仮面舞踏会に参加してみた
セシリア先生による、容赦ないダンス指導により、俺はどうにかこうにか踊れるようにはなった。
いや、上手いとはお世辞にも言えないレベルだが、少なくとも相手に迷惑はかけないであろうくらい。
舞踏会前夜まで練習に付き合ってくれたセシリア。
楽しんでくるのは良いですが……信じてますからねと言われた。
うん、踊れるようになったけど、食い物片手に壁と友達になっていよう。
俺はそう決心して、会場へと足を向ける。
レイヴンたちはもう来ているのかね。
「あの、お客様。今回のパーティーでは仮面の着用が義務付けられておりまして」
「ちゃんとつけてるじゃないか」
「はい、その……そちらの仮面でご参加されるということでお間違いなかったですか」
「何を言ってるんだ。わざわざ付け替えるわけないだろう」
「はい、大変失礼しました。どうぞ、今夜はごゆっくりお楽しみ下さい……」
「ああ」
すんなりと会場に入れると思っていたんだけどな。
セシリアにどんな仮面をつけて行くべきか聞いとくんだった。
とりあえず、口は見えるようにしたんだけど、テーマが不味かったかな。
目力のある凛々しい目、長く伸びた鼻、赤い色をモチーフにした男らしさ溢れる仕上がりにしたんだけどな。
やっぱり、天狗はダメだったのかもしれない。
視線がやたらと向けられてはひそひそと話されている始末だ。
これは早々に壁と友達になろう。
飲み物を持って、壁に寄りかかり人間観察を始める。
お忍びで来ている貴族、使用人との禁断の恋、不倫、浮気相手と来ていたりと事情は様々なのだろうな。
舞踏会を楽しむってのは、ああやって踊っていることなんだろうけど。
お酒を飲んでおつまみをつまんでいる俺ははたして楽しんでいると言えるのかね。
「失礼」
「うん、俺、でしょうか?」
一人で酒を楽しんでいたのだが、話しかけられるなんて思っていなかった。
話しかけてきたのは、紫色のドレスを纏った女性だった。
いや、小柄だし少女とも言えるような年頃にも見えるが……こんな場所に来ているのだから、酒を飲めるような年齢なんだろうな。
「はい、ずっと壁に寄りかかっているようですが、もしかして、お一人ですか?」
「まあ、パートナーはいないですね」
セシリアも来ていないし、知り合いは二人で楽しく踊っているだろうからな。
この女性もパートナーがいないのかね、仮面で隠れていて顔はわからないけど、綺麗な髪をしている。
口元しか見えないが仮面を取ったら美少女だ、間違いない。
「よろしければ一緒に踊りませんか?」
「えっ、俺とですか。パートナーはいないんですか」
「ええっと、いるにはいるんですけど。この会場のどこにいるかわからないんです」
「はい?」
事情を聞いてみたんだが、彼女のパートナーはどうもアホなのかもしれない。
お互いの格好を知らないまま、別々の時間帯で会場に入り再会しようと約束して、この舞踏会に参加したんだとか。
「予想以上に会場が広く、参加者も多くて中々見つけられないんです。このまま時間が経つのも勿体ないですから。こんな理由では踊ってくれませんか?」
目の前の少女の要望に答えるべきなのだろうか。
踊ったらセシリアを裏切ることになるよなぁ。
でも、このまま踊らずに壁と友達になったまま舞踏会を過ごしたら、セシリアとのダンスレッスンの意味がなくなる。
それはそれで裏切りになるよなぁ……どうしよう。
彼女にはちゃんとしたパートナーがいるみたいだし、少しだけ相手をするだけなら、いいか。
「ダンスはあまり得意ではないけど、良いかな」
「はい。私も最近教えてもらったばかりなんです。足を踏まないように気を付けます」
「それは俺もだな」
「私たちって似た者同士なんですね」
くすっと笑う口元が見えた。
境遇は似ているかもしれないな。
他にも共通点がありそうだが、あまり詮索するのはよそう。
