少女の怒りを鎮めようとしてみた
「……私と守り神様との思い出の場所が」
「お、おい、ティール」
「明らかに人為的な壊され方ですよね。魔物なら、ここまでやりませんよね」
「う、うむ……そう、だな」
ガイが助けを求めるように俺を見てくる、俺にどうしろと。
まあ、ささっと直すことくらい簡単だけど、それでティールちゃんの怒りが収まるかっていう話。
「これが本物の守り神様だったら……」
「いやいや、我輩とて、抵抗するぞ! そんなむざむざやられるようなことは」
「……しません」
「ん?」
ああ、ガイにはよく聞こえてなかったのか。
俺にははっきり聞こえたよ、許しません、ってな。
「許しません、許しません、許しません、許しません、許しません、許しません、許しません、許しません、許しません、許しません、許しません……」
目から光が消えて、ひたすらに許しませんと連呼。
やばいって、これ、誰がやったか知らんけど犯人に一刻も早く逃げてほしい。
ガイですら止められないレベルに至っている。
下手したら死人が出るんじゃないかって思うくらいだ。
オーラ全開のティールちゃんは周りが見えていないようなので、手招きしてガイを呼ぶ。
「どうするよ、これ。久しぶりに里帰りしたのに、里を滅ぼすんじゃねってくらいに怒り狂ってるんだけど」
「我輩の言葉をも聞かない状態だからな。眠らせるか?」
不都合があったら、すぐに意識を奪おうっていうことしか考えられないのか、この守り神様は。
「うーん……その方が良いか。村の安全を考えると……なぁ?」
仕方ないという結論になり、早速、ガイが魔法で眠らせようとティールちゃんに近づいたのだが。
「ふふふ……犯人を捕まえるまで私は寝ませんよ。シークくんに気付け薬をもらったんです。それがなくとも、抵抗しますし、例え寝てしまったとしても、私は諦めませんから」
「ティ、ティール……」
「あー……」
思っている以上、いや、想定内くらいに決意が堅い。
怒りを鎮めるのは厳しそうだ……となると。
「捕まえますか」
「おい、正気か、小僧!?」
「まあ、祠を壊したことって実際、悪いことだろ。村で管理してる物を勝手に壊したんだからさ」
なら、犯人探して村の自警団にでもつき出せば解決。
ティールちゃんが必要以上の追い討ちをかけないように、見張っていれば良いだけだ。
うん……本当に止めないと不味い。
シークのやつ、気付け薬以外にも何か渡しやがったな。
ティールちゃんは力がないから、それなりに戦法を考えないといけない。
多分だけど、シークは毒とか麻痺とかの症状を引き起こす薬を渡したか、知識を授けたかしたと思うんだよな……。
「俺たちの目の届く範囲でティールちゃんに協力しよう。危ないと思ったら止めに入ろうぜ……相手の命が。ここで無理矢理連れて帰ったりでもしたらさ」
「後日、何が起こるか……ということだな」
「そういうことだ」
ガイも俺の考えには納得してくれたようだし、さっさと犯人を見つけてしまおう。
早速、三人で村人への聞き込みをしたんだけども。
「祠も像も壊すなんて随分とまあ、罰当たりなことをしたやつがいたもんだ。……でも、ティールちゃん以外、あの祠に近づく人なんていなかったからなぁ。守り神様なんて言われてたけど、俺は信じてなかったし」
「そうですか。では、他の人に聞き込みします、ありがとうございました」
「ああ、言い方が悪かったか。気を悪くしたなら、すまんな」
「いえ、気にしないで下さい」
知り合いのおじさんに、目の光消して棒読みで話すってどうなんだろう。
去り際にすごく謝ってて、こっちが申し訳なかったわ。
「ティールちゃん、聞き方、聞き方!」
「なんですか、私は普通ですよ。ヨウキさんは大げさ過ぎます。……守り神様は私の味方ですよね?」
ここで違うって言ったらこの村は滅ぶんじゃないか。
選択肢次第ではバッドエンドへまっしぐらな質問だぞ。
「ティール、相手はわざわざ時間前を割いて協力しようとしているのだ。ああいった対応は良くないと我輩は思う」
バッドエンドの方、選択しちゃったよ。
今の状態のティールちゃんをガイが否定なんかしたら……。
「……そうですね。守り神様の言う通りですよね。次からきちんと、丁寧に聞き込みをします。守り神様、ありがとうございました。あっ、狩りが大好き四十年のバイクさんがいます。まだ、聞き込みをしていないので、聞いてきますね」
