友人と見回りをしてみた
今日、ミネルバは絶好のお出かけ日和だ。
雲一つない晴天、暑すぎず寒すぎない気温、心地好い風。
人で賑わう王都の様子を見ているとデート中のカップルも見かけるわけで、俺も……と思う。
それは横にいる友人も同じことを思っているはずだ。
「さあ、行こうかレイヴン。依頼開始だ」
「……ああ、行こう」
こんな、お出かけ日和に俺は仕事、男と二人で王都を歩き回る。
黒雷の魔剣士と騎士団長が行う見回りだ。
朝一で騎士団本部に行くと、自分たちの持ち場や時間等の打ち合わせをし、見回りを開始した。
まだ、昼前だからか酔っぱらいの喧嘩などは無さそう。
朝から飲むっていうのも珍しいしな。
「こう人が多いと何かが起きそうな気がするな」
「……本来、何も起こらないのが一番良いんだが。ミネルバは広く、人口も多い。人が集まれば問題も出てくるんだ」
「ほう、こんな早い時間でもか? 」
「……ああ。そういった騒動は時間も場所も選ばない。大胆にもこんな時間帯に空き巣に入る輩だっている」
見回りというのは俺が考えていた以上に大変なようだ。
下手したら何も起こらず骨折り損になるかもしれないのではないか。
「そんなものか。だが、それでも何も起こらない時だってあるだろう」
「……さっきも言っただろう。何も起こらないのが一番なんだ。それに、俺たちの見回りによって治安の強化にも繋がっているんだ」
「それもそうだな。少し考えればわかることだった、すまない」
「……わかってくれれば良い」
さすが騎士団長、仕事への入れ込みが深い。
俺が軽く考え過ぎていただけか、反省すべきだな。
平和に見えているこの景色は、騎士団の地道な見回りによって保たれているということか。
「よし、どんな些細なことも見逃さず、解決してみせようじゃないか!」
「……頼むから火に油を注ぐような結果は出さないでくれ」
「ん、あれは俺の出番な気がするぞ!」
「ああ……」
レイヴンの言っていることは聞こえてはいたが、返事をするよりも問題解決の方が優先度が高い。
現場に向かうべく走り出した俺、後ろからレイヴンの哀しげな声が聞こえたが振り返らなかった。
「おい、俺はちゃんと依頼通りの品を持ってきたよな!? それなのに、どうして依頼失敗なんだ」
筋肉質な中年の戦士風なおっさんの声が響いているのは緑に囲まれてという薬屋から。
怒鳴り声がするからか、店の前に野次馬ができているのが見える。
「通してくれ、騎士団の者だ!」
騎士団の名前を使って道を作る。
周囲のえ、あんたが!? といった視線を感じるが、間違ったことは言っていない。
俺は騒ぎの発端となっている薬屋へと普通に入る。
「失礼、何があったか知らないが騒動の中心になっている。少し、控えた方が良い」
「ああ!? 関係ないやつはすっこんでろ。つーか、お前は誰だ」
「俺か? 俺の名は黒雷の魔剣士……雷の如き速さでミネルバに吹く悪い風を静める者だ」
「な、何言ってんだ、お前」
俺が入ってきた時は敵意向きだしだったのに、少しだけ怒りが収まったみたいだ。
俺に対して、怒り以外の別の感情を抱いたからだろう。
どんな感情か、それは……この騒動が終わればわかるさ。
「俺については以上だ。さあ、何があった。話を聞かせてほしい」
「これは俺と依頼者であるこのじーさんの問題だ。何でお前みたいな怪しいやつに話さなきゃならねーんだよ」
「何で……か。ならば答えよう、仕事だからだ!」
「はぁ!? 」
「今、俺の仕事はミネルバの見回りだ。問題が起きていれば解決させるしかない。俺の介入を断れば、お前は俺の仕事への障害とみなすが……」
「どんな言い分だそりゃあ!」
さて、騒いでいるおっさんを無視して冷静に周囲を見渡す。
依頼トラブルには間違いない。
ここは薬屋、カウンターの上に置いてある薬草がおそらく今回のトラブルの種だ。
薬草収集の依頼でもめたに違いない。
先程から店主のじーさんが喋らないのはなんでなのかは置いておいて。
「……ふっ」
「あ、何がおかしいんだよ」
「この薬草、水で洗って持ってきたな。これは水で洗うと効力が落ちる薬草だ」
俺の言葉に固まるおっさんとにんまりと笑う薬屋の店主。
