勇者の誘いを受けてみた
カイウスが棺桶の中の彼女と共に宿を去った翌日。
俺の部屋を訪ねてきた者がいた。
「ヨウキくん、今日って予定空いてる?」
扉を開けるといたのは、大人しめの変装をしたユウガである。
ラフな格好で、動きやすさを重視したような感じだ。
俺と何処かへ行こうとお誘いに来たのだろう。
昨日、あんなことがあったのに大丈夫なのか、今日は依頼を受けに行こうとしていただけで、特別な約束などはしていない。
言葉に気をつければ良いわけだし、こうしてわざわざ訪ねてきたのだ、断る理由もないし行くか。
「……わかった、準備するから待っててくれ」
俺は支度を済まして、ユウガと共に部屋を出た。
二人並んで歩いていると、もちろん、様々な人々とすれ違うのだが、全くばれていない。
トラブルが全く起きる気配がないので、拍子抜けする。
「気づかれないものだよね、本当に」
「ん、ああ、そうだな」
やっと会話が始まったものの、続く気配なのなさそうな話題だ。
……黙ったまま歩くのは非常に気まずいので、どうにか会話を伸ばさねば。
「服装がな。思いきっているというか、変装している感じじゃなく、普通に外出する格好みたいだ」
「これは、ミカナが選んでくれたんだ。絶対に似合う。たまにはおしゃれを気にしても良いってね」
「……」
見事に地雷を踏んでしまい、俺の顔が凍りつく。
ユウガは笑いながら、良いでしょと自慢してくるが、やっちまった感が否めない。
このまま服の話題が続くとミカナの姿がちらついてしまう。
俺は会話の流れを変えようと行動に移す。
「飯、まだなんだ。ここで、食おう……ぜ」
飯屋に入って話題を一度リセットしようと考えたのだが。
看板に見覚えがある、ミカナとレイヴンの三人で来てフードファイトをした店だ。
ミカナオススメの店でユウガとも来たことがあるので、思い出深い店だが……また、やっちまった。
「ここは美味しいからね。良いよ、入ろうか」
にこにこしているユウガの見えないところで、俺は頭を抱えた。
これでは俺が意図的に、ミカナの影を匂わしているようではないか。
……店に入ることはもう確定だ、もう引き返せない。
ユウガもミカナとこの店に来たことがあるはずだ、会話をすれば、ミカナとの思い出がぽろっと出てきてしまうだろう。
ならば話さなければ良い、俺の作戦は決まった。
「ヨ、ヨウキくん……」
「……なんぶぁ?」
がつがつと目の前に並べられた料理を勢い良く、口に含む俺。
懐かしの食事中は喋れないから静かにね作戦である。
別にユウガと話をしたくないわけではない、ただ、この店から出たらだ、出たら。
「そんな、一度にたくさん口に含んだら、喉を詰まらせちゃうよ。飲み物……ああっ、ない!?」
「ひふぁ、ふぉひ、へんふ、ほんは」
そんなこと言われることは想定済みだ。
席に座って注文する前に出された飲み物は全て飲み干している。
「ああ、もう……なんだろう、懐かしいな。初めて食べた、ある村の特産品がね。すごく美味しくて、口一杯に頬張ったんだ。それで、喉を詰まらせて……ミカナにおもいっきり背中を叩かれたことがあったよ」
「ぶふぉあ!」
結局、ミカナに繋がるのかよと思い吹き出してしまった。
「うわ、大丈夫?」
「ごほっ……お前さ。わざとじゃないのか」
「え、何が?」
「俺が悪い部分もあるけど、絶対に意識してやってるだろ。もし無意識なら……お前さ、かなりやばいぞ」
「……早く食べちゃおっか。料理が冷めちゃうと勿体ないし。美味しい内に食べないと」
大量の料理を二人で食べる、何とも普通な……ただの大食漢が店に来ただけだ、これでは。
食事中に会話はなかったので作戦は成功したことになったけど。
食事を終えて店を出ると、また、二人並んでミネルバを歩く。
ユウガから何の誘いかも聞いてないから、何を目的にしているのかわからないので、不安が募る。
俺から聞いた方が良いのか、おそらく昨日のことが関係しているだろうけど。
「……今日はどうしたんだ」
「考えたんだ、一晩じっくりとね。それで、ヨウキくんにお願いがあって……また、僕のことを殴ってほしい」
ユウガの声には真剣さがこもっており、ふざけて言っているわけではないようだ。
それでも、俺からしてみれば何故、という話なので首を縦には振れなかった。
「自分なりの答えをもう少しで見つけられそうなんだ。だから、何かつかめるものがあればと思って」
「頭に衝撃を与えるとか、そういう理論か」
「うん」
「うん、じゃねーよ!」
真面目に自分の問題を直視して、考えているのはわかるが、やはり少しずれている。
この前は殴ったけど、良く考えたら俺にユウガを殴る資格なんてないんだよな。
それに、今のユウガは殴れと言われても殴れん。
どうにかして自ら答えを見つけようとしている、そんなやつ殴れねぇよ……。
「うっ!」
俺が無理だと返事しようとしたら、ユウガは呻き声を上げて倒れていた。
俺が無意識に殴った……そんなわけはない。
ユウガを殴った張本人は助走をつけて殴りかかってきたらしい。
華麗にターンを決めて振り返った顔は知り合いの顔だった。
「……天誅」
「こらぁぁぁぁあ、何してくれてんの、お前!?」
ユウガに一撃をくれてやったのはハピネスだった。
メイド服ではなく普段着……ということは。
「はぁ、はぁ、……何をしているんだ、ハピネス」
振り返ると後ろから走ってくるレイヴンの姿が見えた。
デート中にハピネスがユウガを見かけてロックオンしたということか。
いくら何でも急に殴りかかるかね。
「ちゃんと、首輪繋いどけよ、レイヴン」
「……俺にそんな趣味はない」
「いや、そういう意味じゃなくて」
お前らのプライベートをとやかく言うつもりはないさ。
ハピネスは突っ走る傾向が多々あるから、しっかり見ておけということだ。
「うぅ、効いたよ、ヨウキくん。ありがとう、無茶なお願いを聞いてくれて」
レイヴンと話している間に回復したユウガがゆっくりと起き上がり、礼を言ってきた。
「殴ったのは俺じゃない。こいつだ、こいつ」
俺はユウガに敵対心むき出しなハピネスを指差す。
「え……確か、セシリアの屋敷で働いているメイドさん。あれ、レイヴンもいる」
「……警戒」
「……ハピネス、俺の後ろに隠れてろ」
「レイヴン、それじゃ僕が敵みたいだよ」
レイヴンがハピネスを自分の後ろに回したのは、前にいたら何をするかわからないからだ。
前回、二人とはでユウガの話をして悪い意味で盛り上がったからな。
どうしようか、これ。
「レイヴン、まさか……その子」
二人から何かを感じ取ったのか、ユウガが二人の関係に感づいたようだ。
「……」
レイヴンは黙って腕を回し、ハピネスを抱き寄せた。
言葉にするのが恥ずかしかったのか……いや、抱き寄せる方がよっぽど恥ずかしい。
ハピネスも嫌がる素振りを見せずに受け入れてるので、ユウガにはバッチリ伝わっただろう。
……今のユウガに知り合いのカップルは毒にしかならないような気もするが。
「そっか。おめでとう、レイヴン。……幸せにね」
ユウガはそれだけ言い残し、背を向けて去っていく。
……ちゃっかりと俺の腕を掴んでな。
二人はユウガの反応に納得がいっていないみたいだったが、俺が後ろ手バイバイしておいたので大丈夫だろう。




