守り神の相談に乗ってみた
セシリアの激しく、厳しいダンスレッスンの翌日。
鍛えているとはいえ、慣れない動きをしたせいか、疲れが抜けきっていない俺は新居の片付けが完璧でないにも関わらず、横になっていた。
「ああー、終わんねーよー。小物類を買ってこないといかんのに、外に出るのがな。何故、こんな事態になっているんだか」
引っ越したは良いものの、中々作業が終わらない現実。
こういう時に限って、訪ねてくる人が多いという話。
なんだか、今日も誰かが俺を頼りにしてくるんじゃないかという予感が……。
「いやいやいや……俺の力なんてたかが知れてるって、ユウガやハピネスは事情があったし」
そんなことを言ってると、扉を叩く音が聞こえてきた。
まさか……いや、あれだよ、あれ。
「すみませーん。訪問販売は遠慮しときまーす」
「我輩だ、小僧!」
ああ、やっぱり知り合いだったか。
ガイにはこの前、世話になった……まあ、結果的には茶化しに行っただけだけど。
緊急の用事かもしれない、慌てているようだしな。
重い腰を上げて、扉を開ける。
「どうしたよ」
「大変なことが起こった。ティールがな……」
「ティールちゃんがって……何があったんだよ!」
「ティールが……冒険者になると言い出した」
ガイの言葉に唖然とする。
冒険者って、身体が弱くて一度も武器を持ったことがなさそうなティールちゃんがか……無理だろ。
「それは不可能、難しい、冒険者嘗めんな、それをお前がきちんと説明すれば良い。一人の少女を死なせるような選択肢をガイ、しっかりと潰すんだぞ。じゃあな」
「おい、待て。我輩を帰そうとするな。我輩だけでは解決するのが困難だと考えたから、小僧に会いに来たのだぞ」
扉を閉めようとしたら、足を入れられた、質の悪いセールスマンかよ。
簡単に説得できそうなもんだと思うけど、ティールちゃんだからな、行動力が凄まじいからね、あの娘。
ガイのためなら何でもやるからな、ちょっとやそっとじゃ止まらないか。
「……わかった。詳しい話を聞こう」
閉めようとしていた扉から手を離して、ガイを家に入れる。
座り心地重視で選んだソファーに座らせて、話を聞いた。
最近、静かだと思ったらガイにばれないように着々と準備を進めていたようだ。
シークに許可を貰い、鍛えられる範囲で身体を鍛え、魔法の勉強もしていたと。
「いやいや、鍛える、勉強するって言ってもさ。そんな簡単にいくもんじゃねぇだろ。身体が弱くてベッドに寝ていることが多かったなら、体力も魔法の教養もないしさ」
「小僧もそう考えるだろう。だが、あの屋敷にはティールに力を貸している者がいる。……全員、小僧の知り合いだ」
「あっ、まさか……」
シークとハピネスが稽古をつけているのか。
あいつらが協力しているなら、ティールちゃんの努力次第で……。
「メイド仲間と庭師見習いの子ども、そしてメイド長……だったか。仕事や身体に支障がない程度に鍛えられているようだ」
「ソフィアさんまで協力してんのかよ!」
あの人が監督しているなんて、ティールちゃん大丈夫か。
色々とソフィアさんは最強だから、しごきも相当なものだろうに。
「しかし……なぁ。きついだろ、それでも」
「ああ、その通りだ。ティールを危険な冒険者になどさせてなるまい。しかし、冒険者登録というのは基本、誰でもできてしまうだろう」
「死んだら自己責任ってやつだからな」
「ティールを依頼になど連れていけるか。どんな危険があるかわからんのだ。内容によっては野宿もあり得る。食うものに困る時もある。依頼中に別のトラブルが発生して身の危険にさらされることも……」
「過保護か!」
「煩い、過保護でも何でも構わん。小僧も無理だと考えているなら、説得に協力しろ。我輩だけでは手に負えん」
