元部下の覚悟を見てみた
「なるほど、つまりソフィアさんはハピネスから長期休暇が欲しいと頼まれた。理由の説明が不十分だったため却下したが、どうしてもということだったので、許可した翌日……書き置きだけ残して、姿は消えていたと」
「はい、それで間違いありません」
こめかみに青筋を浮かべたソフィアさんが、淡々とした口調でハピネス失踪までの説明をしてくれた。
おいおい、この前のトリプルデートからまだ日にちもそう経ってないというのに……あいつは何をしているんだ。
最初は変な誤解が重なってわたわたしていたが、途中から丸く収まって良い感じに過ごしたじゃないか。
広場の石像についてセシリアが歴史を語りだしたり、常にデュークの後ろをちょこちょこ着いていったイレーネさんが着いていってはいけない所まで着いていったり。
ハピネスもレイヴンの隣を歩きながら、仲良くクレープ食べていたろうに。
「うーむ、最近のハピネスの様子を思い返しても失踪するような理由は思い浮かばない」
「そうですか、ヨウキ様なら何か事情を知っているのではないかと思ったのですが。……まさか、どこに行くとも言わずに失踪するとは思いませんでした」
「……本人に代わって謝罪します」
ソフィアさんに深々と頭を下げる。
ハピネスは家族みたいなものだからな。
身内の不始末は……ってやつだ。
本人が聞いていたら嫌そうな顔をしそうだけど。
「いえ、ヨウキ様が頭を下げる必要はありません。……帰ってきたら、本人にたっぷり言い聞かせますので」
さすが、スーパーメイド長、ソフィアさん。
俺も何度かソフィアさんの説教を食らっているからな、さりげなくハピネスに黙祷しとこう。
「わかりました。……で、失踪の決め手になった書き置きなんですが」
俺はソフィアさんから渡されたハピネス書き置きを
見る。
一月後、探索来、縁森。
書かれているのは、たったこれだけ。
「ハピネスらしいっちゃ、らしいが……誰が見てもわかるような書き置きを残せ」
こんなもん、解読出来るの俺とデューク、シークしかいないぞ。
「これは何かの暗号なのでしょう。私にはよくわからなかったのですが。一緒に屋敷でのお勤めをしていたというのに」
少し残念そうにしているソフィアさん。
これはわからなくても仕方ないとは思うけど。
「書き置きを見る限り、失踪ってのは言い過ぎかもしれない。ちゃんと、迎えに来いって書き置きに書いてあるし」
「……この書き置きに、ですか」
「まあ、俺らにしかわからないような文面もあるんで」
ソフィアさんにわからなくても仕方ない。
一月後はそのまんま、探索は探しに来いだ。
問題は縁森、これは俺やデュークにシークしかわからない。
ハピネスと縁のある森、たぶん、デュークがハピネスを拾った森のことだろう。
そこで何をしているのかまでは書いてないが。
「危険なことをしているわけではないのですね」
「うーん。何をしているのかわからないんで、そこまではなんとも……」
つーか、一ヶ月経ったら探しに来いってどういうことだよ。
単なるプチ家出とかじゃないだろうな。
「……ふう、仕方ありませんね。これ以上、ヨウキ様にご迷惑をおかけするわけにもいきません。話は一ヶ月後、ということにしましょう」
「え、いいんですか。場所は特定出来てるんで、その気になれば探しに行けますよ」
「書き置きには滞在期間も何処へ向かったかも書いてあったのなら、構いません。私もハピネスの長期休暇は受諾していますし、本人の好きなようにさせましょう」
まるで我が子の我が儘を許す母のようだ。
しかし、こういう書き置きだけ残して帰って来ないっていう場合もあるよな。
仕事辛くて、でも口からは直接言えないからみたいな。
ソフィアさんもメイド長をしているなら、そんな夜逃げされた体験とかされていると思うけど。
黙って首を傾げていると、ソフィアさんは俺の考えていることがわかっているかのような素振りを見せる。
まあ、素振りとは言っても目を閉じて一度頷くだけだ。
しかし、これはソフィアさんが読心術を使ったという証拠でもある。
「……ヨウキ様。私に誰かの心を読むなどいう芸当は出来ません。何度も言ったはずですが」
「いやいや、現在進行形で使っていますよ」
「心を読むことなど、誰にも不可能です。それに……心が読めてしまっては人生というものは実につまらなくなってしまいますから」
「ソフィアさんて、なんか大人ですね」
「自由な夫を持っていますので」
うん、クレイマンの奥さんは大変なんだな。
ソフィアさんの苦労を察し、お疲れ様ですと思ってしまった。
「少しは分からせてやった方が本人のためになるかと思いますよ」
