恋人のことを考えてみた
カイウスが帰った翌日、俺は修羅場に陥っていた。
「ヨウキくん、急に呼んでごめんなさいねぇ」
「い、いえ、予定は空いていたので気にしないでください」
セリアさんに急な呼び出しをくらったわけで、屋敷に来たわけだが……使用人の視線がどうも冷たい。
または廊下を歩いているだけでひそひそ話をされる始末。
さらにセリアさんの表情なんだが……あまりよろしくない。
オーラ的なものが見えるのでとりあえず正座をしている。
「あら、そう。楽にしても良いのよ?」
「いえ、このままでお願いします……」
言葉に覇気が感じられる、俺死ぬんじゃないだろうか……。
命の危険を感じているとセリアさんの口が開いた。
「実はねぇ、ヨウキくんが女の子と人気のない通りに入って、これまた人気のない建物に入っていったのを見たって人がいてね」
セリアさんが笑顔で淡々と話してくる内容は……やばい。
正座したまま冷や汗が出てきた。
動揺しているのがばればれなわけだが、セリアさんはどうしたのと頭を傾げる。
「あら、ヨウキくん。汗が出ているけど、やっぱり正座は辛いんじゃない。椅子に座っても良いのよ?」
「い、いや、このままで……」
「そう。なら、話の続きね。それで建物から女の子だけ出てきたらしいんだけど。水浴びをした後みたいで、すごくすっきりした表情で帰ったみたいなのよねぇ」
冷や汗の量がさらに増える、セリアさんの表情がどうなっているかはわからない。
恐れ多くて顔を見ることができない、どうすれば良いんだろうか。
そもそもどこから情報が漏れたんだ、通りに入っていく時は警戒していたはず。
建物に入ってからも続けていた、シケちゃんとの話に夢中になって警戒を解いてしまった時もあったかもしれない。
でも、そんな都合の良いタイミングで建物に近づいてきたやつなんてあの時……。
「この情報全部、棺桶を背負った人が私に伝えていったんだけど合っているのかしら?」
カイウスゥゥゥゥゥゥゥゥ、何をやってくれてんだぁぁぁ。
あいつさらばだとか言って爽やかに帰っていったと思っていたら、とんでもない爆弾を落としていきやがったぞ、おい。
俺がそういった行動をした経緯を知ってるはずなのに、何故、こんな誤解を生むような真似をしたのか。
いや、冷静になれ、俺、カイウスしか見てない情報なのは確かだ。
他には絶対に目撃者がいない以上、不本意だがごまかすという手段も残されては……。
「私は嘘だろうって思っていたんだけど、昨日、休暇を取っていた使用人がね、見知らぬ女の子と歩くヨウキくんをカフェで見たっていうことなんだけど」
最早、ごまかしが効かないくらいの証拠が揃っている。
使用人の視線が冷たかったのはそのせいか。
やばい、やばいぞ……この状況はとてもやばい。
事情を説明しようにも状況的にもシケちゃんが人魚だってこと前提で話さないと無理だろう。
人魚だってことを抜くと……知り合いが具合悪くなったので休ませるために水浴びができる場所に連れていった。
人気のない通りの人気のない建物に入って、そして知り合いの悩みを聞いていただけだと……駄目だ、無理がある。
「そ、そうだ。セシリアもその子とは知り合いでして。セシリアに聞けばその子と俺はそういった関係ではないと証明が……」
「あら、付き合い出したばかりの恋人が別の女の子とそういった関係だっていう可能性がある。……そんな話をセシリアと私とヨウキくんの三人でするの? この部屋で?」
セリアさんの言葉に色々と真っ白になる俺。
そうです、その通りです、呼べません、だけど、本当にそういった関係ではないし、何もしてないんです。
でも、俺の潔白を証明するにはセシリアを呼ぶか、真実を話すかだ。
シケちゃんを呼ぶという選択肢もあるか……いや、より話が複雑になって噂が拡大するだけだな。
ああ、まじでどうしよう、頭から煙が出そうだ。
「ふふ、そろそろ意地悪は止めようかしら」
「えっ?」
俺の気の抜けた声と間抜けな顔を見て、さらにセリアさんはふふふと笑っている。
……どこまでだ、どこまでが意地悪なんでしょうか。
抗えない事実が放り込まれているので、どうにもならないとパニックになっていたんだけど。
「今話していたことはすべて真実、目撃情報もあるし、ヨウキくんの反応も含めると間違いないわよねぇ。……でも、それだけでしょう?」
「そ、それだけとは……」
「あらあら、私、最後まで言わなくちゃいけないのかしら」
「い、いえ、理解しました。すみません、それだけです。あとは相談にのっただけなんです」
勢い余って土下座をする、見苦しいというか、なんというか……必死すぎる気もする。
しかし、許されたとはいえども見せるべき誠意というものがあるんだ。
