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勇者を送ってみた

「痛たた……」



俺の拳が吸い込まれた頬をさすりながら、ユウガはむくりと立ち上がった。

腐っても勇者、朴念仁でも勇者、甲斐性無しでも勇者。

そこそこの打たれ強さはあるみたいだ。



「俺が何故殴ったか、わかるよな」



「え……」



「わかんないなら、お前、もう一度ブライリングに行ってこい」



あの俺よりも一途歴が長い吸血鬼様の所で修行を積んできた方が良い。

そうすれば、今は見えていないものが見えるようになるかもしれないぞ。



「ちょ、ちょっと待ってヨウキくん。つまり、ミカナは僕のことが好きで……僕のことを好きなのかミカナに聞いちゃって。それでミカナから嫌われた……。いや、でも、ミカナは僕のことが好き」



「やっぱ、わからないみたいだな。ブライリング行き、確定だわ」



ユウガのスケジュール調整ができるかわからないが、このままだとミカナが不憫すぎる。

この壊れかけた勇者を矯正しないとな。



セシリアに協力を要請する手もあるけど、ユウガがセシリアを見て浮かれてしまう可能性があるからな。



「ま、待ってよ。まず、ミカナがすごく怒って、ヨウキくんも怒ってて」



「俺は怒ってないぞ」



ユウガの話を聞き、真っ先に俺が抱いた感情は怒りではなく呆れ。

俺が殴ったのは、あまりにもアホなユウガにミカナが何も制裁を下してなかったようなので、代わりに下してやったまでのことだ。



それに……ユウガが許せなかったんだよな。

ユウガを好きなのはミカナの勝手で、ユウガに責任とかはないんだよ。



ただ、そばにいるため、サポートするために結構な努力したってユウガから聞いたからな。

……こいつ自分で語ってたんだよな、そのこと。



「だって、さっき僕のこと殴って」



「わかった、わかった」



俺が殴ったことにそこまで言及してくるなら、とりあえず治してやる。

回復魔法をかけて殴った部分を治療した、これでうるさく言わんだろう。



「ヨウキくん、回復魔法使えたんだね」



ユウガが感心したような眼差しで俺を見てくるが、それもどうでも良い。

こいつがやるべきことはカイウスが知っている……と思う。

決してカイウスにユウガを丸投げするわけではないぞ。



「ああ、まあな。よし、じゃあ、ブライリングに行ってこい!」



「ええ!? 僕、炭坑から帰ってきたばかりなんだよ!?」



そんなことは、格好を見ればわかる。



「スケジュールは空いてないのか」



「……この時期は何もないかな」



「馬車にそのままで乗るなよ」



「本当にすぐに行かせる気なんだね……」



優しい俺はユウガが湯に浸かり体の汚れを落とし、服を着替えて旅支度をし、馬車に乗るまでつきあってやった。

ユウガもミカナとこのままじゃ嫌だし……なんてことを言っていたな。



あいつは今でもセシリアのことが好きなのだろうか。

ソレイユとの婚約のことを聞かれ、破談になったこと伝えると喜んでいたからな。



……ユウガに言った方が良かったのだろうか、俺とセシリアが付き合っていることを。

恋愛って難しいな思い、頭をかきつつ、俺は宿部屋へと戻ることにした。



「……ヨウキ」



「ん、ああ。レイヴンじゃないか」



宿部屋へと帰ろうとしたら、私服姿のレイヴンと遭遇した。

一応、変装はしているみたいなのだが……服装がおしゃれ過ぎないか。

レイヴンはイケメン、変装してもイケメン。

おしゃれが加わってしまえば、周囲からの視線を集めることになるので、無難な服を選んだ方が良いと思うのだがな。



「……今日は非番でな。やっと、蒼炎の鋼腕問題も落ち着いてくれたし」



「ああ。事後処理とか色々と大変だったろ。悪いな、最終的に丸投げみたいな形にしてさ」



言いたいことだけ言って、消えたからな。

納得できなかった連中のフォローとか、お世話になっただろうし。



「……もう、ある程度片付いた。尻拭い系の依頼は黒雷の魔剣士が受けてくれているしな。騒動も沈静化してるよ」



「自分で言ったことだからな、任せろ」



蒼炎の鋼腕から、依頼料金はちゃんと送金されているので全く問題はない。

レイヴンの言う通り、沈静化しつつあるので蒼炎の鋼腕絡みの依頼が少なくなっているけど。



「……頼もしいな」



「まあな。ところで……レイヴン、今日、一人じゃないだろ。気合い入ってるように見えるし」



「……そう見えるか?」



レイヴンは自分の格好をまじまじと見てから、恥ずかしそうに頬をかいた。



