはしたものの、俺が差し出した焼き菓子を口に入れた。
「…………ヨウキさんもどうぞ」
セシリアが食べ終えると今度は俺の番である。
食べさせるよりも食べさせられる方が恥ずかしいな。
まあ、俺は一瞬のためらいもなく口に入れる。
焼き菓子特有の甘い香りが漂ってくるが自分で食べる時よりも美味しい気がする。
あーんによる食欲倍増の力は偉大なり。
「二人は普段からそんな感じなの?」
ユウガが食いついた。
「まあ、セシリアも忙しいし会えないことが多いからさ。会えない分……会えたら嬉しいし多少は、な」
セシリアが忙しいのは本当である。
ただ、それで会えないかっていうのは別。
俺の力なら誰にも見られず屋敷に潜入など造作もない。
ここはあまり会えないっていう設定の方が良いかなっていう判断だ。
「私も会えない日々が続くと寂しくもなるので」
セシリアも設定に乗ってくれた。
そ、そっかと言って納得するユウガ。
これでもまだ常識の範囲内になるのか。
だったらもっと大胆に行くしか。
「セシリアっ!」
俺はセシリアの両肩を掴んで強引に向かい合うようにする。
目の前には多少困惑気味なセシリアの顔。
だが、やるしかない。
これが最終手段だからだ。
俺はセシリアの目をじっと見てからゆっくりと顔を近づけて……。
「……っ、やり過ぎです!」
引っ叩かれた。
情けない声を上げて無様に床に崩れ落ちる俺。
「……人の家に上がり込んで何をしようとしているんですか」
「いや、その……」
「……言い訳はヨウキさんの家でゆっくり聞きましょう。恋人同士だからって何をやっても良いというわけではないんですよ」
「それならっ、結婚した後ならどうなるんだ」
「結婚後も節度ある行動を心がけないといけません。自分の欲望だけでなく相手に合わせることもしないと嫌われてしまいますよ。その辺のことを学ぶためにも今日はこの辺りで失礼させてもらいますね、勇者様」
問答無用で引きずられていく俺。
「ユウガ、お前は俺みたいになるなよー」
捨て台詞を残して家を後にした。
以上、人のふり見て我がふり直せ作戦が終了である。
家を出て引きずられるのは解除。
立ち上がって軽く反省会。
「どうかな。ユウガはかなり俺たちを注視していたけど」
「視線は感じましたね。後半はじっと見ていました。ただ、今回のことで自分でミカナへの過剰な行動が減っていくかは時間が経たないとわかりませんが」
「後日、効果の程をミカナから聞くことにしよう」
「そうですね。ところで頬は大丈夫ですか。加減はしましたが床に倒れこんでいましたし、見せてもらえれば治療を……」
大袈裟に見えるようにわざと倒れ込んだだけなので心配はいらない。
自分から言い出した作戦だし、セシリアも本気じゃないし。
腫れることもないので気にする必要もなしと。
「大丈夫、大丈夫。演技だから」
「そうですか……」
本当に心配しなくて良いのに。
「それじゃあさ。さっきの……続きとか」
「何を言ってるんですか」
呆れた顔で言われてしまった。
ちょっとだけいけるかと思ったんだけど。
「……そういうのは家に帰ってからで」
「そ、そっか……」
お互いに気まずくなってしまった。
家に帰ってからからか。
よし、さっき予行練習もできたし。
ここから家でいちゃついて食事にでも誘って指輪を……。
「勝手に帰るんじゃないわよ!」
まだ問題は解決しないらしい。




