元部下の話を聞いてみた
「ってーな、誰だよ」
頭をさすりながら、悪態をついてくるチャラ男二人。
誰って言われたらなぁ、元上司と部下か。
いやいや、俺は家族同然の関係と思っているぞ。
だったら、年齢的に……。
「俺はその娘の保護者的な者だ」
「は、意味わかんねーし」
「なら、おっさんは引っ込んでて下さいよ。俺たちは娘さんと話があるんで」
げらげら笑いやがって、腹が立つな。
……ぶっとばすか、騎士団来たらハピネスを守るためにやった、正当防衛だと主張しよう。
しつこいナンパ野郎を追い払うだけだ。
早速実行しようとしたら、ハピネスの声が聞こえた。
「……隊長、邪魔」
嫌な予感がしたので、その場からすぐに飛び退くと、ナンパ野郎二人が綺麗に回転して飛んでいった。
ハピネスの仕業だな、扇でやったんだろう。
危なかった……飛び退くのが遅れていたら俺も巻き込まれていたぞ。
「おい、ハピネス。お前、危うく俺まで飛ばされるところだったじゃねーか」
「……合図済み」
「邪魔って言ったけども。もう少しあるだ……いや、何でもない」
もっと言いたかったんだけど、ハピネスの顔がな、いつもと違うんだよ。
変わらないように見えるんだけど、微妙に不機嫌というか。
ナンパ野郎二人がむかついたっていうのもあるんだろうけども。
「何かあったのか……?」
恐る恐る聞いてみると、こちらをじっと見つめてきた。
これはどういう合図だ。
不機嫌……いや、何かが納得いってないって顔かね。
服装張り切ってるだろ、これからレイヴンとデートなんだろう。
デートを楽しみにしていたところを邪魔されたから、八つ当たりっていうのが、妥当かね。
レイヴンに宥めてもらうのが一番だよ、うん。
……待てよ、レイヴンとデートって。
「ハピネス、今日の予定は?」
「……一人、外出」
「ああ……」
ハピネスも俺と一緒だったわ。
公園で事情を聞くと、やはり今日はレイヴンとデートする予定だったらしい。
レイヴンもハピネスもユウガとミカナの結婚式のため、最近中々会えていなかったようだ。
レイヴンは騎士団長だから式場の警備のこととかで、ハピネスも上手く式場スタッフとして潜り込んだのは良いが、当日までの準備で大変だったみたいで。
やっと、結婚式が終わって一息ついて、今日一日中デートを満喫するはずだった……と。
公園のベンチに座って聞く話かな、これ。
他のカップルがぞろぞろいる中、お互いの傷を舐め合ってるみたいで、嫌なんだけど。
「まあ、俺もハピネスと同じような状態だから、気持ちは分かるぞ」
「……隊長」
「だからって、デートに着ていく予定だった服を着て、絶対に来ないレイヴンを待つのは止め……いだぁっ!」
脇に貫手を入れられた。
「……買い物」
「あ、ああ、そうか。一人で買い物か。済まんな、勘違いだ勘違い」
笑って誤魔化しつつ、内心では嘘つけと思っている俺。
一人で買い物に行くなら、そこまで服装に気合いを入れたりしないだろ。
変なやつが寄ってきたら困るからな、その辺の配慮は分かっているはずだ。
いや……女心は分からんから、何とも言えない。
ただ、ハピネスのテンションが落ちてるのは分かる。
そこは付き合いの長さのおかげだ。
「……退屈」
「おい、この場でその顔をしてその台詞は止めろ」
頬杖をついて物憂げな表情で退屈って言うな、俺を見るな。
彼女のテンション上げられない、つまらない男だって思われるだろうが。
つーか、もう遅いな。
何組かのカップルがこっちを指差してひそひそ話してる。
まず、俺とハピネスはカップルじゃないのに。
「移動するぞ」
「……逃走」
「お前のせいだからな!?」
俺はハピネスを連れて移動した。
強引に手を引いていったからか、またひそひそ話をされたが、知らん。
修羅場じゃねぇよ、見世物じゃないからな。
「……不服」
「文句があるのは俺だからな」
「……カップルじゃ、ない」
「そこかよ!」
「……最重要事項」
「すみませんね、俺と一緒で!」
つかつかとお互いに歩く速さが上がるが、追い越すことも追い越されることもない。
周りからやっぱり仲が良いのねと聞こえた。
ハピネスが露骨に嫌そうな顔をしたので、頭を撫でてやったたら、手を振り払われた、当たり前か。
「……なあ、何で俺たちはこんなところで仲良く昼飯食べてるんだろうな」
「……仲良く?」
「そこにツッコミを入れるなよ」
二人で適当な店に入り、ランチタイムだ。
俺はコーヒーとサンドイッチ、ハピネスも同じ。
ただ、コーヒーが口に合わないのか飲む度に苦い顔をしている。
なんで、コーヒーにしたんだ。
「……レイヴン、よく、飲んでる」
「まあ、ハピネスにはまだ早いな」
「……大人!」
