勇者の依頼を聞いてみた
依頼者がユウガと書かれた依頼書。
もしかしたら、同名の人がいて依頼を出したのかもしれない。
世界は広いからな、きっとそうだろう。
「勇者直々に依頼の申し込みをしに来たからな。軽く騒ぎになって面倒だったぜ」
現れただけで騒ぎを起こすとは、さすが勇者、
存在感ならこの俺よりも上だからな。
「しかし、勇者の肩書を持つ者なら大概のことは自分で解決できそうだが。ギルドにわざわざ依頼を出すなんて何があったんだ」
「そうですよね。勇者様にはミカナもついていますし。何かお困りなことがあっても自力で解決できそうですよね……」
二人で考えても首を傾げるしかできない。
「まあ、依頼書を見てみりゃあ分かるだろ。ほれ」
「ああ、そうだな。依頼者が誰だろうと迅速にかつ完璧に遂行する」
決め台詞を言ってから、依頼書を受け取る。
セシリアも横から覗き込んできた。
さて、依頼は……と。
「護衛任務……か」
「依頼の種類はそうみたいですね」
詳細は見てないが護衛なのは間違いない。
いや、護衛いらないだろう、勇者だぞ。
お前は守る側であって守られる側ではないはずだ。
何故、護衛依頼なんて出したのやら。
依頼書をじっくり読んで依頼内容を確認する。
「ふっ、成る程な」
「そういうことだったんですね」
「まあ、式場での襲撃があったからな。こういうことになったんだろう」
依頼内容は護衛で間違いなかった。
新婚旅行をするので、道中の護衛として一緒に付いてきて欲しいというもの。
大人数の護衛がいてはせっかくの新婚旅行を楽しめないので、少数精鋭で行きたい。
結婚式で活躍を見せた黒雷の魔剣士、パーティーを組んでいた気心の知れているセシリアに護衛をお願いしたいということだ。
新婚旅行とは羨ましい……爆発してしまえば良いんじゃないか。
「良からぬことを考えていますね」
セシリアから厳しい一言。
馬鹿な……今はヘルメットで顔が見えていないのにどうして分かるんだ。
このまま認めるわけにはいかない、黒雷の魔剣士として。
「ふっ、黒雷の魔剣士はいつでもポーカーフェイスだ。我が考えを読むこと等できるはずがない」
「確信を持って、言ってるんですが」
「根拠は何だ」
「顔が見えていなくても分かるということですよ。納得できませんか」
「今回の勝負は俺の負けということにしておこう」
時には潔く敗北を受け止めるのも黒雷の魔剣士だ。
考えていたと素直に話した。
そんな俺たちのやり取りを頬杖を着いて見ていたクレイマンがぼそっと。
「こいつ面倒じゃねぇのか。令嬢もよく付き合ってられるな」
呆れ顔で言い放つか、それは挑戦状と受け取って良いんだな。
黒雷の魔剣士は誰からの挑戦も受けてたつぞ。
「もう慣れました。……まあ、こうしたやり取りを面倒だと思うだけだったら、私はこうして一緒に過ごしてはいないですね」
「……聞いた俺が間抜けだったか、全く若いって良いよなぁ、恥ずかしげもなく公共の場でよ。ちっ、俺は仕事に戻るぜ。今日は早く帰って家のこと色々やるわ。ソフィアのやつを驚かせてやんよ」
お前らー、やるぞーという怠そうな号令がギルドに響く。
そこから、クレイマンの無双が始まった。
普段のやる気のないたれ目がマジな男の目になっている。
無駄な動きが全くない……ギルド員の指示も完璧ときた。
これがクレイマンの本気、久しぶりに見る光景だ。
「おい、この書類はもう処理済みだ。保管棚に持ってけ!」
「商会ギルドに連絡員を派遣して……」
「初心者講習の日程と講師の決定を……」
「近隣のギルドの人事について報告書を……」
クレイマンが本気を出すとギルドが慌ただしくなる。
皆がひいひい言ってる中、クレイマンは冷静だ。
空いてる者がいたら、すぐに仕事の指示を出している。
もちろん、自分の手は止めずにだ。