ティールちゃんの気持ちは話を聞かなくても分かる。
ただ、今回は全面的にガイへ協力するべきだろう。
だって、無理だって絶対。
ガイのための根性なら誰にも負けないティールちゃんだけど、それだけでやっていけるものではない。
「行くぞ。むざむざティールちゃんを死地に送るわけにはいかない」
「助かる。行くぞ。急がねば手遅れになってしまう」
ガイと共に俺は家を出た。
俺は走った、急かされるままに、ガイを追い抜かないよう絶妙の速さで。
こんなに必死なガイは……何度も見ているか。
しかし、手遅れって言い方はなぁ。
ギルドの職員が気をきかせて登録するのは保護者同伴とか、そんな感じで引き留めてくれないかね。
「何っ、出掛けただと!?」
「はい、ティールなら今日は休暇を取っておりますので」
ソフィアさんに聞いたら既に出掛けた後だった。
まあ、休みなら出掛けていても不思議じゃない。
ガイはどうしてこんなに驚いているんだ。
「ぬうぅ、小僧の家に行く前に眠らせたはずなのだが……」
「お前、何やってんの!?」
こいつすでに実力行使していやがった。
〈ナイトメア・スリープ〉を使ったんだろう。
ガイがどれだけ必死かがわかるな。
「……屋敷のメイドに何かよからぬこと行ったのならば、いくらヨウキ様の知り合いとはいえ、見逃すわけにはいかないのですが」
「へ……いやいや、こいつティールちゃんの知り合いなんですよ。なんか、ティールちゃんがすごくなついていて、こいつがあやすとすぐに寝ちゃうみたいで」
「……こちらの方が屋敷を訪れたのは今日、初めてのはずですが」
「……」
冷や汗かきながら、必死に言い訳したのが完全に裏目に出たぞ。
どうしようか、これ。
このままではガイが屋敷に不法侵入してティールちゃんの意識を奪った鬼畜野郎になってしまう。
何か手はないか……と考えていたら、ちょうど良いタイミングでハピネスとシークが来たじゃないか、よし。
「おーい、ハピネス、シーク」
二人を呼んで話を合わせろという視線を送った。
付き合いが長い俺たちだ、目だけの合図で連携が取れる。
上手く口裏を合わせたら、この状況を打破できる。
「さっき、この大男が来たよな。出掛けようとしていたティールちゃんと偶然会って、その辺で話していたらティールちゃんが寝ちゃって、そこを偶々通りかかったお前らが屋敷にティールちゃんを運んでくれたんだよな」
な、と語尾を強めにして聞くとハピネスは目を細めて俺の表情を伺う。
理解したという合図か、鼻で笑いやがった。
イラっとはしたが、理解したなら言いさ、口裏を合わせてくれるだろう。
あとはシークだが……。
「わー、おっきい~。この人、隊長の知り合いなの~?」
早速、問題が発生した。
明らかな初対面です発言に唖然とする。
ソフィアさんの目が益々、不審者を見る目になった。
いきなりフォローが難しいじゃねぇか、どうすんだよ。
「……シーク」
「な~に、ハピネス姉」
「……ひそひそ」
ひそひそと口に出すのが合図だったのか、何やらシークの耳に吹き込んでいる。
ここはハピネスを信じるしかない。
「……あ~、そうだ。ティールちゃんの知り合いさんだね」
「……格好」
「そ、そうだな。さっきは別の服来ていたから、シークのやつ勘違いしてたんだな。全く、ちゃんと人の顔を覚えなきゃ駄目だぞ、シーク。失礼になるから気を付けろよ」
「……こちらの方は仮面を被っていますが」
「あ、それは複雑な事情があるんです。こんな格好をしているのにも理由が……」
あと俺作のガイの出生話を披露すれば大丈夫なはず。
「そういえば、前に隊長がティールちゃんのヒモって言ってたよね。どういう意味なの~?」
ピシッとこの場の空気が凍った音が聞こえた。




