勇者について考えてみた
乗り合い馬車の前で堂々とイチャイチャした二人を連れ、俺はいつものケーキ屋に訪れていた。
二人は馬車に乗る商人、冒険者たちからの注目の的となったわけで……反省中である。
ケーキを食べ甘いなあと思うが、この二人ほどではないような気もする。
……俺とセシリアも甘い雰囲気って出せるのだろうか、もしや、知らず知らず出しているのかもしれない。
「ハピネス、ケーキだぞ、ケーキ。ここはあーんをするべきだ。是非、オススメする」
まあ、それはそれとして、せっかくだし少しだけ話してから退場しようかと思う。
邪魔をしない適度な感じで煽って、収拾はつけずに帰るみたいな。
レイヴンが反対しようとしているが、ハピネスは満更でもないのか、一口サイズにしたケーキを見つめている。
あとはレイヴンの口元に持っていくだけなのだが、中々、実行に移そうとしない。
焦れったい、何故そのままいかないのか。
「ハピネス、お前ならいける。大丈夫だ、絶対に成功するから」
「……当然」
「……これは、俺が食べさせてもらう空気なのか。別に逆でも良いだろう」
反対していたはずなのに、自分がやるならとケーキをハピネスの口元へ持っていくレイヴン。
ささっと、スムーズに恥ずかし気も感じさせない動きを見せた。
ハピネスは戸惑う様子など全くなく、自然に口を開けてあーんが成立する。
「……ハピネス、口にクリームがついているぞ」
「……除去」
「……仕方ないな」
レイヴンはハピネスの口元についたクリームを指で拭い、近くのナプキンでクリームを除去。
ナプキンで拭いてやるのは子どもにやることだし、拭ったクリームを食べない辺りがレイヴンらしい。
それにしても、イチャつくように誘導したのが自分とはいえ、こんな光景を見続けるのはな。
いたたまれないというか、邪魔者感があるというか。
「……隊長」
「なんだよ」
「……がんば」
「何を!?」
多少、イラついている雰囲気を出してハピネスを威嚇する。
こいつ……レイヴンとイチャつきつつ、俺をいじって遊びにきてやがる。
二重の精神ダメージを与えてこようという考えに違いない。
「……そういえば、ヨウキ。ハピネスからセシリアに来ていた婚約の話が破談になったと聞いた。その、良かったな」
「あー、その話ね……」
ちらりとハピネスに視線を送ってみると、首を横に振っている。
俺とセシリアについて、レイヴンに話をしたのかどうかの確認だったのだが、していないようだ。
俺とハピネスが目で会話をしたことをレイヴンは見逃さなかったみたいで、不思議そうにしている。
……レイヴンになら言っても良いか、お互いにもちつ、もたれつの関係だったし。
「実は、セシリアに、二度目の告白をした」
「……返事は?」
「セシリアは俺のこと、受け入れてくれたよ」
「……そうだったのか。おめでとう、ヨウキ」
そこまで驚くことなく、冷静に見えるレイヴンだが喜んでくれてはいるようだ。
隣のハピネスもパチパチと拍手をしている、お前は知っているだろうが。
「……成功、してた!」
「何でハピネスの方が驚いているんだよ。屋敷で後押ししてくれたろうが」
「……結果、初耳」
「いや、言ってないけどさ。あの日、帰った時の俺の様子を見たらわかるだろ。結構、幸せオーラ隠せてなかったと思うぞ」
「……自意識過剰」
誰もがお前のことを見ているわけではない、告白に成功したからって調子に乗るな、とハピネスは言いたいようだ。
「何にせよ、良かったじゃないか。ただ、ユウガが聞いたらどういう反応をするかだな。炭坑からはまだ帰ってきていないみたいだし」
「えっと……」
俺はハピネスとレイヴンにユウガがアホをやったため、修行のためにブライリングへ強制的に送り出したことを伝えた。
カイウスのことは、大丈夫だとは思うけど、一応、恋のキューピッドがいるとだけ話す。
「……女の敵」
ユウガがミカナにしたことがハピネスも許せないのか、手を握りしめて怒りをあらわにしている。
「大丈夫だ。俺がちゃんと一発殴っといたから」