「私の娘が選んだ人ですもの。心配してないわ。それに……そういうことする人って、私なんとなくわかるから。初対面の時にこうしているわね」
人差し指と親指を重ねてすっている……なるほど、潰すということですね。
ほっとした直後、一気に顔を青ざめている俺をよそにセリアさんは話を続ける。
「大体、ヨウキくん、セシリアのこと大好きでしょう」
「ぶふっ!?」
「あのヨウキくんが浮気なんてありえないわよねぇ。セシリアのこと好きで好きでたまらない、あのヨウキくんが……」
「あ、あの、セリアさんすみません……」
俺が本当に勘違いされるような行動を取ったのは大変申し訳ない……たがら、許してもらえないだろうか。
「どうしたの、ヨウキくん、セシリアのこと好きでしょう?」
「は、はい。好きです!」
「愛してる?」
「愛してます!」
恋人の母親に胸を張って何を言っているんだろうか俺。
だが、事実だ、嘘ではない、俺の正直な気持ちなんだが……恥ずかしくなってきたよ。
「ヨウキくんの気持ちを再確認したところで話すけどね。私はヨウキくんのことを知っているから、わかるけど。使用人たちはそうもいかないのよ」
ごめんなさいねと言われても、使用人たちの不安はもっともだ。
反論できない、俺に悪意がなかったとしても……。
「セシリアと付き合うなら、些細なことでも噂になるって覚悟していて欲しいわ。有名だから、その分目立つ……一緒にいるヨウキくんもね」
「俺のセシリアの風聞が悪くなったりするということですね」
「そこまで言っているわけじゃないのよ。でも、気を付けてね。どこに目があるかわからないから」
「はい……」
セリアさんとの話を終えた俺は屋敷を出た。
やはり、使用人の視線とひそひそ話はあったが気づいていないふりをした。
背中にざくざくと刺さっている感はあったけど、何をしても裏目に出ただろう。
「はぁ……」
良かれと思ってしたこと……いや、俺はいつも通りだったはず。
知り合いの話に首を突っ込み、相談受けたり励ましたり……励まされたり。
普段やっている俺の行動、場合によってはセシリアにも飛び火がいくかもしれないんだ。
俺は……変わるべきなのか……。
「……ヨウキ」
「あ、レイヴン……」
前から歩いてきたみたいだけど、全く気がつかなかった。
考え事をしていたせいか……俺、駄目だな。
「どうした、何かあったのか。暗い表情をしているな、……ちょうど、昼食を取るために昼休憩に入ろうと思っていたところだ。付き合ってくれ」
「ああ、ありがと」
気を遣ってくれたんだろうなと思いつつ、近くの飯屋に入る。
昼時なので込み合っていたが、空いてるテーブルを見つけて座り、適当に注文をした。
「……どうしたんだ」
「ちょっと、自分の立場がわかっていなかっただけさ」
これだけでは説明不足、レイヴンも頭にはてなを浮かべている。
しかし、すべてを語りたくはないんだよな、そんな気分。
だから、俺は逆に質問してみる。
「レイヴンはさ、ハピネスのことでしっかりと悩んでいるよな」
「……ああ。だから、ヨウキに相談したんじゃないか」
「そうだよな。俺って……」
予定がどうか、体調が悪くないかなんて考えていることは付き合う前と一緒で……レイヴンはハピネスと付き合い出してから、悩みが増えている。
俺は何か変わっただろうか、変化のない日常を過ごしているだけではないか。
好きだ、愛してる……言葉だけで行動に移せていない自分がいる。
これでは、ダメなのでは……。
「セシリアと何かあったのか……?」
「あった……いや、何もないよ。何もなく代わり映えない。そう、平凡なことしか」
「……何もないのか。珍しいな。ヨウキはいつもセシリアを巻き込んで、何かしている印象がある。失敗したかやり過ぎたかの理由でセシリアの逆鱗に触れたのかと」
「俺の印象って……」
いつもセシリアを困らせているということか、それは。
その辺も意識して改善していかなければならないのかな。
「……セシリアとヨウキはそんな感じだろう。俺とハピネスとは違った付き合い方をしているじゃないか」
「それは……付き合う前だろ。今は付き合っているんだしさ。変わらないと」
「……俺はハピネスにとって重い彼氏になっていないかと悩み、変わらなくてはと考えた。だが、付き合いだしたからという理由で変わらなくてはならないのか?」
「そりゃ、セシリアの立場もあるだろ。そう考えると……俺も相応のさ」
男にならないといけないじゃないか。
厨二を封印して、周りの目を気にして、貯蓄も増やして……。
理想の自分像を脳内で描いていると、頭に衝撃が走った。
レイヴンにチョップをされたらしい。
「いてっ」
「……俺はヨウキに助言を沢山もらったからな。今回は俺からしよう。セシリアを理由に自分を変えすぎるな」




