上手くダブルデートしてみた
何とかウッドワンを引きつけつつ、デートを楽しむ。
今日の目的はそれである。
レイヴンとハピネスは身ばれするわけにはいかない。
黒雷の魔剣士こと俺とセシリアで引きつけて撒いてを繰り返す。
そういう計画だ……。
「ヨウキさん、起きてください!」
「んあ?」
「もう朝ですよ」
というわけで寝坊しました。
昨日寝るって言ったけど話し込んじゃったんだよ。
飛び起きるとそこには身支度を整えたセシリアがいた。
俺と同じ時間に寝たはずなのに……。
「うわー、ごめん!」
そんな疑問を抱いている隙があったら、とっとと支度をしろという話。
めちゃくちゃ急いで支度をしました。
ちなみに早く起きれた理由を聞くと。
「だってヨウキさんに寝起きを見られるのは恥ずかしいじゃないですか」
「成る程」
寝ぼけ気味なセシリアを見てみたかった。
体調崩してるセシリアは見たことあるけどさ。
「そういや、レイヴンとハピネスは部屋に来たの?」
「来てませんね。ハピネスちゃんはわかりませんがレイヴンさんは仕事上、早出が多いので起きていそうですけど」
「部屋に行ってみようか」
黒雷の魔剣士になった俺は隣の部屋へ。
部屋をノックをするも返事はなし。
まさか、二人で出かけたとか?
「返事がないなぁ」
「受付に行って聞いてきましょうか」
「だな」
受付に行こうとしたら、レイヴンの声が聞こえた。
「す、すまん。遅くなったな。悪いが少し待っててくれないか。準備ができたら呼びに行くから!」
珍しく焦った声だ。
……触れない方が良いんだろうなぁ。
セシリアをちらっと見たら首を横に振っていた。
やっぱり関わらない方が良いよなぁ。
「ふっ、分かった。俺とセシリアは大人しく部屋で待っていることにしよう。安心しろ。俺も寝坊した身だ。責めはしないから、ゆっくり準備をしてから来い。待っているぞ」
「ヨウキさん、口調を変えたら不自然ですよ」
こそっとセシリアから助言が。
しかし、黒雷の魔剣士はこれがスタンダード。
何事も勢いがあった方が良いよね。
「それじゃあ……ごゆっくり!」
急いで部屋に戻った。
そこからしばらく待って二人が部屋にやってきた。
何で寝坊したとかは聞かずに事情説明。
レイヴンもハピネスも顔赤かったけど知らん。
ハピネスがレイヴン見てもじもじしていたけどそれも知らん。
ウッドワンいる、俺とセシリア引きつける、その間にデートを楽しむ。
それだけを伝えた。
「……記者がいるのは確かに厄介だ。だが、良いのか。二人だって自由に歩き回りたいだろう。せっかくの旅行なのに」
「……同意見」
「私とヨウキさんはヨウキさんがその気になれば誰もいない山や海へ出かけられますから気にせずに楽しんでください」
「セシリア、そういうこと笑顔で言わないで」
ハピネスが軽蔑した目で俺を見てくる。
秘境ばっか連れていく恋人でごめんなさい。
「……それは俺としては何とも言えないんだが」
「まあ、俺は察知能力に長けてるからさ。撒きながらデートを楽しむから」
「……手腕」
楽しませるのがお前の仕事だと言いたいのか。
ハピネスは相変わらず厳しい。
言ってることは間違ってないけどさ。
話を強引にまとめたところで出発だ。
ウッドワンがいる場所をレイヴンたちに指示する。
スタートは俺の指示通りに動いてもらう。
そこからは俺が全員の場所を確認して上手く鉢合わせないようにすると。
何気に高度なことをやってるよな。
楽しむための努力だから頑張るけどさ。
「レイヴンたちの位置とウッドワンの位置……手に取るようにわかるぞ!」
「気持ちが高揚するのも良いですが情報収集を怠らないようにお願いしますね」
「了解……」
上手い具合にセシリアが俺に首輪をつけてくれているから助かったりしてる。
こんな彼氏ですみません。
「仮面を被っていてもヨウキさんが今申し訳なさそうな顔をしているのがわかります。そんな顔をしている暇があるなら、私をしっかりエスコートしてほしいですね」
痛いところを突かれてしまった。
そんなことを言われたら、やるしかないな。
手を引いていざ、ショッピングタイム!