これは絶対に待ち合わせをしている、時間も結構早めに来ている思う。



しかも、乗り合い馬車の前で待ち合わせなんて……まさかな。



「なあ、変な話するけど、いいか」



「……内容にもよるが、なんだ」



「もしかして、二人きりで遠出しに行くとか?」



俺が聞いた瞬間、一気に焦りだしたレイヴン、顔に焦ってますって書いてあるんじゃないか。



それぐらい分かりやすい表情していて、笑いそうになる半面、聞いてはいけないことを聞いた気持ちになる。



「ま、待ち合わせはしている。だが、遠出ではない。それに、二人きりで外泊だなんて」



「あいつは木の上でも寝れるぞ」



「……っ、泊まるなら、ちゃんとした宿に泊まるに決まっているだろう」



そもそも、俺の発言がおかしいことにレイヴンは気づかずに普通に返してしまっている。



これは、冷静さを失っているな。

騎士ならばいかなる時でも、冷静さを失ってはいけないはずだ。

……罰ゲームってことで悪ふざけタイムを延長しよう。



「成るほど、宿に泊まることを想定していると」



「……するとしたらの話だ」



「部屋は当然、一緒の部屋だな。あとベッドもツインじゃなくダブ……いてっ!?」



調子に乗り過ぎたのか、レイヴンとの会話に夢中になっていた俺は背後から忍び寄る存在に気づかなかった。



俺は易々と後ろを取られてしまい、後頭部へのチョップを許してしまったらしい。



恨めしい気持ちを込めて後ろを振り返ると、これまた私服姿のハピネスがいた。



「……鉄槌」



「くそっ、もう少しで面白いことを聞けそうだったのに」



妨害されてしまったし、ハピネスがいる手前でさっきの話の続きをレイヴンに振るのはな。

レイヴンも助かったと思い安堵している。



ここでのレイヴンの誤算はそこで安堵してしまったことだ。



ハピネスがどこから話を聞いていたのか知らないが、レイヴンの様子を見て、少し膨れっ面になっている。



……ハピネスからしたら、二人きりのお泊まり旅行は嫌だと思われていると感じたのかもな。



レイヴンに近づき、肩を叩いて何かを伝えたいアピールをしているハピネス、これは……。



「……どうした、ハピネス」



「……嫌悪?」



「何がだ」



「……一緒、外泊、部屋」



「なっ、別に俺は嫌だというわけじゃないんだ。ただ……」



「……ベッド?」



ハピネスの猛攻に反撃をすることができないのか、レイヴンよ。

おそらく、いや、確実にこんな事態を招いたのは俺だけど……久しぶりにこんな感じの悪ふざけをしたような。



さっきまではユウガを強制的にブライリング送りにしていたんだよな、俺。

現在、カップルのイチャイチャを見ている、どうしてこうなった。



「……じゃあ、あとはごゆっくり」



レイヴンもハピネスもせっかくのデートだし、お邪魔虫はとっとと去るべきだよな。

まだ、ハピネスがお泊まりについてレイヴンに言及しているけど……よし、このままささっと行こう。



「……レイヴン、隊長、実は」



「おい、待て、こら。何を言おうとしている!?」



帰ろうとしたのだが、回れ右をしてハピネスの両頬を片手で摘まんだ。



「余計なこと言おうとしたのは、この口か、この口だな」



そのまま、ふにふにして喋れなくしようとしたら殺気のこもった視線を感じた。

……レイヴンがまあ、睨んでいるわけでして。



彼氏の前で彼女の頬を無遠慮に触るのは、些か配慮が足りてなかったらしい。



「すまん、レイヴン。だったら、こうしようか」



俺が出した打開策、レイヴンの手を借りてハピネスの頬をふにふにする。

これなら、レイヴンも睨まず俺も余計なことを喋ろうとした口に罰を与えられる……はずだった。



レイヴンは俺が力を込めなくても、勝手にハピネスの頬を触っているし、ハピネスは気持ちよさそうだし、なんだこれ。



「……とりあえず、場所を移動しないか二人とも」



乗り合い馬車の前でのイチャイチャは沢山の人たちから注目を浴びるからな。

なんか、最近、甘いな……。

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― 新着の感想 ―
[一言] ユウガ「が」好き より、ユウガ「を」好きな方が伝わりやすいと思います。
[一言] なろうって勇者という存在を貶めるのが好きな作者がおおいですよね。主人公より力も劣ってて精神的にもマウントとられてってシーンが多いかなーという印象。 どこかぶっ飛んでないと勇者ってキャラにし辛…
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