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出発してみた

依頼を迅速かつ完璧にこなすのが黒雷の魔剣士なのだが……今回の依頼は一筋縄ではいかないらしい。



ユウガとミカナの新婚旅行の護衛任務、レイヴンの信用の置ける騎士として派遣されたのはデュークとイレーネさんだった。

まあ、レイヴンのことだから気を遣って、連携が取れやすい知り合いの二人を寄越したのだろう。



ここは予想がついていたので、特に問題はない。

問題があると言えばユウガの視線だ。

一度しか体験できない新婚旅行なんだから、人目を気にせずイチャイチャすれば良いのに俺ばかり見ている。



俺じゃなくてミカナを見ろよ、視線が怖いわ。

なんかした記憶は全くないのに……馬車の中の居心地が悪くて困る。



「だからって、こっちに逃げて来ないで欲しいっす」



「仕方ないだろう。馬車の中に俺がいたら空気が重いんだから」



御者をしているデュークの隣に避難してきたのだ。

俺がいたらユウガが睨み、俺とセシリアとミカナは気づかないふりをし、イレーネさんは真面目に馬車から警戒をするという構図になる。



なら、俺はこうして馬車の中にいないのがベストだ。

セシリアが気まずい思いをしているかもしれないが、ミカナがフォローしてくれるだろう。



一番良いのは新婚の二人がイチャイチャしていること。

それはそれでセシリアとイレーネさんが気まずいか。



「ここから見える景色はのどかで良いなぁ……」



生い茂る草木に雲一つない青空、耳を済ませると鳥の鳴き声や川の流れる音が聞こえる。

あー……平和だ。


「ちょっ、現実逃避を始めるのは止めるっすよ」



「俺たちってどうしてこんなに悩んでるんだろうな、デューク」



「……隊長はもう悩む期間は卒業したと思うんすけど」



「そんなわけがあるか。生きてる限り悩み事は尽きないぞ。今もこうしてどうすればこの五日間を無事に終わらせることができるかって悩んでる真っ最中だ」



「頑張るしかないっす。セシリアさんもいるんすから、良いとこ見せましょう。俺も協力するっすよ」



そうだ、今回は頼りになるセシリアやデュークが一緒だ。

俺も今は中途半端な厨二冒険者ではない。

依頼を迅速かつ完璧に終わらせる、自称一流の冒険者……黒雷の魔剣士だ。



「ふっ、そうだな。今回の俺は一人ではない。俺一人ですら、強大な力を持っているというのに強力なサポートとなるデューク、セシリアもいるんだ。何を恐れる必要があるのやら」



