子守りをしてみた
ユウガのミカナへのプロポーズから一ヶ月、凄まじかった、それはもう、凄まじかった。
ミネルバは二人のことで持ちきりだ。
ユウガがミカナの心を引くために好意を向けていた女性、全員を振ったことは、女性の間では憧れだと持ちきり。
振られた女性はたまったものではないだろう。
現にミカナの黒い噂も流れている。
今までは穏健だったのに、裏では勇者様に媚を売っていた。
勇者様の弱味を握っていて、勇者様を独り占めするためにプロポーズを指示したなど。
この噂にユウガは大激怒、何をするのかと傍観していたらミネルバの中心でミカナへの愛を延々と語っていた。
逆効果だろうと思ったが、ユウガは同時に自分の見過ごしていたことも語り。
カイウス……ブライリングの恋のキューピッドのことも持ち出した……そして、俺のことも。
名前こそ出されなかったが、彼の協力無しで僕は真の自分の気持ちに気づけなかったと熱弁していた。
偶然、その場でユウガの演説を聞いていた俺は開いた口が塞がらない。
ユウガの中で掛け替えのない友に俺はなっていたのだ。
最終的にレイヴンが飛んできて収束したが……さすが勇者、やることが違う。
ユウガの伝説がまた一つ増えたことを確認し、俺はギルドへと向かった。
クレイマンに依頼の受注を申込みに行ったら、珍しくクレイマンのカウンターに誰かが座っている、しかも二人。
俺以外の冒険者がクレイマンに受付をしてもらっていることに驚いた。
大体の冒険者は美人職員、シエラさんのところに行く。
クレイマンのカウンターにいるなんてと思ったが……冒険者じゃない、子どもが座っている。
「クレイマンに子どもの客がいる……ソフィアさんに知らせてこよう。もしかしたら、お小遣いをあげて自分の仕事を手伝わせようとしているのかもしれない」
「何を知らせる気だ、おめーは。誤解を招くだろうが」
クレイマンに止められた、本気で報告しに行こうなんて思っていなかったけどな。
でも、この子ども二人は一体……クレイマンご指名依頼とかか。
「こんにちは、父と母がお世話になっています」
「へ……?」
椅子に座っていた子どもの一人がこちらを向いて綺麗なお辞儀と共に挨拶をしてきたのだ。
子どもにしてはお辞儀が綺麗……クレイマンのことを父と呼んでいたから。
「僕はクインです。よろしくお願いいたします」
きりっとしたソフィアさん似の男の子、クインくんか。
じゃあ、隣の子もそうなのか。
しかし、クインくんは挨拶をしてきたのだが……もう一人の子はカウンターに突っ伏しているな。
寝ているのか、クインくんが背中をさすって起こしている。
やがて、ゆったりとした動作で起き上がり、眠たそうな表情をこちらに向けてくる。
クレイマン似だな、寝起きだからか、やる気の無さそうなたれ目がそっくりだ。
そして、存在感を隠せない猫耳カチューシャ。
俺が悪ふざけでクレイマンの買い物袋に仕込んだやつだ。
家庭を凍りつかせてしまったのは本当に申し訳なかった。
あの時期は厨二全開だったこともあり、色々とやっちゃっていたのだ。
気に入ったとは聞いていたが、本当に着けているんだな。
「私はフィオーラ。父さんとだらだらするのが趣味」
「それを趣味とは言いませんよ。フィオーラはもっとしっかりするべきだ」
「頭でっかちのクインがしっかりしているから、私は安心してだらだらできるの」
「僕は僕、フィオーラはフィオーラだ。僕がしっかりしているから、フィオーラがだらだらしていいなんていう暴論は通りませんよ」
「聞こえなーい」
子どもらしい言い合いなのだが……性格も二人に分かれて似ちまったのか。
クレイマンは自分の息子、娘がけんかしているのに止める気配は無し。
仕事はしているようだ、書類に目を通して選別している。
「クイン、フィオーラ。ここは遊び場じゃねーんだぞ。弁当届けに来てくれたのは感謝するが、用事が終わったら帰れよ。俺も副ギルドマスターとしての職務があんだからな」
「……ふっ」
俺は首を傾げつつ、小さく笑ってしまった。
クレイマンにしては珍しく仕事ができる感を全開にしているからだ。
それにカウンターに座っていれば、仕事しなくて済むとも言っていたから、二人がいても問題はないはずなのに。
俺のささやかな疑問にはシエラさんが耳打ちで答えてくれた。
「不思議なんですよね、副ギルドマスターのこと」
「あ、はい。なんか、早く帰って欲しいみたいな感じで。俺とかなら、座ってろ、他の客が来なくて楽だとか言っているのに」
「以前、クインくんがギルドに来た時に副ギルドマスターが休憩をたくさん取っていることに疑問を持ったらしく、奥様に話したそうです。あとは……ご想像にお任せします」
「そういうことか」
その時、ソフィアさんからどのようなお叱りを受けたのか、容易に想像できる。
クインくんの前だと気を抜けないからか。
苦笑しつつ、素早く書類を片付けていくクレイマンに目を向ける。
普段から、あれくらいの早さで仕事をしていれば、ギルドの人たちは大助かりだろうに。
「クインくん、フィオーラちゃん、喉かわいたでしょ。今、飲み物あげるからね」
「いただきます」
「からっからー」
「あ、おい、シエラ……」
クレイマンがしっかり働くから、シエラさんからしてみればクインくんたちに居てもらいたいんだろうな。
飲み物を渡して時間を延ばす作戦、ギルドの職員たちがシエラによくやったと誉めている。
残念ながらクレイマン、味方はいないらしいぞ。
「ちっ……おい、ヨウキ。今日は暇だな、暇だろ、暇だよな」
「いや、今日は依頼を受けに」
「じゃあ、俺からの依頼だ。こいつらを鍛えてやってくれ」
カウンターから身をのりだして息子、娘の頭をがっしりと掴んで強引に俺と目が合うようにしている。
おいおい、随分とまた無理矢理だな。
「父さん、いくら何でも唐突過ぎます。ヨウキさんも困っているじゃないですか」
クインくんがもっともな意見をクレイマンにぶつける。
「帰ってだらだらが良い」
フィオーラちゃんも乗り気ではないようだ、これではクレイマンも諦めるしかない。
「クイン、こいつはBランクの冒険者だ。実力は俺が認めるほどだ。俺が言うからには間違いねぇぞ。手合わせしてもらって損はねぇ」
片眉を動かしたクインくんの視線が俺に突き刺さる。
おいおい、クインくんは闘いが好きなタイプの子どもなのか。
興味がこちらに向いている、クレイマンのやつわざわざ実力を認めているとも言ったからな、余計だ。
「フィオーラ」
「なーに、父さん」
フィオーラちゃんは見た感じ、闘いとかに興味は無さそうだ。
彼女を釣れそうな魅力をあいにくだが、俺は持ち合わせていないぞ。
「こいつに着いていけば、美味い紅茶と菓子が食える」
「じゃあ、いくー」
「クレイマン、てめえ!」
こいつセシリアのことまで計算に入れやがった。
「ヨウキさん、ご指導よろしくお願いします」
「しまーす」
「まじかよ……」
乗り気な子どもを邪険に扱うこともできない。
仕方ない、予定にはなかったけどセシリアのところに行くか。
「そんじゃあな、クインとフィオーラを頼んだぞ」
「はいはい。……報酬はきっちり貰うからな」




