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人魚の話を聞いてみた

「確か……ヨウキさん、でしたよね」



「うん。合ってる合ってる。今日はレイヴンと一緒じゃないんだな」



俺はしっかり覚えていたけど、シケちゃんは俺のことをうろ覚えか。

まあ、好意を持った男との出会いの記憶に違う男はいらないということさ……。



「はい、メモ剣士さんは仕事で……あっ、えっと、なんだか名前を覚えていないみたいでしたね、すみません。助けてもらったのに失礼ですよね」



表情に出てしまったのか、気を遣わせてしまったみたいだ。



「いやいや、大丈夫だって。この前会った時に誰だこいつみたいな反応してなかったしさ。それで、今日は一人?」



「ありがとうございます。はい、せっかくこうして町に来ているので観光したくて。メモ剣士さんは心配していましたけど、私、一人でも平気です」



今は変身していて人の姿、誰も人魚だなんて思わないだろう。

しかし、万が一ということもあるのではないかね。

まあ、ミネルバは騎士団が見回りをしていて、治安は良いからな。



喧嘩に巻き込まれるとかはありそうだけど、拐われたりはしないだろう。



「そういえば、さっきミサキちゃんとすれ違ったけど」



「ミサキは勝手に着いてきたんです。本当は私だけ来るはずだったんですけど。話を聞いたら着いてくるって聞かなくて……メモ剣士さんもハピネスさんも一人じゃ心細いだろうから良いだろうって」



「でも、実際にはミサキちゃんは単独……ではないけどシケちゃんとは別行動していると」



「メモ剣士さんが信頼できて理解のある部下を護衛兼案内役として着いてもらうと言っていたんですけど。大丈夫かな、ミサキ。迷惑かけていなければ良いんだけど」



ミサキちゃんが悪いわけではないが、デュークはそこそこ修羅場な状況になっているけどな。

それを伝えたら、ミサキちゃんの所まで行ってしまいそうだし、止めとくか。



「その部下ってのは俺も知ってる。どんなトラブルも大抵のことなら任せられる、とても頼りになる奴だから、心配しなくても良いよ」



「え、でも……ミサキだからなぁ」



「大丈夫だって、俺も頼りにするくらいだからな。俺よりも全然しっかりしていて、定職もついていて、応用力があって……」



自分で言っていたら悲しくなってくるくらいに差があるよな、全く。

俺ってやつはいつも何をやっているんだかと思うと。



「……あ、あの、ヨウキさん。段々と遠い目になっていますけど。……わ、私の声は聞こえてますかー!?」



「うわっ、あ、すまん。つい考え事をしてしまった」



こういう所も俺の改善すべき点なわけで……なんて言ってる場合じゃない。

大きな声を出したくらいで、やたらと呼吸が荒くなっているがシケちゃん、大丈夫。



顔も青くなっているような、いかにも気分が悪そうである。

え……これって俺のせいだろうか。



「す、すまん。俺が何か気分を害することを……」



「いえ、違うんです。すこしくらっとしただけで……あの、この辺で水を飲める場所はありませんか?」



「水ならこの近くなら……あそこだな。案内するよ」



「お願いします」



シケちゃんを連れて俺が向かった場所はというと。



「お待たせしました。どうぞ」



「こちらも是非……当店のサービスです」



来たのはアミィさん……とマッチョパティシエ、アンドレイさんのケーキ屋。

まだ、水しか頼んでないのにサービスって大丈夫なのか。

つーか、フリフリ白エプロン以外に持ってないのかよ。



アミィさんも大変だな、接客しながら兄の監視をしているようなものだし。

厨房へと消えていくアンドレイさんは良いとして、問題は目の前のシケちゃんだな。



「回復はしただろうか」



「は、はい。水を飲んだら楽になりました。それで、これは……」



シケちゃんが凝視しているのはアンドレイさんがサービスで置いていったケーキ。

また試作品を配っているのだろう。



「ああ、安心して食べてくれ。悔しいけど、美味いから……さ」



「そ、そんな代金も払っていないのに……」



渋るシケちゃんの声が聞こえたのか、目をキラーンと輝かせたアンドレイさんがやってきた。



「お客様、私はまだまだ修行中の身でありまして、自分の作った菓子に値段をつけられる程の自信が恥ずかしながらありません。ですから、こうしてお客様が笑顔になれるような菓子を日々研究しているのです」



