元部下と相談してみた
「デュークもイレーネさんとは一時期修羅場になったはずなんだけどな」
「……」
「まあ、あいつは俺らみたいに何かあってもオロオロせずに自分で解決できるからな。相談しに来ることもないし」
「……」
「デュークに悪気はないのは分かるんだよ。察しが悪い方じゃないし、とぼける……っていうか、デュークは天然じゃないしな」
「……」
「食うのを一旦、止めろ」
「……何」
「お前、それで何個目だ」
「……不明」
「何個食ったのか分からなくなるまで、食うな!」
最早、やけ食いじゃねーか。
デュークと別れて、ケーキ屋に着いてからずっとケーキ食べてるんだけど。
俺の話は聞いているのか、時折相槌を打ってはいる。
ただ、ケーキを口に運ぶ手が止まらない。
女子の腹の中は異次元にでも繋がっているんだろうか。
甘い物って意外とそんなに食べれないよな、普通。
レイヴンのこととデュークのこと、両方が原因だろう。
「こちらが新作のケーキでございます」
「……美味」
アンドレイさんがどんどんケーキを運んできて、ハピネスがケーキを食べる。
注文言ってないよな、ハピネスが皿を渡してるだけなのに、違うケーキが運ばれてくるんだけど。
「まさか……兄さんと話さずに意思疏通ができるなんて……」
そんな光景を見て俺以上に驚いているのが、アミィさんである。
いやいや、そんな有り得ない……みたいな表情はちょっと大袈裟なんじゃないか。
「確かにちょっと息が合ってるみたいだけど」
「ちょっとではありませんよ、ヨウキさん。あの二人の目配せ、皿の受け渡し……完璧です。もし、彼女が兄さんと厨房に立ってくれたら、良い仕事をしてくれること、間違いなしです」
「ごめん、ハピネスはメイドやってるから、引き抜きはちょっと……」
屋敷のメイドの引き抜きは許しませんと、ソフィアさんなら言うだろう。
ハピネスの才能を一目で見抜いたからなぁ、手離したりはしないな。
「メイド……どこかの屋敷で働いてるってことですよね、残念です」
そんな本気で残念そうにしなくても。
この光景を見ただけで判断するのも早いと思うんだけど。
「つーか、まじで何個目だよ!?」
一皿ずつアンドレイさんが持ってきては下げてるから、正確な数が分からん。
分からんけど、両手どころか、足の指も足さないと駄目なくらいは食べてるだろ。
「終了だ、終了!」
今、アンドレイさんが持ってきたケーキを最後とし、会計する。
まあ、予想をしていたぐらいの値段だった。
ケーキを沢山食うぐらいで財布の金がピンチになるような稼ぎ方はしていない。
ただ……な?
「俺はそんなに食って良いと言った覚えはないっ」
「……ごち」
「ごちじゃねぇよ。考えて食ってくれ。……で、この後どうするよ」
成り行きで行動していたけど、ケーキも食べたし、寄るところもない。
買い物付き合おうか、なんて聞いたら張り手くらうだろうしなぁ。
本人に気付かれないように、ハピネスを見る。
やっぱり、気合い入った格好してるよなぁ。
昔、レイヴンから貰った髪飾りも着けてるし……
楽しみにしてたんだろう、ああ、ハピネスが可哀想だ。
「……視線」
「ああ、悪い悪い。ちょっとな」
横目で見ているのがばれた。
誤魔化しきれてないだろうな、付き合い長いし。
「なんとかしてやれないもんかと思ってな……」
ハピネスは複雑そうな表情をしていた。
あれ、何でこんな感じになったのか、分からんぞ。
長い付き合いなはずなのに、どう思ってるのかが読めない。
さっきまでは分かりやすかったのにな……なんでだろ。
結局、やることもなかったので、解散した。
しかし、俺はハピネスのために一肌脱ごうと決めたのである。
夜、俺は家から飛び出した。
体を透明にし、夜の町を走る。
目指す場所は騎士団寮だ、誰にも気付かれぬように侵入する。
貴族の家でもないわけだから、警備もそこまで……俺にかかれば容易いことだ。
部屋の鍵は……閉まっている、こんな時間だし仕方ないか。
強引にぶち破っては侵入した意味がない。
ならば部屋の主に開けてもらおう、俺は扉をノックした。
返事が返ってこない、留守かと思っていたら、ノックが二回返ってきた。
これは合図か、では名乗ろう。
「夜分遅くに悪いな、レイヴン。ヨウキだ」
鍵が解除され、扉が開く。
そこには目が死んでおり、髪もぼさぼさ、何か用かと書かれたメモを持ったレイヴンがいた。
「とりあえず、部屋に入るぞ。相当疲れているみたいだが、俺の話を聞いてもらうからな。拒否権はなしだ」
何故、筆談に戻っているのかは知らないが、多分、女性関係だろう。
