元部下の……を聞いてみた
「ダメです。やはりそういうことなんですよー!」
どういうことだよ。
確かにあれは間違いなくミカナが着ていた水着だがしかし、それが海岸に打ち上げられただけである。
慌てる必要なんてない。
「落ち着け、それでも騎士か」
「騎士です。騎士ですけど! 落ち着いてられませんよ。だって……だってぇ、水着がぁ……」
イレーネさん泣き顔なんですけど。
早く安心させてあげないと可哀想だな。
「全くお子様はこれだから困る」
「お、お子様って。私は子どもじゃないです。なんで私がお子様なんですか!」
泣き顔は何処に行ったのか、頰を膨らませてぷんすかーと可愛らしく怒っている。
わからないのならば説明してやろう。
「これくらいのことで取り乱す時点で間違っているんだ。お子様でないというなら冷静に状況を分析しろ。与えられている手札から可能性を推測するんだ」
「可能性……推測?」
「そうだ。新婚、無人島、嵐、帰れない……この状況で水着が打ち上げられた。つまり今ミカナとユウガは……!」
「その辺で黙っておきましょうか魔剣士さん」
言い切る前にセシリアに止められた。
止めに入る時ってハリセンで叩いたり、耳を引っ張ったりするけどセシリアは違う。
相手に有無を言わせぬ微笑み、これだけ。
セシリアに何か言われてこれをされたら従わないとダメ、絶対。
「水着が打ち上げられたなんて……水着が流されるなんて、結構あることなんじゃないすかね」
「ああ。ビキニ着ていて上がってのは聞くけど……」
上下セットで流されて来てるわけで。
だから俺も……なぁ?
「魔剣士さーん……?」
水着に向ける視線だけで察したのかセシリアから注意が入る。
セシリアって日を増すごとに俺に対して敏感になってきてないですかね。
気のせいじゃないと思う。
俺の知らないところで修行でもしてたりするのかね。
非常に気になるところだが……今はこの事態を収拾しないと。
「あわわわ……次に一際大きな波が来たらどうしましょう。怖いです。私のせいで……勇者様、新婚なのに。せっかくミカナ様と仲直りできたのに」
イレーネさんの落ち込み具合が増してきた。
絶対にユウガたちは大丈夫だって。
あの水着はあれだ……ユウガがなんかやらかした証だから。
説明しても納得しないよなぁ。
イレーネさんはユウガとの交流が浅いし。
「まあまあ、イレーネ。俺たちよりもセシリアさんたちは勇者様たちのこと知ってるんすよ。二人が大丈夫って言うんすから、落ち着いて」
「そうですよね。私みたいなぽっと出の騎士団員が心配することじゃないですよね。それよりも別の心配をしろという話です。勇者様とミカナ様。二人の新婚旅行の護衛という重要な役割を命じられてこの様です。帰ったら始末書どころじゃありません。下手したら首……首?」
首を傾げてイレーネさんは固まる。
どうやら、デュークのことを思い出したらしい。
ネガティブ思考からよくそこにたどり着いたな。
「ほーれほーれ。首が取れるっすよ」
「あーっ!?」
わざわざ首が取れるところを見せんでもいいだろうに。
自分の首をボールみたいな扱いするなって。
デュークの首が手の上で跳ねている様を見てイレーネさんは悲鳴を上げている。
何この空間。
「ま、そういうことっすね」
「そういうことっすねではないです。きちんと説明してください。私は訳がわからないんですよー!?」
「俺は魔物っすね。デュラハンっす」
「デュークさんが……魔物だなんて。そんな……」
イレーネさんは信じられないと俯き、首を何度も横に振っている。
「俺は人じゃないんすよねー……ま、そういうことっすよ」
「そんな適当な説明しないで下さい。ちゃんと……説明してほしいです。デュークさんはどうして魔物なのに騎士なんかやってるんですか!」
「まー……成り行きっすね」
デュークがちらりと俺を見てくる。
うん、俺が原因なのもあるからな。
「何か良からぬことを企んでいるんじゃないんですか」
確かにデュークは策士なところがあるけどな。
人を陥れたりする感じの悪いことは考えたりしないぞ。
「んー、ないっすね」
「嘘です。デュークさんはたまに意地悪な時があります。私が証人ですよ」
「俺が本当に悪いこと企んでるような奴に見えるんすか?」
イレーネさんの後頭部をがっちり掴み、顔を近づけるデューク。
おーい、付き合う前にしては距離が近いんじゃないの?
