友人と元部下を泊めてみた
あれから、セシリアの部屋に侵入することが頻繁に行われるようになった。
セシリアが話し相手になってほしいと言うんだから、行かないとな。
俺も会いたいから、お互いに得がある。
スキャンダル狙いの情報屋にも屋敷の人たちにもばれていない、二人だけの密会である。
誰も知らない二人だけの秘密とか、良いよな。
俺の正体とかはもう知ってる人が増えてきてるから、二人だけの秘密じゃないし。
「そういえば、ハピネスから聞いた?」
「お泊まりのことですか? ハピネスちゃんが幸せそうな顔をして話していたので、知っていますよ。ヨウキさんの家にレイヴンさんとハピネスちゃんを泊めてあげるんですよね」
「そうそう。俺はほら、こうして会いに来れるけどさ。二人はそうもいかないしさ。俺が協力するわけ。ハピネスも楽しみにしているようで、何よりだ」
あれから順調に手紙のやり取りは進み、スケジュールも整ったので、近々お泊まりが実現する。
二人ともたまりにたまってるからな……ふっふっふ。
「ヨウキさん、何やら良からぬことを企んでいませんか?」
「えっ……何でそう思うの」
「そういう顔をしていました」
「ありゃりゃ、ばれたか。気を遣って寝間着を用意しておこっかなーって。色ちがいのペアルックのやつ」
それは二人が寝る予定の部屋に置いておくと。
赤面間違いなしの計画なんだが、ダメかな。
「それくらいなら、良いかもしれませんね……」
「まじか!」
セシリアが計画の後押しをするとは思わなかった。
絶対、レイヴンさんとハピネスちゃんが決めることです、外野が煽るようなことをするのは止めましょうとか、言うと思ったんだけど。
「不思議そうな顔をしていますね。私がヨウキさんの考えを後押ししたことがそんなに意外でしたか」
「うん。セシリアって真面目だし、こういう悪ふざけは真っ先に止めに入るかなーって」
「……以前の私ならそうしていたでしょう。今の私はこう考えています。中々、会えていなかった二人のためにも多少の刺激が必要なのではないかと」
「成る程」
「せっかくのお泊まりなのですから、ちょっとした笑い所があっても良いかと。常に堅くするのも疲れますし。ヨウキさんのイタズラは二人の緊張をほぐすのにちょうど良いと思います」
そんなお墨付きをもらったら、実行しないわけにはいかないなぁ。
明日になったら、早速準備をしなくては。
「ヨウキさんはレイヴンさんとハピネスちゃんが泊まる日はどうする予定なんでしょうか」
「いや、そりゃあ、どっかの宿に泊まるよ」
そこまで野暮じゃない、ちゃんと空気を読みます。
二人のために泊まって良いと言ったのに、その日俺がいたらダメだって。
「あ、いえ、ヨウキさんが思っているような意味で聞いたんじゃないんですよ。えーっと、その日は予定がないんですよね。なら、家に泊まりませんか」
「……はい?」
「ヨウキさんがもう予定を決めているなら、断っても構いませんが、どうでしょうか」
彼女からお泊まりのお誘い、断る男がいるだろうか。
これはひょっとして、ひょっとするかもしれない。
……いやいや、平常心だ平常心。
冷静になって考えよう。
「セシリアの誘いは大変魅力的だけども、俺がここに来てることは秘密なわけだし、無理があるんじゃないかな。泊まる部屋とかもさ」
「大丈夫ですよ、お母様もソフィアさんもヨウキさんが来ていることは知っていますから」
……なんだと?
「まじで」
「はい。ヨウキさんなら、誰にも見つかりませんと言ったら、お母様は好きにしなさいと。ソフィアさんは警備を強化して見つけたら、捕縛すると言っていました」
見回りが多いとは感じていたけど、てっきり情報屋対策なんだろうとしか思わなかった。
まさか、俺を捕縛するために警戒していたなんて。
まあ、姿を消してるから、見つかりっこない。
それでも嗅覚、聴覚強化をして人がどこにいるチェックして、誰もいないところを通っているけどな。
万が一、魔法が解けたら不味いと思ってやってたけど、良かった。
「ソフィアさんには悪いけど俺は捕まらないよ。誰にも見られないように動いていたからな。だって、そうしないと駄目じゃないか。ばれたら、やばいから」
「……そうですね」
ん、今なんか不味いこと言ったかな。
セシリアからの返事に間を感じだけど……気のせい?
