恋のキューピッドに頼ってみた
失恋したばかりのクインくんの前で指輪の話をしたのは失敗だった。
相手がセシリアというのもまだ秘密にしていたいし。
ソフィアさんは事情を知っているから、クインくんも知っている……なんてことはないよな。
ソフィアさんは家族に話すような口の軽い人ではない。
適当に誤魔化すのも厳しいか。
俺の困っている顔を見てカイウスが悟ったようで助け舟を出してきた。
「少年。プロポーズすることは知って良い。だが、それ以上は聞くべきではない。プロポーズの詳細を知るのは本人の次にされる相手が知るべきだからだ。君は彼の覚悟だけを知るだけで良い。その先をどうしても知りたいのならば……彼がプロポーズをした後に聞きたまえ」
カイウスのフォローによりクインくんはその後何も聞いてこなかった。
助かったけど……クインくんのカイウスを見る目がさらに変わったぞ。
最早尊敬の眼差しで見ている。
別に悪いことではないが……。
「成る程。年上の彼女に強く言えなくて頼りないと思われてないかが不安だと」
「はい。僕なんかが彼女の隣にいて良いんでしょうか」
店の前でこれかなぁ、ちがうなぁと呟きながらうろうろしていた青年に声をかけてカイウスが相談中である。
恋のキューピッドの相談は場所を選ばない。
いつでもどこでも出会った瞬間、悩んでいる者がいたら相談に乗る。
それが恋のキューピッド、カイウスという男だ。
「僕なんかと言うのは止めるべきだ。君を選んでくれた彼女に失礼だろう。頼りない自分を嘆く暇があるなら彼女をどう笑顔にするかを考えるといい」
「こんな僕にそんな資格があるんでしょうか」
「愛することに資格は必要ないよ。あるとしても判断するのは君じゃない、彼女だ」
「貴方は……一体」
「ブライリングの恋のキューピッドとは私のことさ」
青年はありがとうございましたと頭を下げて去っていった。
「恋のキューピッドは大変だな」
「最早、使命のようなものだね」
はっはっは、と笑うカイウス。
棺桶からドンドンと叩く音がする。
シアさんが何か言いたいらしい。
札で伝えきれない何かなのか。
「大丈夫。私が一番気にしているのは君のことさ。ないがしろになんてしないよ」
棺桶ごしにイチャつくのはきっと二人の日常なんだろうな。
クインくんは早くも慣れてしまったのか、特に何も言わなくなったし。
「ヨウキさん、カイウスさんはやはり素晴らしい方なんですね」
「あー……まあ、そうだな」
クインくんの中でカイウスの株が急上昇している。
失恋して落ち込んでいた空気は何処へ行ったのやら。
「私は恋する者たちの味方さ!」
「カイウスさん。すごいです」
よくわからんが結果的にクインくんの落ち込みは治ったからブライリングに連れてきたのは正解だったな。
カイウスに感謝だ。
指輪の件はあとでゆっくり話すとして。
三人とも合流だな。
「カイウスさん、あれは許されることなんでしょうか」
クインくんが指差したのは一人の少年の腕を引っ張る二人の少女。
相変わらずの光景だ。
許されるとか許されないとかそう言った類いの話になるのかあれ。
「シークくん、守り神様のお土産はどちらが良いでしょう。こちらの手乗りハンターフォックス人形かジャイアントバット型写真立てが良いか」
「シークくんが買った薬草はどんな効果があるのか教えて欲しいの。何に使うのかも知りたいの」
二人ともシークに構ってほしくて必死。
ティールちゃんのお土産のセンス、フィオーラちゃんの質問。
色々と間違っていてシークも困り顔だ。
「ふむ……若い内から色々な経験はしておくものだ。しかし、どっちつかずの反応は良くないな。相手は百の愛をくれているのに二人いたのでは分散されて五十の愛しか返せないからね」
「止めるべきだと」
「いや、あの場合は……」
ここでカイウスが俺に視線を送ってきたので小さく首を横に振っておいた。
恋愛感情はあまり感じられない。
ティールちゃんはガイがいてフィオーラちゃんは知識欲で動いているし。
「そうだな。彼の両腕が無事ならば良いのではないかな。多少は罪な男として払わねばならない代償として受け入れるしかないのだろう」
カイウスも酷なことを言うな。
受け入れたらいつかシークの両腕が取れることになるぞ。
「そうですか……」
クインくんも納得したらダメだからな。
突っ込みたい気持ちを抑えて黙ることにする。
だってカイウスとクインくんが良い雰囲気なんだもの。
師匠と弟子みたいな。
「それでも君の中で何か思うことがあるのならば行動すると良い。考えて悩むくらいなら行動。今の君に足りないことだよ」
