好きな子と……になってみた
突然の不意打ち、いつもの談笑気分はあっという間に消えた。
時が止まったようだった。
でも、セシリアは俺の様子など気にしない感じ。
「少しだけ、思い出話をしましょう。正直、初めてヨウキさんとお会いした時……私、怖かったんですよ。敗北して、気がつくと村に捨てられている、相手が何を考えているのかわからない、また、実力が未知数で勝てるかわからない……そんな恐怖が当時ありました」
懐かしむように語るセシリア、初対面は完全に印象がマイナススタートだったらしい。
こっちも魔王側の者だったので、敵対していたわけだし仕方ない。
「一月もたった頃でしょうか。私だけ残れと言われた時、死を覚悟しました。一ヶ月の間、実力を見せ続けて最終的に一人ずつなぶり殺しにするのかと」
「俺、そんな極悪な魔族だと思われてたの!?」
「当初はそのような感じですね。……ですが」
「ああ、その先はちょっと」
恥ずかしいので言わないでもらっていいかな。
接点なし、敵対勢力、種族の壁などをガン無視して告白するという魔族なのに、ある意味勇者な行動をとった俺。
あの時のことがあるから、今があるのはわかっているんだけど。
「ふふっ、わかりました。そして、私はヨウキさんという爆弾を抱えてしまったわけです。気分を害さないで下さいね。いつ、どのようなことが起こるか……警戒していたのですが。すぐにその心配はなくなりましたね」
「セシリアって俺のこと警戒していたのね……知らなかった。すぐって、そんな早く警戒といたの、なんで?」
「一緒に行動して、話をする度にヨウキさんの色々な姿を見てきました。レイヴンさんと友人関係になり、デュークさんたちを受け入れ、ガイさん、ティールちゃんを助けて、ミカナと勇者様の関係改善もしていましたね」
「レイヴンは偶然でデュークたちはごり押しされた。ガイとティールちゃんは……ティールちゃんがおかしな方向にいっちゃったし。ミカナとユウガはまあ、平行線……じゃないか」
俺がミネルバに来てしたことなんて、そんなに大層なことじゃないと思う。
セシリアにはいつも、迷惑かけて、困らせて、叱られて……見せ場なんてあったっけ。
俺がネガティブな思い出巡りを脳内でしていると、セシリアは首を振って否定してくれた。
「ヨウキさんのおかげで良い方向に向かうことができた人はたくさんいます。確かに極まれに、時折……ではないですね。えっと、普段からではないので……」
「どうせ俺は週一ペースで厨二をこじらせているよ!」
「いえ、週一ではないかと……おそらく」
「完全に否定はしてくれない感じか」
厨二なのは事実だからな、セシリアも嘘はつけないもんな、仕方ないな。
もう、良い年で好きな子を前にしてすねるという残念な俺。
セシリアも俺のこと見て笑っているしさ、もう俺も笑えてくる。
「でも、それがヨウキさんなんですよ。私も頭を悩ます時が多々ありますが……」
「すみません」
自重はしている、けれど止められない。
悲しいかな、厨二病には薬もなければ治療法もないのである。
「放って置けなくて、だけど、いざとなればヨウキさん以上に頼れる方はいません。私にとってはかけがえのない方と言っても過言ではないでしょう。それに……」
「それに?」
今、かなり嬉しいこと言われたから恥ずかしいのだけれども。
こんな感じになるのも初めての経験だし、どう反応していいかもわからず。
男なら堂々としているべきだと、デュークなら言いそうなので覚悟を決めてみた。
「ヨウキさんと一緒にいると楽しいですし。わくわくするんですよ、私をどこに連れて行ってくれるのかなって思うんです」
「俺が?」
「はい。ヨウキさんに引っ張っていってもらうの……割と嫌いじゃないですから」
俺はふらふらと、連れ回したりして迷惑じゃないかなと後悔もあったけどな。
セシリアばかりに言わせてちゃ駄目だな、俺も自分の思っていること伝えないと。
