少女の罠を見てみた
「……いたいた」
現場に残っていた臭いを頼りに村中を捜索していたが……ついに見つけたぞ。
村の若者、年はティールちゃんと同じか、ちょい上くらいか。
自警団の一人かよ、何やってんだって話だ。
真面目に訓練しているようだし、見た感じではあんなことをするようには見えないけど。
ま、聞き込みして証拠を掴めば終わりだな。
昨日、俺たちが像と祠を直して帰ってから、今日の朝までの彼のアリバイはないはず。
彼が祠に向かったところを見た人がいないか、聞き込みしよう。
ティールちゃんのことはガイがしっかりと足止めしてくれていたため、俺は捜査に集中できた。
結果、祠へと続く道を歩いているのを見たという目撃情報を入手。
自警団へとつき出す……前に彼本人にどうしてこんなことをしたのか聞いてみよう。
「……で、何で祠と像を壊したりしたんだ」
「何だよ、あんた。急に呼び出しておいて。村の人間じゃない余所者が」
自警団のリーダーっぽい人に事情を説明して呼び出してもらった。
訓練している場所と少し離れた所まで連れてきたまでは良かったんだけど。
随分ととがっているな、この年齢なら仕方ないかね。
ここは年上らしくぐっとこらえて、質問を続けよう。
「君が祠と像を壊したことはもう調べがついている。大人しく、反省して、申し出て欲しい」
「ふん、何のことだかさっぱりわからないな。もういいか? 俺は訓練に戻る」
「待てって、下手したら命に関わるぞ」
俺の静止も聞かずに自警団の方へと戻っていく彼。
無理矢理引き留めて良いものかと考えていたら、歩き出すのが遅れてしまった。
「着いてくんなって」
「いや、だから、まだ話は終わってないって」
「俺には話すことなんてねーよ」
聞く耳持たずか、どうするかね。
結局、自警団の所に戻ってしまった、休憩しているようで皆、腰を降ろしている。
「おい、サトヤ。お前に差し入れが届いてるぞ」
「俺に差し入れ?」
サトヤって名前だったのか。
自警団の仲間が彼にバスケットを手渡す。
「誰からだろ、母さんかな」
彼、サトヤには心当たりがないっぽい。
……嫌な予感がし、サトヤが蓋を開けた瞬間、首根っこを掴み、強引に後ろへと引っ張る。
「うぉっ!? くそっ、いきなり何を……」
サトヤが俺に対して悪態をつこうとすると、バスケットから勢い良く針が飛び出した。
蓋を開けると飛び出すように仕掛けが施されていたらしい。
俺が引っ張らなかったら、サトヤの手か、額に刺さっていただろう。
俺、サトヤ、彼にバスケットを持ってきた自警団の仲間三人とも絶句。
「……こ、これって」
「……君、ちょっとサトヤくんを借りていくから、自警団のリーダーに話しておいてくれ」
サトヤを一人にするのは危険だ、自分が狙われたってことでかなり動揺しているし。
どういうわけか、ティールちゃんはもうサトヤが犯人だと結論着けたらしい。
ガイは何をやってるんだよ、全く。
名も知らぬ自警団の青年を置いて、俺はサトヤくんを引きずるように連行し、ティールちゃんたちの所へ向かった。
「あれはダメだろ」
嗅覚強化で居場所を探知した結果、二人とも近くにいた。
バスケット渡してからそんなに時間がたってなかったからだろう。
早速、説教の時間に入ったわけだが。
「そんなことはありませんよ。あの薬は使っていません。ま……ガイさんに止められたので、軽い麻痺毒しか塗ってませんよ」
「ま、ま、麻痺毒……!?」
麻痺毒っていう単語だけで動揺しているよ、可哀想に。
「ティ、ティールが本当にこんなもん仕掛けたのかよ!」
名前を知っているのか、小さい村だし、全員がご近所さんって感じかね。
うーん……守り神様、守り神様って言ってはいただろうけど、サトヤの中でティールちゃんは体の弱い読書好きな女の子って印象だったんだろう。
久しぶりに帰ってきたら、罠と毒薬を使いこなすヤンデレ少女に進化してましたと。
「そうですよ。確か猟師の息子のサトヤさん」
「確かって……結構俺たち話してたよな」
「私に一方的に話すあなたの姿が記憶に残っています」
ティールちゃんと幼馴染みっぽいな、サトヤくんは。
この規模の村なら同年代は皆そうかもしれん。
ティールちゃんのあたりが強くてサトヤくんが可哀想に思えてくる。
祠の件が関係してるんだろうなぁ……って、それより。
「ガイ、お前なんでティールちゃんのこと止めなかったんだよ。あのバスケットの罠、俺が気づかなかったら、直撃してたぞ」
「……すまん。我輩も止めはしたんだが、聞かなくてな。眠らせようとしたんだが、ティールも我輩の手を理解しているらしく、眠らせたらもの凄く強力なきつけ薬を自分に注入すると言い出して……」
「まじかよ」
あの箱の中、危険な薬ばっかじゃねぇのか。
いや、武器にするなら生半可な効果の薬じゃ意味ないっていうのもわかるけども。
「さて……お喋りはこの辺にして守り神様の祠と像を二回も壊した償いをしてもらいましょうか」
「は……おい、何する気だよ」
本当に何をする気なのかわからなくて怖い。
でも、わかっているなら針は避けられるだろうし、薬品を直接かけるなんてこともしないだろう。
ナイフは作業用と言っていたし、振り回したとしても自警団で訓練しているサトヤには敵わない。
「私、ハピネスさんに魔法も教えてもらったんです。でも、使えるようになったのは、これだけでした」
ティールちゃんの指先に水泡が現れる。
水属性初級魔法、《アクアバレット》か。
本当に初級用の簡単に使えるようになる魔法で、その分威力も低い。
あれでどうする気だ。
「この水泡にこの薬品を混ぜて……完成です」
指先に浮いていた水泡の色が、紫に変わったぞ。
いやいや……ダメだってそれ!