熱く語っているんだけど、フリフリ白エプロン……。

アミィさんは接客中でこっちに来る余裕がない。

悪いことをしているわけではないから、止める必要もないけども。



「もしこちらの菓子がおきに召さないようでしたら、他にも数種類、試作品の菓子がございますが」



「い、いえ、これ食べます。すみません、失礼でした」



ペコペコと頭を下げたシケちゃんはなんと、ケーキを一口で食べてしまった。

美味しいと満面の笑みで口を動かして、うっとりしている。



ああ……アンドレイさんがいる前でそんなことをしたら……。



「どうぞ、こちらも試作品でございます。是非、お召し上がり下さい」



「え……でも」



「サービスですから」



白い歯をキランと輝かせた営業スマイルを見せられたら、シケちゃんも断れないのか、出されたケーキを頬張っている。



一方の俺はさっさと席から離れて、売られているケーキを吟味しているのだが。



「やっぱりああなるよな」



「兄は自分の作ったケーキを美味しそうに食べているお客様を見るのが大好きなんですよね……」



アミィさんと話しながら、二人の行く末を見守る。

シケちゃんも随分と美味しそうに食べるな、ケーキを食べたことがないのかね。



女の子だし、甘いものには目がないか……でも、サービスって言われもな。

もう五個目を平らげているぞ、水だけが目的だったのに。



「アミィさん、会計お願い。あっちのケーキの分も頼むよ……」



あれでは明らかにサービスの域を越えている。

いくらなんでも無償というわけにはいかんだろう。



「いえ、大丈夫ですよ。兄がサービスと言ってお客様にお出ししたんですから、代金は受け取れません」



「いや、でもさ、あの量は……」



「しっかりと兄のお給金から引いておきますから」



「あ、そう……」



可愛らしい営業スマイルできっぱりと言い切られたので、これ以上のことは言えなくなった。



まあ、本人が良いなら良いのかね。

ちらりとテーブルを見るとまだ食べているシケちゃんがいた……少しは遠慮しようぜ。



そして、試作品をどんどん持ってきているアンドレイさんの姿もあった……試作品、作りすぎじゃねぇのか?



ツッコミにいったのは俺だけでなく、アミィさんも一緒だ。

厨房へと消えていくアンドレイさんを見送るとシケちゃんもようやく正気に戻った。



「あっ、私……食べ過ぎですよね。どうしよう、美味しくて、つい」



「ま、まあ、お菓子とか食べたことが無かったんだよな。女の子は甘いものを好むもんだし」



ただし気にするなとは言わない。



「お、お金を払わないといけないですよね。沢山、食べちゃったし」



「あ、大丈夫大丈夫。サービスなんだからさ。それにシケちゃんお金は持ってる?」



気になっていたところだ、レイヴンが渡したって可能性もあるけどさ。

俺が疑問に思っているとシケちゃんがポーチから財布を取り出した。



「心配しなくてもお金はありますよ。この日のために稼いだんですから」



「え?」



「ミ、ミサキがですけど……」



語尾が小さくなっていったのは仕方ないな。

自分で稼いだんじゃねーのかよっていうツッコミは一旦置いといて。



「ミサキちゃんでもびっくりなんだけど……何をやってんの?」



誘拐されそうになったというのに……トラウマをものともせずに働いていると。

どこで何をしているのか、近況を誰にも聞かれないようにこっそりと会話する。



驚いたことに事件があったあの港町フリメールで働いているらしい。

酒場でウエイトレスでもやっているのかと思ったら、なんと船乗りの手伝い。



持ち前の明るさで屈強な船乗りと意気投合し、上機嫌で楽しみながら働いているらしい。

なんか熱く海を語る船乗りと競り合うように仕事をしているとか……

多分、知ってる顔な気がする。



「ミサキちゃん、パワフルだな。本人が楽しんでいるなら良いんだけども」



「はい。私はすごく心配なんですよ。力仕事をしているみたいだし、怪我をしないかなって思ったら……もう」



「友達思いだなぁ、シケちゃん」



「ミサキには敵いません。私にこうしてお金を貸してくれて、背中も押してくれたんです。大切で大好きな親友……」



「着いてきたことに関してはご立腹だったみたいだけどな」



「だって、それはそれで……」



そこを突っ込むのは意地悪だったかもしれないな。

ミサキちゃんに着いてきて欲しくなかった理由があるんだろう。

勝手に着いてきたから怒るなんて、今の話を聞く限りないな。



「悩みがあるのではないかね?」



お兄さんに相談してみなさいと言わんばかりにふんぞり返る。

応援は難しいが相談くらいには乗るさ。



せっかくミネルバまで来たのだ、しこりを残して帰るっていうのはな。

しかし、シケちゃんからの返答はとても沈んだ表情での拒絶。



「……ヨウキさんには分かりませんよ。私の悩みは」



どうやら、シケちゃんの悩みは俺の想像を越えているようだ。

ここで引くのは躊躇われる、触れられたくないのかもしれん。



ただ、自分の中に押し込めていただけでは解決しないものもある。

俺にそんな権利はないのだが……ほっとけないな。



「俺に理解できる話かどうかは、話してみないとわからないぞ。まあ、話したくないっていうなら良いさ。ケーキを食べて水を飲んで解散。ミネルバ観光だな。それで、良いのか?」



「……良くないと思います」



「思うだけ?」



「……良くないです」



「それじゃあ、どうするよ」



「すみません、やっぱり、話を聞いてもらって良いですか。出来れば人気のない場所でお願いします。水があるとなお良いです」



「了解っと」



俺は持ち帰り用に買ったケーキとシケちゃんと共に店を出た。

人気のない水がある場所なんてあったかな……。

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