考え過ぎかね、沈黙の方が嫌だし、話を続けよう。
「と、とにかく。セシリアからの誘いを断るわけがないね。ソフィアさんには悪いけど、侵入させてもらいます」
「分かりました。お母様に伝えておきますね」
こうしてお泊まりが確定したのである。
その後は普通に仕事の話や趣味の話をしたり、セシリアの愚痴を聞いたりと過ごした。
トラブルもなく、お泊まり会当日となったわけだが。
「レイヴン。多忙な中、無理くり明日休みを取ったってデュークから聞いたけど、大丈夫なのか」
騎士団長の職務、雪崩れ込むように来る女性の相手。
連日夜遅くまで仕事をしていたとデュークが言ってたんだよなぁ。
デュークも休み休み仕事をするように口酸っぱく言っていたみたいだけど。
「……安心しろ。あの程度の修羅場は何度も潜り抜けてきた。今日のためと思えばっ」
こう言ってばりばり働いていたとか。
握り拳を作らなくて良いから、レイヴンの戦いが報われる日はもう来ているぞ。
「分かった、分かった。ハピネスを待たせちゃ悪いし、行くぞ」
俺はレイヴンと自分に、≪バニッシュ・ウェイブ≫をかけて透明化し、騎士寮を出た。
やはり、レイヴンにも情報屋が付いていたようで、騎士寮の近くで様子を窺っているものがいた。
……もう、騎士団の力で迷惑だから止めるようにとか、言えないのかね。
レイヴンならできるだろうに。
「レイヴンさ、ああいう情報屋とか権限使って拘束するなり、注意なりできないのか」
「声かけはしているが、特に何かをしているわけではないからな。事件を起こしたわけでもないのに、拘束はできない。いくら、俺が騎士団長でも難しいよ」
「そんなもんか。できるなら、セシリアのことも頼みたかったんだけどな」
「……あまりにも酷ければ見回りをするぞ。セシリアは貴族令嬢だし、目に余るようなら、何とか」
「頼めるなら、そうしてもらいたい」
「なら、見回りのルートを見直ししておこう」
「ありがとう、助かるよ」
「……いや、この騒ぎも中々収まらないからな。一度、動いてみるのも必要だろう」
「早く自由に動けるようになると良いんだけどな」
このままじゃ、出掛けることができない。
セシリアと食事やピクニックに行きたいんだけどな。
いつ、行けるようになるのやら。
レイヴンもこの状況はストレスみたいだし。
動いてくれるみたいだが、時間が解決するのを待つしかないっていう気もする。
こんな考え方で良いのかは微妙だが。
会話をしつつ、夜の町を誰にも視認されることなく走っていると我が家が見えてきた。
隣のレイヴンがそわそわしている、分かりやすいな。
「気持ちは分かるぞ」
「……正直、浮かれている」
「正直だな。態度にも現れてるぞ」
「……別に良いだろう。態度に出るほど俺はこの日を待ち望んでいたということだ」
恥ずかしげもなく、言い放ったぞこの男。
昔のいちいちうじうじしていたレイヴンはどこへやら。
とりあえず背中をばしっと叩いた、気合い注入である。
「じゃあ、家に入るぞ。ハピネスはまだ来ないだろうから、荷物を部屋に移動させて……ん?」
「……どうした、ヨウキ」
「いや、俺、家の鍵を閉めていったはずなんだよ」
普通に扉が開いたから、驚いているんだけどさ。
泥棒じゃないよな……合鍵はセシリアが持っているが……ふむ。
聴覚を強化すると聞こえてきたのは、食事の仕度をしている音だった。
鍋で何かを煮ていて、包丁で食材を切っている最中らしい。
鼻唄も聞こえる、ご機嫌だな、おい。
「……もう、来ているのか」
「らしいな。多分、俺がセシリアに渡した合鍵を借りたんだろう」
「……ヨウキはセシリアに合鍵を渡しているのか」
「今はそこに食い付かなくて良いから。ほら、入った、入った!」
レイヴンの背中を押して、家の中へ。
「……お邪魔、してる」
「おー、早いな」
俺たちに気づいたハピネスが調理を中断しこちらに来た。
メイド服じゃなくて、私服の上にエプロンをつけている。
「……隊長、合鍵、借りてる」
「やっぱりな。俺はこの後いなくなるから持っててくれ。ちゃんとセシリアに返してくれよ」
「……当然」
「……あ、ハピネス。久しぶりだな。中々、時間が合わなくて、すまなかった。その、約束も守れず……」
「……気にしてない。もうすぐ、夕食」
必要最低限のことだけ言って、ハピネスはさっさと台所に戻った。
固まるレイヴン、別にハピネスは怒ってるわけじゃないぞ。
ハピネスも緊張しているんだろう、素直に感情表現するのが下手だからな、あいつ。
「……なあ、ヨウキ。ハピネスの態度が冷たいような気がするんだが」
「気のせいだ、気のせい。ほら、あの姿を見ろ」
レイヴンに台所を見るように指を指した。
そこには無表情だが料理をするハピネスの姿。
鼻唄は無意識に歌っているのだろう。
あんな状態で不機嫌とか、あり得ない。
しかし、あの姿はまるで。
「新婚ほやほやの新妻みたいだな」
つい、口に出してしまった。
レイヴンはなっ、と驚きの声を上げ、ハピネスは食材を地面に落としていた。
二人とも、分かりやすく動揺し過ぎ。
「俺は思ったことを口にしただけだ。それじゃ、お邪魔虫はいなくなるとするから、せいぜい楽しめよ。本当にベッドは一個しか用意してないからな!」
言いたいことだけ言って、家から飛び出した。
真面目にベッドは一個しか用意しなかった。
まあ、予備のベッドは別の部屋に何個か置いてはあるが……こういう背中の押し方もあった方が良いかなと。
「あとは、二人でよろしくやるだろ。……つーわけで、俺も屋敷に向かうとしますか」




