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恋人の屋敷に侵入してみた

ハピネスが帰り、俺は入念に準備をしていた。

今夜、俺はアクアレイン家の屋敷に侵入する。



黒装束、煙玉、鉤付きの鎖……なんて物はいらない。

いるものはお茶菓子、土産話、そして……俺だ。



「いや、自分とか思うだけでキモいわ。張り切り過ぎずに普通な感じで行こう。セシリアに今、必要なのは無駄にかっこつけた俺じゃない。紅茶飲みながら、談笑できる俺だ」



セシリアも疲れているんだし、ツッコミに回さないようにしよう。

ボケは極力禁止でありのままの自分を……まあ、気負い過ぎると駄目か。



自分を見失わない程度に留めよう。

俺が気を遣い過ぎるのもな、セシリアは俺に気を許してくれてるんだし。

普通に良いか。



「さて、戸締まりをしっかりしてと。行きますか」



俺はアクアレイン家の屋敷に向かった。

途中までは普通に歩いた。

屋敷まで十分はかかるだろうという距離から、警戒に入る。



嗅覚や聴覚を強化したら、案の定、屋敷の周りに何人かいる。

門番じゃない、スキャンダル狙いの情報屋かね。

そんなやつらがいる中、堂々と屋敷に近づいていったら、絶対に怪しまれる。



全く……屋敷に行くだけでこれだよ。

貴族に対して、何をしとるかみたいな感じで騎士団を頼れないのかね。

屋敷から離れてはいるから無理なのかな。

レイヴンに相談してみようっと。



「さてと、穴を見つけますか」



こいつらは協力して屋敷の周りを警戒しているわけじゃあない。

グループを組んでるやつらもいるだろうが、屋敷の周りを囲むほどの人数はいないだろう。



情報は早い者勝ち、門へと向かう道は結構な人がいる。

そういうところは通らず、確実に人がいないところを選び、進む。

すると誰にも会わずに屋敷に近づけた。



「あとは……《バニッシュ・ウェイブ》」



透明になる魔法を使い、潜入するだけだ。

あんな手紙を出したんだ、セシリアも俺が来るんじゃないかと予想はつくはず。



だから、セシリアの部屋を侵入する場所に選んだ。

窓からこっそりと部屋を覗いてみる。

セシリアは椅子に座って読書中か……そばには誰もいない。

これなら大丈夫そうだ、窓を開けてもらおう。



「開~け~て~く~れ~」



窓を三回軽くノックしてから、高めの声で言ってみた。

どんな反応するかなーと考えていたら、セシリアは椅子から立ち上がり、何の躊躇いもなく窓を開けた。



「いますよね、ヨウキさん」



「こんばんは、久しぶり」



「どうぞ」



素早く部屋に入る。

セシリアが窓を閉め、カーテンをしたところで透明化を解除した。



「座ってください。今、お茶を用意しますから」



「ありがとう」



てきぱきと準備するセシリア。

普通ならもっとツッコミとかあるべきなんだろう。

こういったことが俺とセシリアにとってはまだ日常的な光景だからな。



満足にお茶飲みながら談笑……前だったら簡単にできていたのに。

まあ、これくらいの障害なんて俺からしたらへっちゃらだし。

だから、セシリアもああいった手紙を送ってきたんだよな。



「どうぞ」



「うん。はい、これお茶菓子」



「ありがとうございます。……ヨウキさん行きつけの店のお茶菓子ですね」



「そうそう。なんだかんだであそこはお気に入りだからね」



アミィさんとマッスルパティシエ、アンドレイさんの店だ。

常連だしこの前はハピネスも連れていった。



どんどん、あの店の客を増やしているな俺。

実際、美味しいし流行るのは不思議じゃないからさ。



「今の状況ではケーキ屋さんに行くだけで困難な状況ですから」



「あー……そうか」



「休みの日も行動に制限がかけられているようで……そもそも、休み自体ありません。最近はずっとお見合いばかりですし、仕事中も視線を感じますから。本当に……聞いてくれますか? 」



珍しくセシリアが弱々しい姿を見せている。

これは恋人として頼られている場面だ。



断る理由なんてあるだろうか、いや、ないな、絶対に。

俺はセシリアが入れてくれた紅茶を一口飲んだ、やっぱり、美味しい。



「セシリアとこうやって談笑するなんて、いつものことだしさ。俺で良ければいくらでも聞くよ」



「……ありがとうございます、ヨウキさん」



セシリアがほっとしたような表情を見せ……そこから、目がぎらりと光ったように感じた。

え、これってかなり……。



「結婚式場での王様の発言から、見合い話が山のように来ているんですよ。あの場で殺到した人たちはクラリネス王国だけでなく、他国の方々もいたので、理由なしに断れず。母の力を借りても無理なものは無理でして。仕事をしながら、予定を切り詰めて切り詰めて……そうやって時間を作ってお話をしているんですよ」



