恋人と考えてみた
「はーはっはっは、黒雷の魔剣士、参上! 我がパートナーである、セシリーこと、セシリア・アクアレインに手を出す者はこの俺が許さん。気に入らんやつはかかってこい、迅速に処理してやる……って感じでどうかな?」
「無駄に挑発する必要はないと思います」
「そ、そうか……」
俺は案内された客間で入念なリハーサルを行っていた。
黒雷の魔剣士とセシリアは恋人だということを知らしめるために、何か演説でもしてやろうと考えたのだが……。
「必要でしょうか。私が素顔で魔剣士さんと行動して聞かれたら、答えるというのではダメでしょうか」
「それだとインパクトがさあ……。じわーっと広がっていくよりも、一気に爆発させるような感じで広めた方が良くない?」
「あまり派手に演出すると、その……魔剣士さんが大変ではないですか」
成る程、あまりにも派手な交際宣言をしたら、俺への被害が大きくなる。
そのことをセシリアは危惧しているのだろう。
「心配してくれるのは嬉しいが、安心してくれ。俺は誰が来ようとも屈することはないからな。俺とセシリアの未来のために邪魔するやつは吹っ飛ばす!」
「ヨウキさん。魔剣士さんになっているからとはいえ、やりたい放題できるというわけではないんですよ」
「でも、周りへの牽制は大事じゃないか」
セシリアとの話し合いが中々、まとまらない。
俺はがっと大胆に演出したいんだけど、セシリアは慎重に事を進めたいと。
こういうとき、黙って俺に着いてこいよと言えれば良いのだけど……。
「良いですが、ヨウキさん。ここまできたら、些細な行動でも私たちの未来に直結するんですよ。大事な時期に差し掛かっているんですから、しっかりと計画を立てて準備をしないといけないんです」
「はい」
「終わりよければ全てよしではいけないんですよ」
「はい」
「何が起こってもヨウキさんが私を拐っていってくれるんだとしても、それは最終手段なわけで」
「は?」
いや、そういう意気込みはしていたけど、口に出した覚えはないぞ。
「……ヨウキさんはそういう覚悟を持って、私と一緒になろうとしてくれているんじゃないんですか?」
照れている様子はない、素の表情で聞かれてしまった。
場が盛り上がっている時に言う台詞じゃないのかそれって。
……まあ、そう聞かれたら言うことは一つしかないけどさ。
「そりゃあ、そうに決まってるじゃないか」
「……ありがとうございます。だったら、もっと真剣に話し合いましょう。どちらかが納得するまでは寝ないということで」
「えっ!?」
寝ないは言い過ぎじゃないか……なんて言いたいけど、セシリアの目がマジである。
これは本当に寝かせてもらえないパターンではないか。
「いや、俺さ。ちょっとは慎重に事を進めるのも良いかな~なんて」
「今、私に言われたから妥協しましたよね。それではダメではないでしょうか。二人が納得するまで話し合わないと……私の尻に敷かれてしまいますよ?」
「うっ……はい、そうですね」
セシリアの言ってることが正しいので、反論できない。
将来に繋がる……ってことは分かる。
でも、俺の案じゃどう転ぶかが分からない。
だったら、セシリアの案採用で良いんじゃね。
「……先程はきつい言い方をしましたが、ヨウキさんの行動力に救われた人が数多くいることも事実です。私は性格上、安全策を取ってしまうので、ヨウキさんの意見も大事にしたいんです」
「セシリア……」
「だから、今日はお互いの意見がまとまるまで寝ません!」
セシリアがここまで言うなんてな。
俺も負けてられない、男の俺が先にダウンなんて考えられん。
「そこまで言うなら徹底的に話し合おう。寝ない? 違うな。今夜は寝かせないぞ、セシリア」
「望むところです」
俺もセシリアも妙なスイッチが入ってしまったのだろう。
話し合う最中、脱線が相次いで起こり本筋の話がまとまらず。
様子を見に来たソフィアさんに二人揃って怒られた。