「そうですね。今後、何かあれば考えてみることにします」
自堕落もそろそろ卒業して真面目になったらと思う。
しかし、だるい、かったるい、面倒といったことをクレイマンから抜いたら何が残るのか。
ソフィアさんへの愛……しかないのではないか。
「なんか、奥深いですね。誰かを好きになるって」
「……深く考えずとも良いかと。ただ、相手を大切に想う気持ちは忘れずに。自分の一方的な想いだけでは……そろそろ時間のようです」
時計を見てソフィアさんは申し訳なさそうに話を打ち切る。
ラブラブ夫婦になれる秘訣が聞けそうだったのに、とても残念だ。
「本日は急な呼び出しに応じていただき、ありがとうございました」
「身内の問題なんで気にしないで下さい。……つーか、帰ってきたらたっぷりと灸を」
「承知しております」
心配をかけた代償は大きそうだぞ、ハピネス。
相変わらず、綺麗な御辞儀をするソフィアさんに見送られ俺は屋敷を出た。
「ただいまー」
誰もいなくなった宿に帰ってきた。
切ないな、声が返って来ないというのはとしみじみ思っていると、朝方、起きた時にはなかった物に気づく。
「手紙か……?」
机の上に置いてある便せん。
隊長、と書いてあるあたり、差出人はかなり絞られるわけだが。
「やっぱり、ハピネスか。何々……って、おいおい。あいつは子供かよ」
内容は話したいことがあるから、一人で来て欲しいというものだ。
一ヶ月後じゃねーのかよ。
しかも、読んだら処分しろとか、危ない依頼をしてくるわけじゃなかろうな。
ハピネスに限ってないだろうと思いつつ、手紙を燃やして即処分。
手紙が置かれてから、そう時間は経っていないはずだ。
まだ、ミネルバの中にいるだろうから、簡単に見つかる。
案の定、旅支度のために買い物をするハピネスを直ぐに発見した。
「……おは」
「随分とまあ、訳分からんことしておいてマイペースなことで」
「……真面目」
本人曰く、今回の件はイタズラではないようだ。
旅支度をしている時点でわかるけど。
「さて、話したいことがあるらしいな。何処へ行くよ?」
「……こっち」
ハピネスに言われるがまま着いて行く。
歩いている最中、ハピネスを観察してみたが、特に異常などは感じられなかった。
というか、観察していることがばれて変態扱いされた、うん、やはり異常はない。
「あれ、隊長じゃないすか」
「デュークも呼ばれてたのか」
案内された場所にはデュークの姿があった。
偶然などではなく、ハピネスに呼ばれたのだろう。
どうやら、俺たち二人に用があるらしいな。
「……集合」
ハピネスの号令に従い、三人で円陣を組む。
案内された場所は人気の少ない通りにある、経営していない酒場だ。
こんな所を指定したということは、他人には聞かれたくないのだろう。
人払いはデュークが済ませたと思うが、念のため周囲に誰かいないか確認する。
「……よし、この店には俺たち以外いないみたいだ」
「さすが隊長っす。そのまま警戒していて欲しいっすよ」
「了解だ。これで全員か?」
「……うん」
「よし、面子はそろったんだな」
「じゃあ、話しづらいと思うんで、円陣は終了するっす」
「……異存なし」
「……同意」
確認が終わった所で円陣を解いて、俺とデュークは適当な椅子に座る。
今回呼び出したのはハピネスだ。
何の話か、デュークも知らされていないのだろう、少し落ち着かないようだ。
「……私、は」
デュークが息を飲んだのがわかる。
片言ながらもハピネスがしっかりと話し始めたのだ。
俺も以前、海での依頼で聞いただけなので、まだ慣れていないが。
「覚悟を、決めたから……伝える」
「伝えるって、何をすか?」
ハピネスが喋ったことに関しては追及せず、話を聞くことしたらしい。
冷静さがある分、デュークはやはり聞き上手だと思う。
しかし、さすがのデュークも次に発せられた言葉を聞き、驚愕せずにはいられなかった。
「彼に、私のこと。正体を、伝えるの」
「か、彼って、まさか……」
俺の額から汗が出てくるのがわかる。
自分でもわかるくらい、動揺しているのだろう。
デュークも椅子に座ったまま動かない。
「……レイヴン、に」
聞かなくても何となくわかっていたが、本人の口から名前が出てくると、それがハピネスの出した答えだと認識させられる。
ただ……俺もデュークもハピネスに何と言えば良いのかわからなく。
覚悟を決めたハピネスの姿もあってか、呆ける俺とデュークは一層間抜けな姿に見えていただろう。
ただ、唯一確定したことがある。
……こうなった以上、もう、ハピネスとレイヴンは中途半端な関係ではいられない。
受け入れるか拒絶かの選択をすることになるな。