「俺は……セシリアの部屋で談笑するのがさ。心地よくて……永遠にこの時間が続けばなって思ったりしたこともあった」
「永遠、ですか……」
「ははは……永遠なんて無理だけどね」
お互いに顔を見合せて、微妙な表情。
発端を作ったのは俺なんだけどさ。
「でも、それが日常になるっていうのは不可能じゃないと思うんだけど……」
二人で談笑することを日常にしたい、一緒に過ごしたいという気持ちを濁した言い回し。
回りくどくて伝わらないかもしれないが、談笑が楽しいっていうのも俺自身、偽りない言葉なわけで。
「ふふ、それは今後のお付き合い次第ということで」
ちょっと小悪魔っぽい笑みを浮かべて、保留の意を表された。
こんな感じのセシリアは初めて見たので、胸がこう……激しい鼓動がね。
抑えられない感情が出てきそうな気がするが、無理矢理抑える。
言葉の矛盾があるような……今はどうでもいい、今はセシリアだ。
「えっと、こんな俺だけど……よろしくお願いします」
何をだよっていうセシリアからのツッコミはなしで頼みたい。
来た瞬間、絶望するぞ、真面目に。
ツッコミが来たということはセシリアの俺への感情は友人に対するものだったというオチがつく。
今までの話の流れからそんなことはないだろうと考えたいけど、絶対、確実なんてものはないので、不安。
セシリアの表情を見るのが怖かったので、腰を九十度に曲げて言ってたりもする。
しかし、返事が中々来ないので、頭を少しだけ上げてチラ見すると……セシリアは笑っていた。
ああ、これはおちょくられていたパターンだな。
俺が頭を下げるのを止めると、セシリアは一度咳払い。
「私もよろしくお願いいたします」
俺よりもきれいなお辞儀を見せてくれた。
うーむ、現役令嬢にお辞儀の美しさで勝てるわけがないか。
セシリアも頭を上げて俺を見つめる、俺もセシリアを見つめる。
そして、沈黙が生まれた。
気恥ずかしさがあるものの、何故かお互いに視線を逸らすことができない。
ここは男から行動を起こすべきなのだろうが、どうすれば良いのか。
こんな風に考えている時点で駄目なのだろうけど、誰か教えて欲しい。
デュークからアドバイスをもらっていなかったかな、いや、この場に及んで誰かを頼るのは良くない。
一般的にはなんて言葉は俺に似合わないな、だって俺は……。
「大好きです」
そう言って、セシリアのことを抱き締めた。
セシリアの頭が俺の胸に埋まる、いつもセシリアには癒されていたしな。
なんかこう、違う気がしないでもないけど、今の俺にできる精一杯の気持ちを表してみたんだが。
あまり長くやると苦しいだけなので、折を見てセシリアを解放する。
「……ふぅ、いきなりだったので、驚きました」
セシリアもそこまで嫌だったわけではないようなので、安心した。
すごく安心した、これで嫌がられて早速関係に亀裂が入ったら……止めよう、今日は幸せな気持ちいっぱいで過ごしたい。
「さて、私の部屋に行きましょうか。紅茶とお茶菓子をご馳走しますよ」
「わかった。この部屋にいつまでも居る訳にいかないしな」
本来、応接室ではなくセシリアの自室で話すべきだし。
ここはお客様を対応する部屋だ、それに、俺はセシリアの部屋で談笑する方が好きだ。
早速移動を開始し、扉へと向かうセシリアの後に俺が続く。
セシリアが扉を開けようとして、ぴたりと手が止まった。
そして、華麗に体を翻すので何か部屋に忘れ物でもしたのだろうか。
俺が取ってきてあげようかなと考えていたら、頬に何か感触を感じる。
何をされたのか一瞬わからず、気づいてあ……と声を漏らし頬を指で触る。
これは頭が正常になるまで時間がかかりそうだ。
俺を思考停止状態に追い込んだ当人も赤面している。
どうやら、二人そろって動けなくなってしまったようである。
結局、セシリアに紅茶とお茶菓子を振る舞ってもらったのは、この出来事から三十分経った後だった。
長かったなあ……本当に。