「そう言ってる内はまだまだだな」
頬を膨らまして大人、大人って言ってちゃあな。
大人ならもう少し、余裕を見せないと。
偉そうに腕組みをしながら、頷いている俺に腹を立ててるんじゃあ、先は長いぞ。
「……げっ!」
余裕ぶりながら、往来する人々を眺めていたら、今見つけちゃいけない人物を見つけてしまった。
レイヴンが……綺麗な女性と歩いている。
ソレイユの時と同じパターンだろう。
立場的な問題で断ることができなくて、ミネルバを案内しなきゃいけないとかさ。
そういうことだろう、レイヴンも心の底からの笑顔を見せてないだろうし、腕組みとかもしてないし。
服も無難な感じのやつだから、気合いもそこまで入れてないはずだからさ。
だからハピネスよ、悲しそうにレイヴンたちがいる方を凝視するのは止めないか。
食いかけのサンドイッチが手からこぼれ落ちて、皿の上に落ちる。
放心すんなって、浮気じゃないからな。
「良いか、ハピネス。あれはだな……」
レイヴンの立場上、仕方なくミネルバを案内していること。
俺も似たような経験したことを説明。
話している間にレイヴンと綺麗な女性は歩いて行き、見えなくなった。
「……我慢」
「ああ、偉いぞハピネス」
内心、どう思っているんだろうな。
本来デートに行くはずだった恋人が別の女性と会ってるんだからな。
辛いよなぁ、絶対。
今でも景色を見てぼんやりしてるし、重症だな。
「行きつけの店のケーキ奢ってやるから、元気出せよ」
筋肉ムキムキのパティシエが接客してくれるからな。
それで元気出るだろう、多分。
「……片手」
そう言って片手を開いて見せてくる、五個も食う気かよ。
今日ぐらいはやけ食いも許してやるか。
食い過ぎに入るかもしれないが、大丈夫だろう、一日だし。
「今日だけだからな。行くぞ」
お代を払って店を出た。
「あ、隊長にハピネスじゃないすか」
「おー、デュークか」
マッスルパティシエの店に向かっていたら、デュークに遭遇した。
見回り中だろう。
でも、相棒のイレーネさんの姿が見えないな。
「二人で出掛けるなんて珍し……あっ!」
茶化そうとしてきたくせに、何かに気づいたのか顔を逸らしやがった。
その中途半端な察しの良さ、止めろよ。
「……デューク」
ほら、ハピネスが黒いオーラ出しちゃってるじゃないか。
「わ、悪かったっすよハピネス。俺も気づくべきだったっす」
デュークのやつ、焦ってるな。
それだけ、ハピネスの纏う黒いオーラが強大だってことなんだが。
今のハピネスは取り扱い注意だから、壊れ物注意だぞ。
「まあ、デュークならもう分かるだろう。俺はこれから、ハピネスにケーキを奢るためにケーキ屋に向かってるんだ。五個は食う予定らしい」
「……二個、追加」
「おい、増えてんぞ。デューク、お前のせいだな。金払え」
「いやいや、理不尽っすよね、それ。隊長、稼いでるんすから、ケーキ代二個分、増えたくらい良いじゃないっすか」
「別にけちってるわけじゃないぞ。ただ、俺もハピネスと似た境遇だからな。少し八つ当たりをしてみただけだ」
「良くそんなこと堂々と言えるっすね!?」
「……外道」
「そこまで言われる程じゃねぇだろ」
この日常感は良い、ハピネスも表情が和らいでいる。
あとはシークが入れば完璧なんだがな。
俺もハピネスもしばらく恋人と会えないし、四人で出掛けるのもありかもしれない。
「なあ、良かったらさ……」
「あ、デュークさん。見つけましたよ」
提案しようとしたら、第三者の声にかき消された。
デュークに向かって走ってくる人影が見える。
やっぱり、一緒だったのね。
「あー、追い付いてきたっすね」
「なんで私を置いて先に行っちゃうんですか、デュークさん。見回りは二人一組で行動することを忘れたんですか」
「いやいや、イレーネからはぐれたんすよ。今日から見回りする場所、微妙に変わったじゃないすか」
「えっ……あっ、そうでした」
「全く、気を付けないとダメっすよ。合流したし、本来の持ち場に戻るっす。勤務中は手なんて繋げないんすから、しっかり後ろを着いて来るっすよ」
「うう……すみません」
「ほらほら、しょげてる暇なんてないっすよ。それじゃあ、隊長、ハピネス。また今度……なんすか、二人とも。その目」
俺とハピネスは同じような視線をデュークに浴びせていた。
その感じ……お前は困ってないんだな。
「……両手」
「よし、許す!」
「隊長、ハピネス。急に対応冷たくないす……って、早っ! ちょっと、待つっすよ、二人ともー」
後ろからデュークの声が聞こえてきたが、俺たちは振り向くことなく、歩みを止めなかった。
ハピネスとここまでシンクロしたのは初めてかもしれない。