いつもの笑顔を見せたティールちゃんは、バイクという狩人目掛けて走っていった。
……ガイはティールちゃんの精神安定剤にもなるのか、覚えておこう。
「しかし、見つかるか? いつ、壊されたかもわからんのだぞ。目撃者もいなさそうで、早くも手詰まりではないか」
「嗅覚強化してもわかんなかったからなぁ」
俺なりにやれる手は試したのだが、犯人の物が残っていたわけでもないので、無理だった。
「……小僧、頼みがある」
「なんだ、名案か?」
「聞き込みは我輩とティールでやっておく。ただ、恐らく見つからんだろう。小僧には祠と像を新たに作って欲しいのだ」
「それでティールちゃんの怒りが収まるかどうかわからないけど、あのままにしておくよりはましだな」
思い出の地がいまや、残骸を残しているだけだからな。
完璧に直したら少しはティールちゃんの機嫌も良くなるかもしれない。
「よし、任せとけ。俺がガイの像も含めてきっちり作り直してやんよ。ガイはそうだな……デート気分で楽しんでいたら良いと思うぞ」
余計な一言を呟いてから、俺は来た道を戻る。
後ろからふざけるなと聞こえてきたが、照れ隠しだろう。
ティールちゃんと二人で村を歩くことは良いことだと思う。
村の人たちだって、体が弱いティールちゃんがいきなり出ていって心配したはずだ。
今では元気になり、がたいの良い恋人がいますってアピールも必要だろうさ。
「さて、久しぶりに俺の芸術性を披露しようじゃないか」
はりきった結果、俺が新たに作った像を見たティールちゃんに追いかけ回されたのは言うまでもない。
……久々だったから、すっかり忘れてたわ、自分のことを。
結局、犯人は見つからなかったが、祠と像を再建したので、ティールちゃんの機嫌もある程度治った。
うん、これでめでたしめでたし……と思ったんだけど。
翌日、帰る前にもう一度思い出の地へ向かったら。
「……絶対に許しません」
また、祠と像が壊されていた。
昨日直したばかりだというのに、早すぎる。
これには俺も怒りを感じた。
祠はともかく、像はティールちゃんが納得するまで何度も作り直したというのに、俺の苦労を返せ。
しかし、俺よりもっとご立腹な少女が横にいるわけで……。
「……まさか、依頼のために鍛えた技を故郷で使うことになるとは思いませんでした」
鞄からナイフ、糸、針、そして箱を取り出したティールちゃん。
……なんだろう、ものすごく危険な香りがする。
「おい、ティール。それは一体なんだ」
「これですか。ナイフは作業用の物です。糸と針は罠を作るために使います。そして、この箱はですね」
箱を開けると中には粉末、錠剤、液体と様々な薬が入っていた。
これってまさか……。
「シークくんと相談して、作成した様々な効力を持った薬です。私の武器ですよ。今回はこの液状の薬を使います。まずは犯人の素性を調べて、周辺に作動すると薬を塗った針が刺さるような罠を……」
「待て待て待て待て!」
真顔で淡々と怖い説明をしないで欲しい。
薬って小瓶に入ってる、どろっとした濃い黄色のやつだよな。
明らかにやばそうなやつなんだけど。
「大丈夫ですよ、ヨウキさん。殺傷能力はありませんから。ただ、三日くらい、身体中の痒み、涙、鼻水が止まらなくなって、ものすごく酸っぱい物を好むようになるだけです」
「死ななければ何したって良いってわけじゃないからね!?」
シークのやつ、危険な薬セット渡してんじゃねーよ。
持たせたらダメなやつだろ、これ。
他にも効果がやばそうな薬がたくさんあるけど……聞かないでおこう。
「ティール、いくらなんでもやり過ぎではないか」
「何を言ってるんですか、守り神様。二回目ですよ、しかもせっかくヨウキさんが直してくれた翌日。これは完全に狙ってやったことです。悪意があるんですよ! 相手がそれなりのことをしたんだから、こっちもそれなりのお返しはしないと……」
ガイの言葉ならと思ったが、今回の件で完全にぶちきれたようだ。
一人でやらせたら、どえらいことになるぞ、これ
とにかく、犯人を先に保護した方が良さそうだ。
昨日か今日の朝の犯行なら、犯人も絞れるしな。
ガイにここは任せたと目配せしてから、俺は村に向かった。