「……足りない。全力、五十発」
ハピネスがシャドーボクシングをしだした、たくさん殴っとけというアピールだろう。
しかし、俺が全力で五十発も殴ったらユウガがどうなるかだな。
それだけされる罪をやつは犯したから、別に良いかもしれないが。
ユウガとミカナの名前を伏せて、こういう話があったんだけどって一般の人に聞かせたら、どういう反応をするか気になる。
集まったデータを参考にして、ユウガをぼこる回数を決めるのも有りかもしれない。
「足りなかったかな。……レイヴンはどう思う」
「……殴ることは一旦、置かせてもらう。俺が見た限り、四人で旅をしていた時、ミカナは積極的にユウガにアピールをしていた。俺やセシリアもしていたが、ユウガのフォローも一番ミカナがやっていたぞ。……知っているだけに、見過ごすことはできんな」
レイヴンは腕を組み、旅をしていた頃を思いだしている。
本当になんであいつが勇者なんだろう、最近、そこ疑い始めたぞ。
決めたの誰だよっていう感じだ。
「まさか、レイヴンも何かしらの形で協力をするのか」
「……何が出来るかわからんが、助力しよう」
「……全力、パンチ」
「……ハピネス、そういう助力はしない」
ハピネスはやはり、ユウガを殴り足りないようだ。
いや、もう、ユウガが帰ってきたらハピネス、思う存分殴っていいんじゃないか。
事情が事情だし、路上で勇者が暴行にあっていてもレイヴンが黙認してくれれば、騎士団が来る心配もない、大丈夫だな。
「よし、俺が技を伝授してやる。左、左、右、左、右のコンボでユウガを吹っ飛ばすぞ」
「……承知!」
「武器はナックルが良いかな。いや、ガントレットの方が良いか」
「待て待て。何故、ユウガを殴り付けることが決まって、ハピネスが実行することになっているんだ」
レイヴンは話の流れについてこれていないようだ。
ハピネスはやる気充分なのか、シャドーボクシングによるイメージトレーニングを既に始めているというのに。
「レイヴン、見ろよハピネスの拳を。鍛えれば、ハピネスは魔法主体の戦闘から卒業できるかもしれないぞ」
「……俺は扇で戦うハピネスの姿が好きだぞ」
レイヴンの発言にシャドーボクシングをしていたハピネスが動きを止める。
「もちろん、ハピネスがそうしたいなら止めないし、協力もするが。扇で舞うように戦うハピネスの姿が見られなくなると思うと……な」
「レイヴン、お前……そういうことを言えるようになったんだな」
ハピネスがシャドーボクシングを止めて、武器の扇を取り出している。
レイヴン、上手く誘導したのか、それとも素で言ったのか。
結果的にハピネスが殴ることを止めてしまったが……。
「……斬る、五十回」
「おい、まだ殴るの方が良かったんじゃないか?」
ハピネスの扇は、ハピネス自身の羽で作成されている。
魔力を通せばそれなりの強度になるというハピネス専用装備なわけで。
そんな物でハピネスが本気でユウガを襲いにかかったら洒落にならんぞ。
どうするんだ、レイヴンよと視線を送る。
彼氏として、男としての配慮を見せてくれと願ってみた。
「……それは、危ないだろう。ハピネス、パンチしてみろ」
レイヴンが手のひらを向けると、ハピネスは首を縦に振り、拳を放つ。
殴り慣れてもいないし、相手がレイヴンということもあってか、ぺちんというあまり痛くなさそうな音が響いた。
「……不満」
「……ハピネスの拳はこんなものだろう」
レイヴンはハピネスの頭を撫で、ほんわかした空気が場に流れる。
……俺は、忘れていないぞ。
三人で海に行き、人魚のシケちゃん、ミサキちゃんを救った時。
俺はハピネスの渾身のストレートをくらい、吹き飛んだ。
こんな可愛らしい拳ではなかったはずだ、ふざけんな。
扇を使う話は流れたみたいだが、この空気の中に上手く入っていけない俺はどうすれば良いのか。
「ん……?」
仕方なく、気分転換にミネルバを歩く人たちを眺めていたら見知った顔が見えた。
何やら真剣な表情で歩くミカナが通り過ぎたのである。