「ううぅ……そういう意味では違うと思います。デュークさんはそんな人……じゃないです」
「ほら、そうじゃないすか。そういうことっすよ」
「いやいや、納得できませんよ」
「何が問題あるんすか。俺は魔物だけど変なことは企んでない。これからも仲良くしてほしい。俺の気持ちはこんな感じっすよ」
「そ、それは……私もデュークさんと仕事したいです。意地悪な時もあるけど頼りになりますからね。意地悪な時もあるけどですよ!」
「二回言わなくてもいいと思うんすけどねぇ。あ、もう一つ言うことあったっす」
ここで言うのか、二人きりの時の方が良いんじゃないのか。
嵐に部外者参加とシチュエーションは良くないぞ。
セシリアも勘付いたのか口を手で押さえている。
表情を悟られないようにしてるのかね。
俺は黒雷の魔剣士だから関係なしと。
何て言うのかなーと思っていたら、デュークのやつイレーネさんの耳元にぼそっと呟きやがった。
この嵐の中では俺の聴力強化も役に立たず、何と言ったかはわからない。
二人だけが知る告白の台詞か……良いじゃないか。
セシリアも無言で頷いているし、俺も良いとおもうぞ。
「俺と付き合わないすか……えっ、お付き合いですか。私と!?」
おっと予想外の事態発生だ。
繰り返しちゃ駄目だろイレーネさん。
これは外国語の授業じゃないんだぞ。
デュークも計算外だったのか顔が引きつってるし。
そんな中、俺とセシリアは……。
「何もかも聞いていないことにしましょう」
「そうだな」
黙って海の方を見ることにした。
何も聞こえません、嵐だから。
「いやー、そこは繰り返さなくても良いと思うんすけどね。まあ、イレーネらしいっちゃらしいっす」
「な、何ですかその子を見守る母の目は。私の方が先輩なんですよ、デュークさん」
「はいはい、イレーネは偉いっすよー」
「言い方が投げやりじゃないですか。そんなデュークさんは嫌いです」
「ふーん、そうっすか。……じゃあ、俺は振られたってことっすね」
「はぇ?……はっ!そういう意味ではないです。デュークさんはさりげなくフォローしてくれて休日も一緒に遊んでくれます。剣の稽古も付き合ってくれて頼り甲斐のある人で……好きな気持ちの方が上ですよ!」
イレーネさんはテンパったら本音がダダ漏れになる人なのか。
一気に言い切って我に返り、顔を真っ赤にすると。
微笑ましいなぁ……。
「よしっ、了承してもらったっすよー」
小さくガッツポーズを取るデューク。
ほっとしたんだろうな。
イレーネさんの態度見てると大丈夫と確信してたけど本人の口から直接返事聞かないと安心できないもんな。
「あうぅ……告白ってこんな感じなんですね。初体験なのでちょっとどんな顔でデュークさんを見て良いか分からないです」
「隠すのは禁止っす」
両手で表情を隠そうとしたイレーネさんだったがデュークに手首を掴まれ阻まれる。
デュークの奴、変なスイッチでも入ったのか。
「ひ、卑怯ですよデュークさん。自分はいつも顔隠してる癖に!」
「俺は理由があってのことっすからね」
「私にだってちゃんと理由があるんですー!」
「告白受けてくれた好きな子の表情なんて一生もんじゃないすか。しっかり見ておかないと悔いが残るっす」
すげぇこと言ってんな。
確かにそうだけれども。
ちらりとセシリアを見ると同じタイミングでセシリアも俺を見てきた。
……この場面で仮面はいらなかったな。
少し残念な気持ちになってしまった。
そんな俺の気持ちとは裏腹に嵐が止んできた。
天気は二人を祝福しているらしい。
なんとも都合のいいことで。
「あーっ!」
急にイレーネさんが叫び出した。
「ほら、嵐が止んできましたよ。勇者様を迎えに行きましょう」
イレーネさんが無人島の方を指差している。
ユウガたちかぁ……そんなに焦んなくても良いような気がするんだよ。
「セシリア」
「何でしょうか、ヨウキさん」
「今の俺は黒雷の……」
「二人きりの時は良いじゃないですか。デュークさんたちには聞こえていませんよ。良いですよね、ヨウキさん?」
「うん、まあ……そうね。じゃあ、改めてだけどさ。もう色々解決する雰囲気だよね」
「そうですね」
「晴れてきたとはいえさ。ミカナのストレスも結構溜まってると思うんだよな。気分の下降上昇繰り返してるし」
「そうですね」
「そういう時こそ、ユウガは勇者を発揮するんじゃないかって俺は思うんだ」
言い切ると念の為に持ってきていた聖剣が輝き始めた。
セシリアは驚いているようだが……そういうことだろう。
輝きが収まると聖剣は無くなっていた。
「今の光はまさか……」
「ユウガのところに行ったんだろうな。本当にユウガもあの聖剣もよく分からんわ」
新婚旅行で能力開花するとかさ。
どんな勇者だよ。




