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勇者に再起を促してみた

「僕の、大切な……」



「私はこれまでの話を聞いていてね。妙な違和感を感じたんだ」



カイウスの言う違和感とはなんなのか、俺はこれまでユウガと行動していたけど、何か変に感じた部分はあっただろうか。

わからないなと頭を捻っていても浮かばず、渦中のユウガもわからないようで首を傾げている。



「私は君が自分の決めたことは曲げず、最後まで諦めない……情報だとそういった印象を持っている」



俺がカイウスに自己中心的で負けず嫌いと言ったからな、情報源は俺だ。



「私から見てもその通りだと思う。そんな君が想いを寄せていた女性に恋人ができたと言われ、素直に受け止めるとは思えない」



「口を挟むようで悪いが、ユウガはその……俺とセシリアが恋人同士になったっていうことが受け止められなかったから、逃げたんじゃないのか」



だからこそ、激しい雨の中、全力疾走して屋敷から出ていったと思うんだけど。



「それでも多少の追求はするはずさ。受け止められないなら尚更ね。……君はその僧侶の少女をとても頼りにしてんだろうね。そんな彼女に恋人ができ、君はかなりのショックを受けた。だが、いつも癒してくれた女性は自分ではない男の腕の中だ」



「その言い方止めてくれよ」



まるで俺がユウガからセシリアを無理矢理奪ったみたいじゃないか。

……いや、ユウガからしたら、奪ったことと変わらないのかもしれない。



「君は無意識に頼りにしている子の下に向かった。それが幼馴染みの少女というわけだ」



ユウガは何を言われても黙ったままで、反論もなにもしない。

ただ、カイウスの言葉を受け入れているように見える。

これでは、ユウガがカイウスの言うことが本当だと……催眠状態になってしまうのではないか。



俺もそんなことになっては目覚めが悪いし、こんな解決法も望んではいないので、カイウスに抗議する。



「おい、いくら何でも無理矢理じゃあ」



「君は何かしらの違和感を覚えないかい。幼馴染みの少女は何故、彼に対して怒りを露にしたのか」



「それは……その。ユウガがミカナに告白をしたから?」



「そこもなんだよ、私が引っ掛かっているのは」



カイウスはつかつかとユウガへと歩みより、さりげなく入り口側の壁に腕をかけて逃げ場を封じる。



「君は……幼馴染みの少女に告白したわけではなかったんじゃないのかい」



「……へ?」



俺の間抜けな声が部屋に響いたが、カイウスによって作られたミステリアスな雰囲気を壊すには至らなかった。

ここで何か口を挟んだら、今度こそ邪魔になりそうなので固く口を閉じる。



追い詰められたユウガは逃げ道を閉ざされ、唇を噛んで黙っているだけだった。

カイウスはそんなユウガの状態などお構い無しに言葉を続ける。



「私には君がただ、彼女を頼っただけな気がしてね。彼女ならいつも自分を助けてくれる、慰めてくれる、味方になってくれると。……だから、今回も失恋し、受けた悲しみから彼女に甘えようとしてしまった。違うかな?」



「僕は、そんな、弱い人間じゃ……」



「ああ、失恋……というと語弊があるかな。君は誰彼構わず、自分の目に移ったトラブルを引っ張ってくるそうだが……」



ここでユウガのトラブルメーカー体質の話題を出すなんて、今回、全く関係ない気がするけど。

口出し厳禁、カイウスのターンはまだまだ終わりそうにないな。



「君は本能的に誰かに優しくする、助けることが好きなんだと、私は考えている。見返りを求めず、自分の状況などお構い無しに困難に立ち向かうなんて、まず、理由がなければできないからね」



「えー……」



カイウスの推測を聞いて、黙っていられなかった。

嘘だろと思ってしまい、苦い物を食べたような顔になる。



トラブルメーカー体質ってユウガの人助けをしたいっていう本能的な部分が関係していたなんて……信じられん。

……俺はだけどな、本人は全く否定する様子がない。

まあ、捉え方によっては誉められたようなもんだからな。



「そんな君は逆も好きなんだよ。自分が助けてもらうこと、頼らせてもらうこともね。……だから、分け隔てなく、優しさを振り撒く僧侶の少女はとても魅力的に映った」



「……セシリアの優しさはとても眩しかった。僕はそんな彼女に惹かれて」



「それは憧れに近いものだろう。君と僧侶の少女の行いは話を聞いた限りだと……残念ながら差があるんだ。誰彼構わず、目に移った者全てを助けるなんて……本当に一人でできたと思うかい」



「そ、それは……」



「君の周りを顧みない行為の後始末は誰がしていたんだろうね」



カイウスは意地の悪い笑みを浮かべながら、ユウガに迫る。

そういえば、ミカナとレイヴンから似たような話を聞いたことがあるぞ。



行く村、行く町でトラブルを引っ張ってくるから大変だったとか。

三人で分担してフォローしていたんだと思うけど。



「君、幼い頃からそんな感じだったろう。強い固定観念はそういった時期の方がつきやすいからね。つまり、幼少期から君をずっと支え続けてくれていたことになるんだよ。幼馴染みの少女はね」