「あ、ああ、分かるよ」



レイヴンもそんな感じっぽかったからな。

仕事の合間を縫ってやりくりしていたと。

……うん、なんかさ。



「セシリア、ちょっと落ち着いて……」



「私は落ち着いてますよ、ヨウキさん」



「そ、そっか」



その笑顔見せてる時ってダメな時じゃなかったっけ。

セシリアの優しさ溢れた笑顔じゃないような……。



いや、恋人を疑ってどうするんだ、俺。

付き合った経験がないんだから、そんな勘ぐるようなまねをしてはダメだ。

セシリアは……セシリアだ。



「孤児院で子どもたちと触れ合っている時にまで、声をかけてきた男性がいたんですよ。子どもたちの目の前で、自分と結婚すれば如何に素晴らしいことになるか、という話をされてもですね。子どもの中にはその男性に嫌悪感を出したり、警戒したりと良い印象がなかったみたいでですね。不敬なことを言わないようにするのも大変で……」



「お、おぅ……そいつはやばいな」



「一番ひやりとした瞬間はヨウキさんと行ったことがあった孤児院だったので、子どもたちが本音を漏らし始めた時ですね。前に遊んでくれた兄ちゃんが良い……と。どういうことだと問い詰められました」



「そういえばデートした時、孤児院に行ったことあったな」



デューク尾行デートの時か。

……子どもたちは大体、セシリアのところに行って、俺は女の子に慰められてた記憶しかないけど。



「そこまで比較される程、俺って子どもたちと遊んであげたっけか」



「何を言ってるんですか。ヨウキさんは子どもたちの相手をしっかりしてましたよ。皆、初対面の相手ということもあり、緊張していたから、あの時は私のところに来る子が多かったですが、ヨウキさんとまた遊びたいと言ってる子は何人もいます」



「それはうれしい話だけど……」



「私のところに来た方は自分の話をするか、私と日を改めて会わないかといった話ばかり。孤児院の子どもたちは目に映っていないのでしょうか。子どもたちも何かを察したのか、関わろうとする子はいませんでしたね。あ、もちろん、ヨウキさんのことはごまかしましたから、安心してください」



セシリアが俺のことを話すわけがないので、別に心配はしていない。

むしろ、俺の心配事はさ……。



「仕事先にまで来るだけでなく、屋敷の前で帰りを待っていた方もいらっしゃいましたね。いきなり、求婚された時は持っていた杖を落としそうになりました。はい、良いですよと私が言うと思ったのでしょうか」



「いやぁ、それはそうだけども。……ほら、俺も出会い頭にやったことだからなんとも」



「そういえば、そうでしたね」



二人で顔を見合わせて笑う。

そのことに関しては人のこと言えない立場だから。

俺は苦笑いだけど、セシリアは普通に笑っている。



自虐ネタでも笑ってもらえて良かった。

話を聞く感じだと大分ね、溜まってるみたいだし。



「懐かしいですね……ただ、ヨウキさんはこうしてお付き合いしていますし。その場で私に求婚してきた方はどうも……話をするだけで分かるんですよね。この騒ぎに便乗して少しでも繋がりができればという考えがあると。私、恋人がいますと何度言いたくなったか……」



「そ、そっか。そうだよな……うん、言いたくなるよ、それは」



なんか嬉しいね、恋人がいますって。

俺なんだよ、恋人。

表情に出ないようにかなり我慢した。

だって、今、そういう雰囲気じゃないからさ。



「私は初対面の方と簡単に婚約を決めてしまうような軽い女性と思われているんでしょうか」



「いやいやいや、そんなことないって! セシリアはほら、二つ名の通り優しくて、頼れるイメージがあるからさ。どんな時でも邪険に扱ったりしないし」



「私でも限界はありますよ?」



「そうでした……」



俺やユウガはその限界の先を見ているんだった。



「厳しい時は厳しいと言いたいですし、無理なものは無理だと思う時もありますよ」



「へぇ、セシリアがそういう言い方するのって珍しいな。いつもはなんだかんだで世話やいてくれてるからさ」



「さすがに許容できないところまできていますからね。ダメだと思いますか?」



「え、何で?」



そりゃあ、いくらセシリアが世話焼きで聖……うん、まあ、そういう風に呼ばれていてもさ。

限界ってあるし、ダメとかって思うことがおかしい。



「俺は嫌なもんは嫌って言う。セシリアの場合は立場があるから、難しいかもしれないけど」



「こうして私がヨウキさんの前でその……愚痴っぽくなっていてもですか」



「全然、構わないけど。そもそもハピネスからもらった伝言にも自分で書いてたじゃん。俺の前なら自分を出せるって。気にしなくて良いよ」



俺も色々と相談にのってもらったり、協力してもらっている。

生きていたら、愚痴っぽくなる時だってあるだろう。

溜め込んで発散しないのは体に悪い。



「セシリアが言うなら、ささっとやって来るよ、本当、全然時間かけずにささっと、ね」



「何をする気ですか」



だから、ささっとやるんだよ。



「ほら、セシリアが困ってるここは俺がさ、ささっとやるべきだと思ってさ」



「……こんな夜中にばれないよう慎重に屋敷に来て、話を聞いてくれるだけで私は充分、助りますよ」



「それなら、時間が許す限り付き合いますかね」



「言いましたね、とことん付き合ってもらいますから」



覚悟して下さいね、と笑みを浮かべている。

長い夜になりそうだと、セシリアの言う通り覚悟を決めた。



俺だって、会えない辛さを味わっているんだ。

願ったり叶ったりなこの状況、楽しまないとな。



結局、かなり遅い時間までセシリアの話は続いた。

明日に差し支えるということで、俺から提案して話は終わったのだが、セシリアはまだ話足りなさそうな感じで。

また近々、屋敷に侵入することになりそうである。

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