「まずは買い物だ……と思ったが俺としたことが朝食を済ませてなかったな。まずは腹ごしらえだ!」
「そうですね」
「目星はつけている。行こう」
昔みたいにデュークに頼るようなデートはしない。
恋人同士が行きそうなお洒落な店を探しておいた。
内装が派手すぎない静かな雰囲気で紅茶を飲める店である。
これが黒雷の魔剣士のリサーチ力だ。
店に入ったら多少注目されたが気にせずに座って注文する。
やはり、ここは紅茶とトーストのセットメニューだな。
セシリアも同じ物を頼むようだ。
「店員さん、この紅茶とトーストのセットを二つ頼もうか」
「紅茶とトーストのセットを二つでございますね。かしこまりました」
良い店には良い店員がいる。
俺を見ても動揺しないとはな。
「……深く関わらないようにしているだけかと思いますよ」
「そうなのか。……はて、俺は何も口にしていないのだが」
「去っていった店員さんの後ろ姿を見てうんうんと頷いていたので何を考えているのか当てるのは簡単でした」
「ほほぅ。仕草や視線から読み取ったのか。今後の依頼でその癖を見抜かれたら厄介だな。直さねばならんな」
「……直したらまた新しい癖を見つけますね」
「それは楽しみだ」
談笑していたら注文していた紅茶とトーストが来た。
香りと会話を楽しみながら食事をする。
「……ん?」
レイヴンたちとウッドワンの距離が近くなっているな。
室内にいてはわかりにくいので急いで窓の外に顔を出して嗅覚強化。
まだ距離はあるがこのままでは出会ってしまう。
何としても阻止しないと。
「お客様」
「はい?」
がしっと肩を掴まれた感覚と共に低く渋い声が聞こえた。
振り返るとこの店のマスターらしき人がいた。
目が細く優しそうな雰囲気の中年男性だ。
……なんか怒ってね?
「紅茶はお気に召しませんでしたか。紅茶の香りを確かめて一口飲んだ瞬間、急いで外の空気をお吸いになられたようですが」
「……いや、そういうわけじゃなくて」
どうしよう、それは怒るわ。
いや、怒ってるわけじゃないかもしれないけど面白くはないよね。
何て言ったら納得してもらえるかな。
厨二スイッチで誤魔化すか。
「ふっ、すまないなマスター。気を悪くさせてしまったようだ。だが、俺にも言い分がある。素晴らしい恋人、素晴らしい店、そして……素晴らしい紅茶。素晴らしき物に囲まれてしまって俺は、こんな夢のような時間の中、溺れてしまうんじゃないかと危機感を抱いてな。一度現実に戻ろうと窓を開けた。そういうことだ」
「……そうでしたか。失礼しました」
マスターは一礼してカウンターへ戻っていった。
これが黒雷の魔剣士の力だな。
「完璧だったな」
「これ以上相手をしていられないという顔をしていましたよ」
「窓を開けた理由は確かに別だ。しかし、俺の言った言葉は嘘じゃない。セシリアは素晴らしい恋人だし、ここの店は最高だ。紅茶だって良い物だろう。セシリアの淹れた紅茶を飲んでるから、何となくわかるんだ」
屋敷に行く度に紅茶をご馳走になっていたからな。
セシリアの淹れる紅茶は最高だ。
俺の舌は肥えているのだよ。
「私の淹れる紅茶なんてまだまだですよ」
「いやいや。そんなことないよ。美味しいって。それに……セシリアの淹れた紅茶飲みながら談笑するの俺好きだし」
言ったことなかったかな。
俺、あの時間好きなんだよ。
特に目的とかなしに最近あったこと話して過ごす穏やかな時間がさ。
「そ、そうですか……。最近あまりしてないですよね。ドタバタしているというか。一緒にいることは多いですけど」
「そうだよなぁ。一緒にはいるけどね」
「……帰ったらゆっくりしましょうか」
「旅行に来ていて帰ったらの楽しみができるってあまり聞いたことないんだけど」
「私もです」
お互いに笑い合って紅茶を一口。
ふぅ……って一息ついてる場合じゃない!
「セシリア、ウッドワンが接近中。このままだとレイヴンたちと遭遇する」
「行きましょう、ヨウキさん」
急いで飲んで食べて会計を済ませる。
早くウッドワンのところに行かないと。
ただ、その前に言わねばならないことがある。
「セシリア」
「何ですか?」
「今の俺は黒雷の魔剣士だ」
「わかりました、ヨウキさん」
「……」
あれ、隠す気ない?
まあ、出歩いていて今のところ大した騒ぎになっていないし大丈夫か。
ウッドワンの前では気をつけた方が良さそうだけど。