「確かにミカナはずっと僕の味方でいてくれた。隣にいられるように努力もしていて」



「そこまでわかっていながら、何故気づかない!」



突然、カイウスが声を荒げたので俺もユウガも驚き、肩がすくむ。

棺桶もガタリと一際大きく揺れたので、彼女さんも驚いたのだろう。



俺たちよりも付き合いがはるかに長い彼女さんが驚いたということは、カイウスは滅多に声を荒げたりしないんだ。

紳士的で掴み所のないイメージだったが、こういった面もあるんだな。



「幼い頃から優しくされていたせいで、幼馴染みの少女が自分に尽くすのが当たり前だと感じていたんだろう。君は少女の行為しか見ておらず、込められていた想いは全く、見ていなかったと私はみる」



「……」



ユウガは何も反論しない、そんなことはないと、カイウスの言うことは暴論だと、下手をすれば掴みかかっても良いぐらいのことを言われているのに、沈黙したままだ。



「幼い頃から受け続けていた、見慣れた優しさからすると、僧侶の少女から受けた優しさはさぞ、新鮮に感じたろうね。……私は君が最初に訪ねてきた時に言ったはずだよ……後ろを見ろとね。どちらにせよ、良い意味でも悪い意味でも優しい君に一人の女性を愛することは難しいだろうけど」



恋のキューピッド、カイウスから容赦ない言葉の嵐を浴びたユウガは……沈黙をしたままだ。

いい加減に言い返せよ、どこか違うという部分はないのか、全てを認めてしまうのか。



「さて、長々と私の推論を聞かせて悪かったね。……もし、私の話を聞いて気分を害したなのならば、遠慮なく殴ってくれてかまわないよ。私は確信があるわけでもないのに、君にここまで言ったんだから」



さあ、とカイウスは両手を広げて一切ガードする気もないことをアピールする

俺はユウガがカイウスを殴り始めたら止めるべきだろうか。

彼女さんもカイウスが心配なのか、カタカタと小刻みに棺桶が揺れている。



ユウガは何かの覚悟を決めたようで、歯を食い縛って、大きく腕を振りかぶり……自分の頬に拳をめり込ませた。

普通、自分を殴ったりする時は自然と力が抜けるものだが……ユウガの拳は完全に本気のそれだった。



自分に手加減無しで殴れるって簡単に出来ないぞ。

どんなレベルで殴ったのか、顔がおもいっきり腫れている。



「すっきりしたよ。ありがとう……」



「そうか、私には良いのかい」



「……する必要がないから」



ユウガは立ち上がり、今度こそ帰ると扉に手をかけた。

外はまだ雨が降っているんだ、せっかく着替えを貸したんだし、また濡れては意味がない。

俺はセシリアから借りた傘をユウガに差し出した。



「ほら、貸すよ」



「ありがとう、でも、良いんだ。せっかく着替えを貸してもらっておいて悪いんだけど。今は頭を冷やしたい。……一人で濡れたい気分だから」



またね、と言ったユウガの顔が見えなかった。

……今、ユウガはどんな気持ちなんだろうか、わからない。

微妙にしこりが残ったようでむずむずする。



聞いていた俺がこんな状態なんだ、カイウスは……椅子に座り、読書を始めている。



「えっ、もうそんな感じなのか」



「……ん、何がだい」



「いや、もっと感傷に浸るとか……こう、あるだろうよ」



こういう話をした後って余韻とかあって、しばらくは静まり返るもんじゃないのか。



「私はもう役目を果たしたさ。後は彼自身の問題さ。これからどういう道を選ぶのかは彼にしか決められない。私は自分の考えを押し付けて、強制するつもりはないからね」



「でも、さっきのカイウスの言い分だと……ユウガはカイウスの言うことに従うんじゃないか」



「私は彼にこれからどうしたいとは聞いたけど、これからどうすれば良いのか、道筋を示した覚えはないよ。それは彼が決めることだ。私じゃないよ」



「ふーむ……」



つまり、これからどうするかはユウガが決めることなので、外野は口を出さない方が良いと。



「さて、私の役目も終えたし、観光してから帰るとするかな」



カイウスは本を閉じて、棺桶を背負う。

彼女さんと早くイチャイチャしたいのはわかるが、ずいぶんと急な気もする。



「今、読書を始めたばかりだろ。もう少しゆっくりしていけば良いんじゃないか」



「うん? ああ、これかい」



カイウスは読んでいた本を出し、俺に見せてくる。

そこには……彼女と過ごすミネルバでのスケジュールが綿密に細かく書かれていた。



行きたい場所、やりたいこと、食べたい物が記載されており、補足として彼女の優先度についても書かれている。

彼女はこういった雰囲気の場所が好きだから必ず行くとか、この通りなら自然と二人きりになれるなど。



下見が万全過ぎて恐怖を覚える。

俺は漏れ出そうになった声を必死に抑えた。



ここまで準備を完璧にするなんて、相当、彼女とのデートを楽しみにしていたに違いない。

棺桶の中の彼女に感づかれたら台無しになるし、そっとしておこう。



「……それじゃ、また」



「ああ。そういえば、君はちゃんと言えたみたいだね。おめでとう」



「まあ、な」



「君が告白し成功したから、今回の事件を招いたと思っていないかい。それは、間違いだ。……そんな顔をしていたら、君の想いに応えた彼女に失礼だぞ」



「そっか。そうだよな、告白したことを後悔してしまったら、俺は……」



「はっはっは。また、恋に迷ったらいつでも訪ねると良い。では、さらばだ」



そして、来た時同様、棺桶が引っ掛かるカイウスであった。

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