如何わしいことは全くしていないのだが……時間は考えた方が良いな。
「ヨウキさん、また明日じっくりと話し合いましょう。それでは、おやすみなさい」
「ヨウキ様、失礼致します」
寝ないという決意はどこへやら、セシリアはソフィアさんによって連れ去られていった。
珍しい光景を見れたという気持ちが大半だが、少し寂しい気持ちもある。
「……寝よ」
しかし、眠気には勝てずしくしくと枕を濡らすなんて真似はせずに寝た。
朝食を頂いてから、家に帰った。
まだ話し合いをしないと……とセシリアは言っていたが、俺の家に泊まってる二人を野放しにもできないし。
今日の予定を聞き忘れていたんだよな。
二人とも休みなのは知ってるけど、もしかしたらお忍びで出掛けるとか、あるかもしれないし。
……昨日、どんな感じだったのか知りたいっていう気持ちもあったりする。
「自分の家なのにスッと入れないんだよなぁ……」
不思議な気持ちの中、扉をノックする。
「開けてくれー、俺だ俺!」
知らない人が来ても居留守使えって伝えてあるからな。
声かければ俺だって分かるだろう。
「……俺?」
「ハピネスか、ちょっと様子を見に帰ってきたんだ。入れてくれ」
「……誰?」
「いや、俺だっつーの」
「……怪しい」
「ヨウキだよ。声で分かるだろーが!」
朝からなんでこんな漫才をやらなきゃならないんだ。
「……ヨウキ?」
「お前、わざとだろ。隊長だ、隊長」
「……隊長、だった」
やっと家に入れたな。
なんで自宅に入るまで、こんな時間がかかるかね。
「お前さ、俺の名前知ってるよな?」
「……隊長は隊長」
「……もういいや」
続けたらきりがない。
さっさとレイヴンのところへ行こう。
そして、昨日のイチャイチャを聞いてやる。
ふっふっふ……俺の家という逃げ場のない場所でせいぜい、羞恥に身悶えるがいい。
「ああ、やっぱりヨウキだったか。おはよう」
「おう、レイヴン」
朝食を食べたばかりだったのか、テーブルには空になった皿やコップが置かれていた。
もちろん、向かい合うように置いてある……そりゃそうだわな。
「……食材、勝手に使ってしまって良かったのか?」
「当たり前だろ。二人のために昨日買っておいたんだよ」
昼前に買い出しに行っていたのだ。
普段よりも多めに買っていたので、同棲相手が見つかったのかいと
おばちゃんに聞かれてしまった。
そんな感じです、と答えた俺は良い笑顔をしていたと思う。
同棲じゃないけど、お泊まりだったし。
「……そうだったのか。いくらかかった? 今、払う」
「良いって、良いって。これはさ、二人のために俺ができるささやかなプレゼントみたいなものってことで。気にすることないよ」
できるだけ爽やかに言ってみた。
俺も昨日の一件で気分が良いからさ、幸せはお裾分けするものだろう。
こんならしくないことをしたら、どんな反応されるかも想定済みだが。
「……鳥肌、立った」
「ほら、レイヴン。彼女がこう言ってるし、抱き締めてやったらどうだ?」
「……じーっ」
「……おい、ヨウキ。ハピネスもそんな目で見てくるな。あと、じーって言うのはちょっと……な」
「ここは男を見せるときだ!」
こういうやれやれみたいな空気を出したりするのって、楽しいよな。
まあ、レイヴンならやらんだろうけど。
周りから冷やかされて行動するタイプじゃないもんな。
「……ほら」
「……ん」
普通に抱き締めましたよ……。
普通なのこれ、普通な状況?
ハピネスも俺のネタに付き合ってくれたんじゃねぇのかよ。
自然に受け入れてるんだけど。
「……求められたら、態度で示さないといけないだろう。まあ、ヨウキの前ならっていうのもあるがな」
「……満足」
「お前ら昨日何があった」
「……別にいつも通り過ごしていたぞ。な、ハピネス」
「……同意」
この二人のいつも通りが分からねぇよ。
よし、探るか。




