ポジションを奪われてみた
「出張って……なんで?」
「まず、君から彼のことを詳しく教えて欲しい。本人以外からの意見をあまり参考にはしたくないのだがね。客観的な目線で頼む。偏見は入れないでくれよ」
「……わかった」
手におえなくなったユウガをカイウスにぶん投げたのは俺だからな。
ユウガについて、偏見無し、客観的な目線での情報をカイウスに教えよう。
俺は個人的な感情を除いた、ユウガの人物像をカイウスに話した。
「本当に個人的な意見は入っていないんだね」
「ああ、デリカシーはない。人の話を聞かない。センスも微妙、天然タラシ、空気を読めない、必ず問題を起こす……」
「もう良い。……彼について知ることができた。問題を整理しようか。私は彼に幼なじみの少女を傷つけてしまった。君に一発殴られて、私の所へ行けと言われたと聞いたんだ。私なりにアドバイスをしたのだが……嫌な予感がね、拭えないんだよ。こんな経験は始めてさ」
長い間、色々なパターンの恋愛相談を受けてきたカイウスに初めてと言わせる。
さすが勇者と言うしかないのだろうか、呆れて言葉が出ないのだけれども。
「それで、当人はどこにいるんだ」
「彼は馬車が止まると直ぐに飛び出して行ったよ。なんでも、もう一人頼りになる人がいると言ってね」
「もう一人……?」
俺以外にも協力してもらえそうな人物がいるということか、あのユウガに。
あいつの交友関係なんてあまり知らないので、誰かわからないが。
「ああ、そういえば婚約はどうなったのかとか言っていたような……」
「セシリアー!」
俺はカイウスを置いて、部屋から飛び出した。
ユウガが何をするかなんて考えていないが……トラブルを呼ぶあいつの体質はセシリアを面倒な目に合わせる可能性がある。
セシリアなら即座に解決できるだろうけど、やっぱり心配だ。
……それに、恋人のことを好きな男が一人で向かっているなんて聞いて、黙ったままではいられないな。
常識の範囲内の速度で走り続け、屋敷についた俺はたまに酒場で騒ぐくらい親しくなった兵士に話しかける。
「はぁっ、はぁっ……ユウガは来ていないか」
「ん、ああ、来ているぞ。何やらかなり急いだ様子だったが」
やはりユウガはセシリアのところに来ていたようだ。
しかもかなり急いでと、これは先走った感情が何かを引き起こす可能性が充分に考えられる。
何かあったのかと首を傾げる兵士に事情を説明している暇はないので、とりあえず屋敷に入れてもらった。
「屋敷内では走らないで下さ……ヨウキ様ではありませんか」
セシリアの部屋へ急いで向かっているとソフィアさんに注意されてしまった。
「すみません、ソフィアさん」
「本日は予定にないお客様が多いようですね」
しれっと冷静な表情で嫌味のようなものをぶつけられたわけだが、多いということは、俺以外の誰かが来ていると。
「もしや、それはユウガでは」
「その通りです、ヨウキ様。ただいま、お嬢様が対応しております」
「俺も加わりたいんだけど」
「……確認して参りますので、少々お待ちくださいませ」
あっさりと俺の願いを承諾したソフィアさんは、綺麗なお辞儀をし、颯爽とセシリアの部屋へ向かっていった。
歩いているはずなのに、あっという間に姿が消えていく。
屋敷内で走ってはいけないので、使用人必須のスキルなのだろうか。
……だが、すれ違った使用人であそこまで速い人は見かけたことはない。
「ソフィアさんて兵士のお仕置き係でもあるんだもんな」
歩きであの速度を出せるなら、本気で走ればと思うと苦笑いしてしまう。
とりあえず、逃げられないことは確実だなと待っている間、ソフィアさんの超人ぶりについて考えていた。
「お待たせ致しました、ヨウキ様。お嬢様が同席しても構わないとのことです」
「よしっ」
「……ご案内致します」
ソフィアさん先導でセシリアの部屋へと向かう。
行き方は知っているけど、メイド長直々に案内してもらえるんだから、断るなんて失礼だよな。
