式場を回ってみた
違和感がないように誰もいない間にトイレの個室に入り、何食わぬ顔で出る。
変わったことは周りから見えているか、見えていないかだ。
あとは適当にユウガの前に姿を現してやればあいつも落ち着いてミカナと今後の新婚生活について考えられるだろう。
「……げっ」
「顔を見られただけでその反応。僕は相当貴方に嫌われてしまったようですね」
トイレから出てすぐにソレイユと遭遇、こいつの出番はさっきで終わりじゃねぇのかよ。
頼れる仲間は別室対応中、またしても俺だけでこの強敵を相手にしなければならないのか。
黒雷の魔剣士の名前を出されたら終わりだ。
また探偵じみた空気をさらけ出して語られたら、我慢する自信がないんだけど。
まあ、なあなあで終わらせて去るつもりはない。
「そう警戒しないでください。もう、妙な詮索はしませんよ。僕が伝えたかったことは、伝えましたから。あとは貴方次第です。結局のところ、セシリアさんがどのような方と友好を深めようが、僕にとやかく言う資格はないですから」
「へぇ、ソレイユさんは随分とあっさりしているんだな。一度は未来を歩もうと思ったんだろ。少しはむきになったりするもんじゃないのかね」
「僕にも立場があるんですよ。一人の女性にいつまでも執着している時間は残念ながらないんです。僕を信じてくれている人のために前へと進まねばなりませんから」
眩しい……こいつもユウガと同じで主人公タイプか。
ユウガと違って常識があるから、面倒な相手だ。
嫌味もさらっと受け流されたし、とっとと離れるのが吉。
「それにしても、セシリアさんは大変ですね。婚約者がいないからといって、男性に囲まれてまともに身動きが取れていませんでしたよ。いやぁ、誰か彼女を助ける騎士様は現れないのでしょうか」
「挑発には乗らないぞ」
「別に貴方に言っているわけではありませんよ。……僕はこの式場に彼が来ていると読んでいます。この式は重要な催しだ。何かが起こる可能性は充分あります。騎士団が見回りをしていますが……彼もこの式場にいるでしょう。万が一の危機のためにね」
こえぇぇぇぇぇ、何者よ、こいつ。
そこまで読めるなら正体が俺ってことも分かってそうだけどな。
どや顔で俺に話している辺り、そんなことは微塵も思ってないんだろう。
こっちとしては都合が良いけど、残念だなぁ、なんか……。
「そんな顔をしないで下さい。僕はもうセシリアさんのことはすっぱり諦めているんですから」
そのことで可哀想だなぁって表情をしたわけじゃないんだけど、そういうことにしておこう。
「はぁ、そうですか。じゃあ、俺はこれで失礼……」
ユウガに顔を見せないとならないからな。
あと、セシリアに言い寄ってるやつらのズボンのベルトに切れ込みいれないと。
「セシリアさんなら、ガルフォスさんと交流を深めていましたよ。僕が案内しましょう。こちらです」
くそっ、ここで逃げたら不自然か、大人しく案内されるしかない。
まあ、向かう先にはユウガもいるし、セシリアの様子も気になるから良いか。
ガルフォスっていうのはどんなやつかと殺気を抑えて、聞いてみたら、二つ名持ちらしい。
ソレイユの仲間で賢老と言われているとか。
二つ名の響き的に杖を持ったおじいちゃんだろう。
俺が中々入れないような、頭の良い人がする会話をしているはずだ。
「セシリア嬢は相変わらず美しいな。どうだい、今夜二次会ってことで食事でも?」
「せっかくのお誘いですが、今夜は約束がありまして」
「何ぃ、先を越されていたか。セシリア嬢が約束ねぇ。そいつは俺よりも色男なのかな」
「それは今日、花嫁衣装を着ている私の友人に聞いてもらえますか」
「これは失礼、そういうことか。気づくべきだったねぇ。気が利かねぇ男は嫌われちまうな。失礼の謝罪がしたいね……数日はミネルバにいるから、空いてる日があれば」
セシリアが背の高いチャラチャラした男と話している。
全然、賢老って感じじゃねーぞ、どうなってんだ。
「戦いが終わっても、強靭な身体は失われていませんね。彼の肉体を最大限に活かした守りには旅をしていた時、よく助けられたものです。まあ、堅牢のガルフォスよりもセシリアさんの方がガードが堅そうですが」
賢老じゃなくて堅牢かよ、ふざけんな!