気に障ることを言われたのかな。
まあ、その話は俺がする話の後に聞こう。
「俺の前で筆談は必要ないからな」
「……ああ」
「今日、町で女性と歩いていたな」
「……見ていたのか。ヨウキなら事情を聞かなくても分かるだろう。そういう事なんだ、俺の意思じゃない」
やさぐれてるな、相当重症じゃないか、これ。
物凄くデートを楽しみにしていたのはハピネスだけではなかったと。
まあ、そんなレイヴンに追い討ちをかけるようなことをこれからするわけだが。
「見ていたのは俺だけじゃない、ハピネスもだ」
レイヴンは目を大きく見開いたが、黙ったままだ。
あまりのショックに言葉が出ないか、そんなレイヴンに畳み掛けるように、今日の出来事を話す。
「ハピネスは目一杯オシャレしていたところ、ナンパされていたんだ」
「お前が綺麗な女性と歩いているところを悲しそうに見ていたぞ」
「最終的にケーキを十個以上やけ食いしてたからな」
今日のハピネスを詳細に語る。
レイヴンは黙って俺の話を聞いていた。
一日中ハピネスと一緒にいた俺に対する嫉妬の視線をうっすらと感じたが、つっこまない。
「なあ、どうしたら良い。俺はハピネスの家族として心配なわけだ。どうにかならんのか」
「……ヨウキも分かるだろう。今の俺に近づくのは危険だ。いつ、どこに俺の情報を仕入れようと考えている輩がいるか分からないんだ。ほとぼりが冷めるまで会わない方が身のためだ。ハピネスが納得しないのなら、手紙を書くからデュークを通して……」
「お前はそれで良いのか?」
直接話さず、手紙越しの会話。
そんな形でお互いに納得のいく結果になるのだろうか。
今日のハピネスを見る限り、それでは納得しないぞ。
まあ、納得していないのは案を出してるレイヴンもだけどな。
我慢してるのが分かる、見え見えな強がりだ。
「密会すれば良いだろ。目の前に協力者がいるじゃないか。頼れよ」
「……ヨウキにはセシリアがいる。セシリアだって大変だ。俺たちに構ってる場合じゃないだろう」
「そりゃそうだけどさ……」
「気持ちはありがたい。協力もしてもらおう。正直、うんざり……というかハピネスに会いたいからな。ただ、ヨウキもセシリアに会いたいだろう。お前ならある程度のことはできるし、人が悩み抱えていたら、ほうっとけない性格だ。でも、一番優先すべきはセシリアだろう」
「……参ったな。その通りだわ」
同じようなことがあった、セシリアを信用している、大丈夫だ。
……俺だけで決めたことだ、セシリアには何の相談もしていない。
やろうと思えばこうして誰にもばれずに侵入できるんだ、屋敷に忍び込むことも可能。
自惚れかも知れないが、セシリアもこんな状況になっているのに会いに来る素振りも見せないのかと思っているかもしれない。
言われて気づくようじゃ、俺もまだまだだな……。
「ハピネスに伝言頼んでみるわ。いつ、部屋に侵入して良いかってさ」
「……騎士としての立場ならお前を捕縛するべきなんだろうが、今は友人として目をつぶることにしよう」
「悪いな。……で、ハピネスは結局どうするんだ」
「……秘密裏に会える場所があれば良いんだがな。公共施設はどうしても第三者の目に入る。宿に入っても顧客名簿を書かされる。もう、危険な魔物が飛び交う魔境で待ち合わせするしかないんじゃないか?」
「そんなところで待ち合わせしたら、別の意味でドキドキするだろーが!」
さっきまで俺にまともなことを言っていたレイヴンはどこに行った。
自分のことになるとダメになるのか、本当にその手段しかないと思っているのか。
「魔境で待ち合わせをして何するんだよ」
仲良く魔物を狩りまくるのか?
「……そうだな。二人きりで話をしたい。ゆっくりしたいんだ。最近、ドタバタしていて会っていないから、特別に何かをするってわけじゃなくて、二人でいる時間があれば……」
「一緒にいれる時間ができるならば、魔境でも良いと?」
「……ハピネスに触れようとする魔物は全て俺が斬るから大丈夫だ」
「待て待て待て待て!」
剣を抜こうとするなって。
レイヴンのやつ、まじで言ってるのか、魔境でデートって聞いたことないぞ。
絶対にゆっくりできないから。
談笑とかさ……魔物の声が響いて無理だろ。
仕方ない、ハピネスに協力をさせるんだ。
俺も一肌脱ぐことにしますか。
「記録に残らない場所があるぞ。俺の協力が不可欠だが」
「本当か!?」
レイヴンがかなりくいついてきた。
やっぱ、魔境デートは嫌だよな。
「ああ」
「……その場所は?」
「俺ん家だ」
2階は空いてるからな、好きに使って良いし。