「シエラ、良かったな。お前はずっと客対応だ。笑顔を崩すな。クレームが来たら処理しろ。どうにもならなくなったら、俺を呼べ」
「は、はい。了解しました、副ギルドマスター」
普段からこのやる気を……出さない方が良いか。
皆、クレイマンの動きにやっとって感じで着いていってる。
ここは戦場になる、要件は済んだし邪魔にならないように出た方が良さそうだ。
「では、依頼者の話を聞きに行こうか」
「そうですね」
セシリアも承諾したところでギルドを出て、ユウガたちの家へと向かった。
ユウガは俺の正体について話してある。
依頼の確認は円滑に行われるだろう。
「今回、依頼を出したユウガです」
家を訪ねたらユウガが出てきた。
何故か正装である、どこかに行く予定だったのか、狙っての服装か。
家の中に案内されると対面式に座って依頼について確認である。
……初対面の相手にすることだよな、これ。
「依頼内容は依頼書に書いてあった通りです。黒雷の魔剣士さんとセシリアには僕たちが安心して旅行を楽しめるように護衛をお願いしたい。念のため……なんて言い方は二人に失礼かもしれないけど、騎士団長レイヴンにも相談して彼が信用の置ける騎士二人を派遣してもらえるように手配しています。期間は五泊六日で二日間は移動日となっています」
……こいつは誰だ、本当にユウガなのか。
普段がこれなら世界を救った勇者と言われても納得できる。
丁寧な説明、紳士な態度、何があった。
だが、今の俺は黒雷の魔剣士だ。
私情は挟まず、仕事の話のみとしよう。
「護衛の依頼、確かに了解した。何があろうと二人の新婚旅行に邪魔は入らせん。安心して旅行を楽しむと良い」
「それじゃあ、日程は伝えた通り。……絶対に来てください」
最後の言葉には力が込められた気がするな。
ミカナとの新婚旅行、確実に成功させたいという気持ちの表れだろう。
結婚まで色々と協力してきたんだ、ここまできたら新婚旅行の護衛くらいやってやるさ。
だから、そんな睨むような目で見てくるなよ。
仕事はしっかりこなすからさ。
「でも、なんであんな態度だったんだろうな」
「そうですね。私にもよそよそしかったですし。勇者様の家での話し合いですから、周りの目を気にすることもないと思うんですけど」
帰り道、セシリアと考えてみたが答えは分からず。
新婚旅行だからってことで緊張しているとか。
……まさか、何かを企んでいたりしないよな。
「この新婚旅行、何も起こらずに終わると思う?」
「……二人のために何も起こらないようにするのが私たちの仕事ですよ」
「そうだけどさ……それって護衛対象がやらかした時の対処も含まれたりするんだよね」
「もちろんです。問題を起こさないのが我々の仕事ですから」
「いや、でもさあ」
ユウガの行動って読めないし、行動力もめちゃくちゃだから止めるのきついんだよ。
俺の不安と面倒が合わさった気持ちは、ヘルメットを被っていても隠しきれなかったのか。
セシリアから気合いが湧いてくる一言をもらった。
「魔剣士さん。黒雷の魔剣士は……何でしたか」
「依頼を迅速かつ完璧にこなす。引き受けたからには文句は言わん」
「よろしい」
つい反応してしまった。
今の俺は黒雷の魔剣士だからさ……うん。
セシリアに手綱を握られてる感がすごい。
「やはり、セシリアは最高で最強のパートナーだな」
「お褒めの言葉として受け取っておきましょう」
「将来の立ち位置が不安になってきた」
「何故、そうなるんですか」
今でも充分頭を抱えている状況。
後日、更に頭を悩ませることになるだろう……これは確定事項だ。
いかに上手くやるかが鍵になる。
大丈夫だ、セシリアがいるからさ。
「二人で頑張って、記憶に残る新婚旅行にしてやろう」
「……想い出と言いましょうか」
「はっ!」
もう嫌な予感しかしなくなった。