「あとは標的に向かって撃ち出すのみです」
「逃げろー!」
俺が言わなくても、サトヤは既に走り出していた。
やばいもんだと察知したのだろう、賢明な判断だと思う。
「無駄です」
ティールちゃんは逃げるサトヤの背中に容赦なく、《アクアバレット》を撃ち込んだ。
当たったのは背中だ、口には入っていないから、薬の効果は発揮されないはず。
そう思っていたら、サトヤが急に咳き込んで足を止め、地面に座り込んでしまった。
「えっ?」
「直接口に入らなくても、あの水弾は着弾すると周囲に影響を及ぼします。影響を及ぼす範囲は狭く、薬の持続時間もあまりありませんが、足止めにはうってつけです」
さて、拘束しましょうとどっから取り出したのか、縄を持ってサトヤに近づき、さくっと縛り上げてしまった。
「ガイ……ちゃんと教育しろよ」
「我輩にどうしろと」
「どうにかしろよ」
「もう手遅れではないか?」
ガイに言われて俺は何も返せなかった。
その後、ティールちゃんに恐怖を感じたサトヤは自分がやったことをあっさりと認めた。
「つまり盗賊に村が襲われたにも関わらず、何もやらなかった守り神に腹を立てたと」
「……そうだよ。何のご利益もない、ただ不気味な怪物の像なんて村には必要ないと思ったんだ」
「成る程。……ティールちゃん、今は尋問中だからさ。悪いけどその針と箱はしまってくれるかな。つーか、尋問は俺一人でやるから、うん、その方が良いわ、絶対。ガイ、ティールちゃんを連れて自警団に説明でもしてきてくれ」
「うむ、頼んだぞ」
「離してください、守り神様。その愚か者にはまだまだ天罰が必要なのです。自警団に渡したところでどうせ、大した罰は実行されないはず。だったら私が今、後遺症が残らない範囲の最大限の苦痛を……離して、離してください、守り神様!」
「全く、ほら行くぞ」
聞き分けの悪いティールをひょいと持ち上げて、ガイは自警団の元へと向かった。
おいおい、ティールちゃん興奮し過ぎてガイのこと守り神様って呼んでたぞ、大丈夫かよ。
「ティールの目……本気だったな。俺、何をされるところだったんだろ……やべぇ、やべぇよ」
サトヤはそんなこと気にしている場合ではなかったらしい。
縄に縛られたまま、顔を青くして震えている。
……軽くトラウマになってないか、これ。
「まあ、あれだ。謝罪の言葉を用意して置かないとさ。俺は何にもできないから、悪いけども」
「……俺はさ、この村が好きなんだ。山と川しかなくて、畑だらけのこの村がさ。守りたいんだよ、だから、自警団に入ったんだ。……思い出したよ。あんた、聖母様と一緒にいた人だろ」
「覚えてなかったのかよ……」
俺もサトヤとあった記憶がないんだよな。
男の若者はほぼセシリアのところに行ってたから、仕方ないのかもしれないが。
……盗賊退治、頑張ったんだけどね。
「あ、す、すまん。俺は聖母様とあんたが来る前の盗賊の襲撃で重症を負っていて、意識不明だったからな。起きた時には馬車で帰る姿だったんだよ」
ちらっとしか俺の姿を見てなかったってことか。
「なら、仕方ないか」
「……なあ、ティールはまだ守り神に取り憑かれているのか。あの祠と像を壊せばさ、解放されると思ったんだよ。でも、帰ってきたと思ったらやっぱり守り神、守り神って。それで……」
「取り憑くねぇ……」
どっちかっていうと逆な気がするけど。
ティールちゃんがガイにべったりだからね。
取り憑くまではいってないから。
まあ、真実を話すわけにはいかないから、俺なりにまとめてみるかね。
「何はともあれ、ティールちゃんの思い出の地を壊したことに変わりない。しっかり反省すべし」
……誰だ、俺は。
その後、自警団が到着しサトヤは引き取られていった。
自警団のリーダーによると処罰は下すとのこと。
ティールちゃんが私に任せてくれませんかと目を輝かせて相談していたが、ガイによって阻止された。
本当にね、何をするかわからないからね。