セシリアもさらりと誘いを断ってるけど、言い寄られてるところをただ、見てるってのは面白くない。
ソレイユが見てるって言ったって、こいつもうそういう目で見てるんだろ。
俺はセシリアの熱狂的なファンという立場で行動しよう。
お手並み拝見みたいな顔で見やがって、見てろよ。
「セシリア様ではないですか、お久しぶりです。あの日助けられたことは忘れませんでした。まさか、こんなめでたい席で会えるなんて光栄です」
「誰だい、君は。セシリア嬢は今、俺と話しているんだがね」
いきなり、両手を揉みながら登場した俺にガルフォスは不機嫌な様子。
セシリアは何故来たって顔をしている、当然だな。
悪いけど我慢できなかったんだ、話は後日聞きます。
「貴方は堅牢のガルフォス様ではないですか。すみません、お邪魔でしたね」
「ふっ、分かれば良い。すぐにここから去……」
「ですが、私はセシリア様にお会いできる機会が今後あるかどうか。ガルフォス様程の名の知れた方となれば、会う機会はいくらでもあるでしょう。どうか、この場は私に譲って頂けないでしょうか」
「ふん、何を言っているのか分からないな。とにかく、この場から」
「いいんですか?」
俺はガルフォスの耳元にと囁いた。
「ここで二つ名持ちとしての懐の深さを見せればセシリア様もなびくかもしれませんよ? また、話が途中で終わってしまったから、後日話す場を設ければ良いかと。誘い方が自然ですしね」
「……ほほぅ。セシリア嬢、この場は彼に譲ることにするよ。続きは後日に」
こうして俺の説得により、堅牢のガルフォスは去っていった。
ふっ、ソレイユは手強かったが堅牢というわりにもろかったな。
「……ヨウキさん」
「恋人が言い寄られてるのを黙って見てられないっす」
しゃーないよな、こればっかりは。
セシリアにしか聞こえない程度の小声で言って、その場から逃走した。
あとはユウガに顔を見せれば良いだけ。
もうソレイユとか知らんわ、ささっと黒雷の魔剣士に戻ろう。
……って、ユウガのところ、人だかりできてるしさ、今度は何だよ。
「ねえねえ、良いじゃんさ。わざわざ来たんだからさー。戦おーよ」
「今日はそういうことをする場じゃない。今日は僕とミカナにとって一生忘れられない日になるんだ。悪いけど、申し出は断らせてもらうよ」
ミカナを庇うように立っているユウガ。
相手は……誰だっけかあれ、どっかで会ったことがあるよーな。
「勇者仲間なんだからさ、仲良くしよーぜ。せっかく祝いに来てあげたんだからさ。こっちの頼み、聞いてくんないかなー?」
「……さっきも言った通り、僕は今日、剣を抜く気はないんだ。悪いけど、後日にして欲しいな。ガリス帝国の勇者ミラーくん」
ミラー……ああ、あいつか。
帝国の勇者で妙な武器使ってくるんだよな。
ガイとシークを虐めやがったから、結構きつい仕返しをして、川にぶん投げたはずだけど。
生きてたのか、ユウガと同類だし生命力が半端ないのは納得だ。
戦闘狂ってよりは魔物を殺しまくりたいっていうイッチャってる奴だったはず。
なんで、ユウガにしつこく戦いを求めてるんだ。
「俺さぁ、へまやっちゃった代償で国に色々な実験されたわけよ。もう、くそ弱い魔物を虐殺するだけじゃ物足りないんだよぉ。噂だと聖剣の更なる力が目覚めたっていうじゃん。良いなぁ、聖剣はそんな覚悟とかで強くなれて。俺も紛い物じゃなくて欲しかったよそういう武器……今じゃこんな身体だよ!」
ミラーが服をはだけさせる。
うわっ、なんか埋め込まれてるし……ガリス帝国やばくね。
人体実験やってんのか、勇者に施すなよ、失敗したらどーすんだ。
……いや、どんな性能を誇るか知らないけど、ミラーの様子を見ると失敗じゃねーのか。
以前会った時よりも、性格がふっとんでそーだ。
早めに着替えてきた方が良いな、これ。
「相手してくれないならさぁ、見せてあげよーか。俺の力を。そしたら、少しは考えてくれるよねーっと」
腕が紅く光ってるな、まさか掌からビームとか撃たないよな、ここはそういう物がある異世界じゃないはずだろ。
明らかにビーム発射五秒前って感じなんだけど。
つーか、狙われてんのミカナかよ、ユウガが目標じゃねーし。
「ふざけんなぁぁぁぁぁあ!」
俺は即座に走り出してミラーを蹴り飛ばした。
ユウガもミカナを庇うように出てきたから、任せても良かったかね。
こんな風に安心していたのが、隙を作った原因だろう。
ミラーが照準を俺に変えていたのである、おいおい……蹴り飛ばしたはずなのにそんなのありかよ。
俺はビームに直撃し、式場から強制退場させられた。