今夜限りの関係であまり親密になることもないだろうから……。
大体、親密になってしまったらダメだろ。
それは違う、絶対に違う。
俺は偶々知り合った正体不明の少女と踊っているだけだ。
音楽に合わせて、ミスをしないように心掛けながらな。
「こういったパーティーには初めて参加したのですけど、思った以上に楽しいんですね」
「俺も来る予定じゃなかったんだけどな。思いの外、楽しんでる自分がいるよ」
「本当はあなたにもパートナーがいるんですよね?」
踊りながら、質問される。
どうしてわかったんだろうか、いや、あくまで質問されただけ。
隠すこともないな、俺も彼女にパートナーがいるって話を聞いたし。
「今日は都合がつかなくて、来れなかったんだ。それなのに、行ってこいって言われてさ。踊りも彼女に教えてもらった」
「そうなんですか。お互いに大変ですね。私も外に出たいと話したら、このパーティーの話を持ってきて……踊りを覚えるのすごく大変でしたよ」
「俺も踊りなんて初めてで……」
世間話が思った以上に弾んだ結果、休憩しようと提案し壁際で飲み物片手に談笑する。
仮面舞踏会なのに、やはり俺はこうやって話すのが合っているらしい。
スーツを着た天狗が少女と仲良く話すという光景はシュールだろうけど、周りは気にせずに自分たちの世界に入っている。
人のことなんて気にしているのは最初だけってことだな。
皆、楽しむために来ているんだから。
まあ、それでも俺たちに近づいてくる人はいるわけで……。
「……おい」
「あっ!」
声をかけてきたのは仮面を被ったレイヴンだ。
顔は隠れているんだけど、声を聞いたらわかるな、やっぱり。
ハピネスも身の丈にあった淡いピンク色のドレスを着て、仮面をつけている。
今、到着したばかりなんだろうな、踊ってる最中見かけなかったし。
「よく、気づいたな」
「……いや、どう見ても、な」
「……変」
「なんだ、駄目かよ、この仮面」
天狗の良さが分からないとは……いや、無理か。
俺も半分悪ふざけでこの仮面選んだからな、うん。
まあ、自分で手作りしたんだけどさ。
「……仮面はともかく、隣の女性は?」
「……浮気」
「おい、失礼だろ。パーティーで知り合ったんだよ。それで、お互いに話が合ってさ。一曲踊って、話してたんだ」
浮気とか誤解を生む発言は自重してもらおうか、ハピネス。
ここが舞踏会会場じゃなかったから、問答無用でアイアンクローを決めているところだぞ。
「あ、どうも、初めまして。お知り合いですよね。実は私から声をかけたんですよ。事情があってパートナーが……」
レイヴンとハピネスも俺が聞いた話を説明された。
「……成る程な、そういった事情なら、安心したぞ」
「……疑惑」
「お前マジでもう黙れよ」
失礼になるから止めろっつーの。
ただ、ダンスの相手をしてもらっていただけだから。
彼女にもパートナーがいるしさ。
「えっと、仲が良いんですね」
「あー、まあ、こっちとは腐れ縁みたいなもんかな。悪ふざけが好きで精神的にまだまだ子どもなんで、失礼なこと言うかもしれないな。申し訳ない」
ハピネスの頭を天狗の鼻でつついてやる。
少しは反省をしろという意味を込めてだ。
こういう時はレイヴンに注意してもらいたいんだけどな。
俺が頭をわしわしするわけにもいかない。
だから、天狗の鼻でつつくと。
イラっとしたのか、すぐに片手で払い除けられたが。
「本当に仲がよろしいんですね」
俺とハピネスのやり取りを見て、笑っている。
日常茶飯事だよ、こんなの。
……そろそろレイヴンからの視線が痛くなってきそうだから、止めるけどさ。
「ははは、まあ、いつもこんな感じなんで。それより、パートナーは見つからないですか?」
そろそろ、パーティーも中盤に差し掛かる頃だ。
さすがに彼女のパートナーも入場していると思うんだけど。
周りをキョロキョロと見渡したら、なんか目立つ格好をした人を発見したんだが。