なるほど、薬屋の店主め、わざと黙っていたな。
「……黒雷の魔剣士さんだったかな。この薬草が水で洗うと効力が落ちるというのはあまり知られていないはずじゃが」
「俺の部下には薬草に長けた者がいてな。……何故、黙っていた」
「言おうとしたわい。しかし、この者が知識もないくせに捲し立ておる。採取する薬草について説明するから、出掛ける前に一度顔を出せとギルドには言っておいたはずじゃ」
「うっ、説明なんて面倒だから、群生してる場所だけ調べて採取に……」
「そんな身勝手な冒険者に渡す報酬はないわい」
きっぱりと切り捨てる薬屋の店主。
これで終わってしまったら俺が来た意味がなくなる。
黒雷の魔剣士が妥協案を提案しよう。
「口を挟むが、確か効力が落ちているだけで使えないわけではないだろう。ならば、薬草は買い取りということにしてもらえないか。そして、もう一度採取に行ってもらうと」
「ほう……わしは別に良いぞ。ただ、買い取ると言っても二束三文じゃが」
「ちっ、これも勉強させてもらったということにするか。もう遅いが結構な騒ぎになってやがる。良い噂は立たねぇだろうからな」
「よし、双方納得してくれて感謝する。これにてこの件は解決だな。……聞いてくれ、騒動は終わった。これ以上、用件なしに留まることは店の迷惑になる。さあ、各々の日常に戻るぞ!」
俺が高らかに宣言すると、興味がなくなったせいか、集まっていた野次馬の大半は店の前からいなくなった。
去っていく野次馬を見送っていると成り行きを遠目で眺めていたレイヴンが近づいてくる。
「ふっ、完璧だったろう」
「……武力行使ではなく話し合いで解決できたからな」
「よし、次だ。まだ見ぬトラブルが俺を呼んでいる。行くぞレイヴン」
「……先導するのは俺なんだけどな」
レイヴンの言葉通り、俺が着いていく形で移動を開始。
迷子の案内、ケンカの仲裁、異国から来た者の道案内をこなして午前中の見回りは終了。
「これが俺の実力というやつだ……」
「……そういえば、デュークから言伝てを預かっている」
「ほう、あのサポートをさせたら右に出る者はいないデュークから」
「ああ、確か……っと、危ない危ない。デュークには見回りが終わってから伝えてくれと言われていたんだった」
「ふん、そうか」
あのデュークのことだ、悪い言伝てではないだろう。
午前中の仕事の疲れを癒す、昼飯。
俺の飯はたった今、露天で買ってきたサンドイッチと串焼きだ。
「レイヴンは何を買ってきたんだ? 」
「俺は……ハピネスが作ってくれた弁当があるから」
「……ふっ、そうか、そうだったな! 唐突な話ですまないが俺は人目のつかない所で昼食を済ませてくる。サンドイッチと串焼きを食べるにはヘルメットを取らなければならない。正体を晒すわけにはいかん。合流場所はここにしよう……去る前に一つ聞いて良いか」
「……なんだ」
「弁当はいつからだ」
「今日からだ。デュークがヨ……黒雷の魔剣士と合同で見回りをすると話したらしい。そしたら、朝方ハピネスが自ら弁当を持ってきてくれて。……手作り、とだけ言い残し走り去っていきそうだったから」
「だったから、なんだ? 」
レイヴンがやたらと挙動不審な動きを見せ始める。
まず、焦点があっていない、指先がやたらと動いている、下唇を噛んでいる。
そして……顔が赤い。
「……腕を掴んで引き止めて、礼を言った」
「ただ、礼を言っただけか」
「……いや、それは」
「安心しろ。今、黒雷の魔剣士は……ある程度理解した。恋人同士なんだ、第三者が踏み入れて良い領域は決まっている。それが元部下と友人の恋でもな」
俺はレイヴンにそう言い残し、去っていった。
一度も振り返らず、誰もいない場所を求める。
そしてたどり着いたのは、以前にセシリアと着替えに使った空き屋。
浸入して、その辺に適当に座り込む。
感覚強化して周囲の警戒をしながら、昼食を終えた。
「今の俺は黒雷の魔剣士……ヨウキではない。だが、この何とも言えない気持ちが抑えられん!」
ふらふらと合流場所へと向かっていると、今、会いたいけど会いたくなかった相手と遭遇してしまった。
セシリアとソレイユと……。