「その調子なら、もう大丈夫そうっすね」



「ああ、デューク。心配をかけたな。ユウガが何を起こそうとこの俺が丸く収めてやろうじゃないか。そして……想い出に残る最高の新婚旅行にしてやろう!」



「……調子に乗りすぎてるように見えるんで、やっぱ心配っす」



「どっちだ、我が部下デュークよ」



「こんな怪しい格好の上司を持った覚えはないっすね」



「さすが、我が部下だ。デュークがいれば安心して俺はブレーキをかけ過ぎなくて済む。期待しているぞ」



「そんな期待のされ方は嫌っすね……」



話していても警戒は怠らず。

しかし、盗賊や魔物が出ることなく、順調に馬車は進んだ。

目的地である旅行先は海がある温泉地。



一日では着けないので途中にある村で一泊する手はずになっている。

まだ村は見えてこないが、一度休憩をとることに。



「ちょっと、来てくれるかしら」



「何か用か、勇者夫人。俺はこれから周囲の警戒を始めようと……」



「良いから来なさい」



強引に連れられると、その先にはセシリアがいた。

……ユウガの姿はない。



「早くしないとユウガが戻ってくるわね。手短に聞くわよ。……あんた、何やってんの?」



「俺は黒雷の魔剣士……依頼を迅速かつ完璧にこなす、A級冒険者だ。今は勇者ユウガが指名依頼を出したため、護衛の最中だが……」



「いや、アタシには通用しないわ。セシリアを見てれば分かるわよ。セシリアがそんな簡単に男を取り替えるわけないじゃない。だったら、同一人物って分かるわよ」



「ヨウキさん……ミカナの前ではもう普通に接しても良いですよ。完全にばれてますから」



ミカナの視線が冷たく、セシリアの視線が痛い。

この状況で黒雷の魔剣士続行は不可能だな。



しらを切る必要も感じない、ここまできたら別に黒雷の魔剣士はヨウキってことが、ミカナになら知られても構わんだろ。



「俺の正体を知ったか……まあ、この格好の俺は黒雷の魔剣士だ。態度は変えん」



「面倒臭いわね。セシリアの将来が心配だわ。相当苦労することになるわよ」



「大変なのは今だけです。二人で決めたことですから……そもそも、ミカナがそれを言いますか?」



「……それもそうね。今回もユウガが盛大に勘違いしているみたいだし」



ミカナが深いため息をついた。

おかしい、ユウガには俺の正体について話したはずだ。

何を勘違いをしているのか。



「やつには俺の正体について語ったはずだ」



「かなり、間違った解釈をしているみたいです」



「何!?」



「アタシが聞いた話はね……」



ミカナの話をまとめよう。

俺の正体を話したはずのあの日、ユウガは俺を黒雷の魔剣士のファンだと思ったらしい……どうしてそうなる。



このままではいけないと思ったユウガはソレイユ、カイウスを連れて俺ん家を襲撃……これはまあ、分かる。

そこで俺の説明を聞いてセシリアと別れたと確信……確信じゃねーよ、馬鹿。



だが、思い出の品々が仕舞われている棚の中に俺の名前が縫られたハンカチを発見。

俺がまだセシリアを好きだと確信……まだじゃねー、ずっとだわ。



黒雷の魔剣士と勝負をし、セシリアにはヨウキという存在がいることを知らしめてやろうという魂胆らしい。



「……さて、暴走気味の勇者にどう説明したものか」



「ここに呼んで目の前でヘルメットを取るというのはどうでしょうか」



「それが一番手っ取り早いな。仕方ない……旦那を召喚してくれ。嫁が叫べばやつは来る!」



「すぐに飛んでくるでしょうね」



セシリアも同意見らしい。

しかし、ミカナは浮かない顔だ。

ユウガのミカナへの愛はかなり深いから、安心して良いと思うが。



「……悪いんだけど、このまま正体を隠して護衛を続けて欲しいのよね」



「何でですか、ミカナ」



「今の状態が続けば良くないことが起きることは確定だ。せっかくの新婚旅行。良い想い出にしたいだろう」



「その新婚旅行でユウガは何をしようとしているのか。ちょっと気になるのよね。……アタシとしては一生に一度きりのイベントなのにって想いがあるの。もし……二人のことを優先してアタシを無視するようなことがあったら」



ミカナは自分を第一優先に考えてくれるかが、不安なようだ。

これは二人の今後を左右する大事な局面じゃないか。



セシリアもミカナの気持ちが少し分かりますと賛同してる。

俺ってそんな不安にさせてんのか……後日、ゆっくり話を聞こう。



「うーむ……ユウガを試したいってことだな。かなり危険だと思うんだが」



「ユウガは勇者だから、ある程度は仕方ないと思う。でも、アタシだって独占したい時があるの。結婚式はすっごく幸せだったから。新婚旅行もね……」



「賭けに乗るよりも安全な道に行った方が」



良いんじゃないかと言おうとすると、セシリアに止められた。

目には炎が灯っている。



「いえ、ヨウキさん。これはミカナが決めたことです。依頼人の意向に従いましょう」



「セシリア……迷惑をかけることになるわよ。馬車の中だって空気悪かったじゃない」



やっぱりそうだったのか。

俺が出ていっても変わらなかったようだ。

しかし、それくらいでセシリアの意思は折れないだろう。



「良いんです。私は冒険者と依頼者という関係ではなく、ミカナの友人として協力したいので。ヨウキさんも良いですよね」



断るという選択肢が存在するのだろうか。

ユウガとミカナのためになるなら、協力するのも悪くない。



ユウガの行動が予測不可能なので、その辺が不安だが……。

デュークもいるし、大体のことは対処できる。

記憶ではなく、想い出に残るようにしないとな。



「ふっ、任せろ。黒雷の魔剣士は協力を惜しまない。遠慮なく言ってくれ。大抵のことはやって見せよう」



「……じゃあ、頼むわよ」



こうしてユウガの暴走をあえて受け止めることになったのである。

果たしてこの選択は正解だったのか。

この五日間が忘れられない記憶になるか、想い出になるかだな。

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