「私はこれで失礼致します」
「ありがとうございます、ソフィアさん」
「いえ、これが勤めですから。……お嬢様をよろしくお願いします」
普段とお辞儀の角度が微妙に違う辺り、こめられた思いが違うのだろう。
今のは屋敷に来たお客様に対してではなく、ソフィアさん個人から俺へ向けた言葉だったな。
俺は任せて下さいと言い、お勤めに戻っていくソフィアさんの姿が見えなくなるまで頭を下げていた。
「さてと」
深呼吸して心の準備をして、扉を開けた。
「来ましたね、ヨウキさん」
「ああ、ヨウキくん……」
「どうしたよ、この状況」
部屋に入ると目の前には見慣れた光景が広がっていた。
セシリアが腕を組んで仁王立ちしており、ユウガは床に正座という光景。
……あそこに正座するのは、本来俺なんだが。
「どうしたもこうしたもありませんよ……事情はヨウキさんも聞いていますよね」
「そこで正座しているやつについてのことなら」
「……同じ女性として許せません」
聖…様でも勇者の愚行は許されないらしいな。
額に手を当てて、溜め息つきながら首を横に振っている。
ユウガは……慣れていないのか、何度も膝を押さえてしびれを気にしているみたいだ。
「安心してくれ、俺は一発殴った」
「暴力はいけませんよ」
「傷痕を残さないように回復したから、大丈夫」
「大丈夫ではありません。暴力での解決ではなく、対話をして、相手に自分の行動の何がいけなかったのかを気づかせることが重要なのです」
セシリアはこう言っているが、ユウガに何が悪かったかを説明しても伝わるだろうか。
今、わかったと言っても三日経てば忘れているような印象を受ける。
実際に前回、カイウスのところに恋愛相談しに行って僕は変わるって言っていた癖に成長が見受けられない。
……カイウスが出張してきた意味がようやく理解できたような気がする。
それに……ユウガをこらしめたいやつは他にもいるわけで。
「セシリア、もう許して……足が限界」
問題の真っ只中にいるユウガは足を崩してセシリアに許しを求めている。
涙目で弱々しくセシリアに右腕を向ける姿は勇者とは思えない。
「早いですね。ヨウキさんは私の話が終わるまでずっとその状態でいれますが」
「セシリアの前で正座をしまくって鍛えられたからな」
「……鍛えた覚えはありませんよ」
長時間の正座に耐えられるぐらい、俺の足は痺れに耐性があるのだ。
どれだけセシリアの前で正座をして謝ったか……迷惑をかけた数に比例するからな。
そう考えると全く誇れることではないんだけど。
「ヨウキくんとセシリアってどんな関係だったっけ……」
ユウガの素朴な疑問、正座の件からぽろっと出たような何気ない質問だ。
一月も前ならば一緒に談笑したり、依頼に行ったり、お茶したり、世話をかけたりする友人……だった。
でも、今は違う、ユウガが相手だから、セシリアが好きだから。
こんな理由で俺とセシリアの特別な関係を偽りたくない。
勿論、時と場合にもよるだろうけどさ。
「俺とセシリアは」
「私とヨウキさんはお付き合いをしていますので、今は恋人同士……ですね」
「あっ、セシリアさん……」
セシリアが先に言ってしまうという大失態を犯してしまった。
まさか、セシリアがこうもはっきりと言うとは想定外のことなのでびっくりだ。
しかし、俺以上の衝撃を受けた人物もいる、俺の目の前に。
「あ、え……う……そ」
ユウガは口を開けたまま、呆然とした表情。
辛うじて出したと思われる言葉からは、俺たちの関係を認められないことを意味している。
追い討ちをかけるようで申し訳ないが、ここで俺が黙っているのもな。
セシリアに先をこされた事実は変わらないが、言わせてもらおう。
「俺はセシリアのことが好きなんだ。出会った時からずっとな。先日……告白したんだよ」
俺の言葉が止めをさしたのか、ユウガが石像にでもなったように固まってしまった。