「僕に足りないこと。……わかりました」
わかっちゃったよ。
クインくんは行ってきますと敬礼して三人へ向かって突撃していった。
大丈夫かなぁ。
「今回、君は保護者的な立場なんだね」
「そんな感じだな。本当はクインくんだけだったんだけど。三人くっついてきてこうなった。子どもの保護者とかしたことないんだけどさ」
セシリアと行った孤児院でも子ども人気はイマイチだったし。
どことなく頼りない雰囲気が出てる気がしてな。
「何を言うのやら。指輪を買う覚悟ができたのなら子どものことも視野に入れておくべきだぞ」
「子どもかぁ……」
「まあ、今はプロポーズに全力を尽くすべきか。サイズは分かっているのかい?」
「ここにメモがある」
「どれどれ……サイズは女性としては平均的。これなら在庫がありそうだ。シアがデザインした物もあるから見て行ったらどうだい」
俺の渡したメモを見て提案してくるカイウス。
それも悪くない、指輪が手に入りそうで願ったり叶ったりだ。
「魅力的な話だけど」
俺はちらりと視線を四人組に向ける。
「二人とも、シークくんが困っているではないですか。一度手を離すべきです」
「むー、クインいつもはそんなこと言わないの」
「シークくんは物ではありません。腕の取り外しが可能でもないのでこのままではシークくんの両腕が千切れます。フィオーラはシークくんが薬を調合する姿を見られなくなって良いんですか?」
「それは良くないの」
「でしょう。ティールさんも人の意見は確かに重要です。しかし、自分の力で一生懸命選んで決めたお土産の方が相手も喜ぶのでは。意見をもらうにしてもティールさんの想い人とシークくんでは年の差や性格の違いも有ってあまり参考にならないかと。店の方に聞いた方が得策ですよ」
「……一理あります」
「シークくんも男なら時にはびしっと言うべきです。痛い痛いと言う前に捕まらない努力をしましょう」
「僕もなの〜?」
クインくんがとても頑張っているし。
目的は最後まで果たす。
「今回はクインくんの元気付けが目的だからな。今度、時間を作って出直すよ」
「そうか。それが君の選択なら私からはこれ以上何も言わない。君が訪れることを心待ちにしているよ」
「案外、早く行くと思うぞ」
「明日でも明後日でも構わないさ。私は恋のキューピッド。場所時間問わずに相談に乗ろう」
「頼むわ」
こうしてクインくん慰め旅行は幕を閉じた。
この旅行で得られた物を整理しよう。
まずは指輪の購入先。
クインくんメインだったのに帰る前にこっそり購入した。
プロポーズの準備完了である。
あとは場所とかタイミングとかは後々。
肝心のクインくんなんだけども。
本当にハピネスに想いをぶつけてしまった。
ブライリングから帰ってすぐのこと。
何故か俺も立ち会うことになり、庭園の掃除をしているハピネスに。
「ハピネスさん。僕、ハピネスさんに憧れてましたっ!」
頭を下げて言い切ったのである。
さすがのハピネスも手に持っていた箒を落としていた。
「あの、婚約したんですよね」
「……情報」
「この前休憩中、嬉しそうに指輪を眺めるハピネスさんを見てしまったんです。長期休み明けに落ち込みは直っていてレイヴン騎士団長の記事を見たら分かりますよ」
「……感謝?」
こういう時、どんな反応をしていいのかハピネスにもわからないらしい。
貴女のことが好きでしたなんて言われる経験なんてないもんなぁ。
俺はどんな目で見ていれば良いのかと。
「そういうわけじゃないんです。迷惑だったでしょうが自分の気持ちを隠したままじゃ気持ち悪くて。その……子どもとしてハピネスさんの胸を借りました。すみません!」
クインくん、言い切ったよ。
頭を下げているのにかっこいい。
ハピネスはどんな反応をするのやら。
「……感謝」
優しい笑顔で静かにクインくんを抱きしめる選択を取ったようだ。
……クインくん、ちょっと泣いてないか。
「す、すみませんっ」
「……貸出」
これ以上、この場にいるのは不躾だな。
自己判断した俺はその場を去ったのである。
これでめでたしめでたし……とはいかなかった。
「ヨウキ様」
「……なんでしょうか」
「クインが将来ブライリングで働きたいと言っています。師匠ができて学びたいことがあると。元気になったのは良いことですが……どういうことなのでしょうか」
「あー……」
完全にカイウスに弟子入り希望となったわけで。
説明も結構苦労した。
まあ、カイウスの影響でクインくんがその道の勉強を始めた結果。
クレイマンが助言をもらって夫婦仲がさらに良くなったんだとか。




