好きな子と友人について考えてみた
「放っておくべきかと思います」
「いやいやいやいや……」
約束の日になり、俺はレイヴンのため五割、セシリアに会いたい十割の割合の気持ちでアクアレイン家に足を運んだ。
割合がおかしいのは気にしない。
早速、セシリアにレイヴンの現状を伝え対策を練るべきだと言ったのだが。
「まさかの放置!? ここは俺たちが手を貸すべきじゃないのか」
「まず、ヨウキさんの言う通り、騎士団長の役職に関してはそこまで気にする必要はないかと。功績は大きいですし、レイヴンさんは見えないところでも市民の方々のために尽力していますから。解任となれば、騒ぎは免れないでしょう」
「ふむふむ」
今の俺の体勢は正座。
先生から授業を受けている生徒のようだ。
……授業を受ける時って正座だったっけか。
「確かにレイヴンさんを良く思っていない騎士たちもいるかもしれませんが……いたとしても少数派かと。デュークさんの明確な情報がないので、断定できませんが。それでも、レイヴンさんが騎士団長でなくなることはデメリットの方が多いです」
「なるほど、なるほど。セシリア、質問! 騎士団長とかって騎士団員たちが勝手に決めていいもんじゃないの?」
「一応、推薦はできるみたいですが、最終的に決定するのは国の重役の方々、特に騎士団長ともなれば慎重になるでしょう」
「へー、そんなに勝手に変えられないのか。……そりゃそうだよな」
そんな簡単に王都を守る騎士団の頭が変わっちゃダメだよな。
それなら、騎士団長の話は大丈夫か。
「じゃあ、ハピネスとの……あれは?」
「そちらは私たちがどうこうするものではないかと」
「え」
「二人を見ているともう、外野がどうこうする時は終わっています。焚き付けすぎるのも問題ですよ」
「そんなもんなの? てか、セシリアがそんな意見を言うなんてな」
「ヨウキさん、女性には女性の世界があるんですよ?」
俺には踏み込めない領域ということなのか。
ミカナやハピネス、ティールちゃんと恋ばなするような面子は揃っていると。
そういった方面はなんとなくゲスい気がするから、想像するのもアウトだな。
「わかった。俺は何も聞いてない、俺は何も聞いてない」
「はい。……ですが、デュークさんが相談に来ているとなりますと、心配ですね。レイヴンさん、放っておくべきと思いましたが……普段通りのレイヴンさんに戻るまでのサポートはした方が良いかも……」
ベッドに座り考え込むセシリア。
お節介にも思えるかもしれないが、俺にとっては異世界で最初の友人。
セシリアにとってはパーティーを組み、苦楽を共にした仲間だ。
「まとめると、レイヴンのために動くっていう方向で良いのかな」
「そうですね。……ただ、ヨウキさん、くれぐれも早まった行動だけは控えて下さい。話を聞いただけですので何とも言えませんが、レイヴンさんの精神状態を考えると過度な刺激を与えるのは」
「ちょ、ちょ、ちょ、そんなに!?」
レイヴン、セシリアの中でお前は完全に壊れ物扱いみたいだぞ。
まあ、俺もアホな言動は慎もうと考えていたがまさかセシリアに釘を刺されるとは。
「もしかしたら、かなりのストレスを溜め込んでいるかもしれません。徐々にケアをしていかないと……レイヴンさんは繊細なところがありますから」
「あー、それちょっとわかる」
すぐに落ち込んだりとそんな一面を何度も見ているからな。
確かに、そんなレイヴンが抱えているストレスが一気に解放されたらえらいことになりそうだ。
「ですから、まずはレイヴンさん本人の様子を見て、話を聞いてからどう対処するか判断をしようかと」
「ふんふん」
僧侶は心の治療も受け持っているのだろうか。
俺も心が病んできたら、セシリアにケアをしてもらおう。
こうしてセシリアに会って、話をしている間は病む可能性は限りなく低いだろうけど。
「……ヨウキさん、私の顔をじっと見ているみたいですが、話はちゃんと聞いていましたか?」
「え、あ、うん。早まった行動はしないさ。大丈夫、大丈夫。って、俺、そんなにじっと見てたかな」
「はい。最初は話を真剣に聞いているのかと思っていましたが、相づちもなく、視線が私を見つめたまま動いていなかったので」
セシリアは何故、そんなに冷静に分析できるのか。
私をじっと見ていましたよねと恥ずかしげもなく、言えるとは。
俺なんか、無意識での行動だったので、顔を熱い、熱い。
「あー、その……理由を言葉にするのはちょっと」
「はい?」
何故、躊躇うんですかと言わんばかりの表情だ。
おかしい、今日はレイヴンのことを相談しに来ただけだというのに、どうしてこんな状況に陥ったのか。
というか、セシリア、そういうことは察してくれ。
さっきまでハピネスとレイヴンのことで話していたじゃないか!
どうしようかと思考をフル回転させていると、部屋にノックの音が響いた。
これは主人公を助ける、または邪魔をする第三者の介入パターンか。
「……失礼」
ドアを開けて入ってきたのはハピネスだったのだが、一言残しすぐに廊下へと引っ込んでいった。
そして聞こえるのは遠ざかっていく足音……無駄に空気を読みやがった、ハピネスのやつ。
「ハピネスちゃん、何か用事があったのではないでしょうか。しかし、すぐに出ていってしまいましたね」
「あ、そうだね」
しかし、会話を切るにはこの程度の介入で充分だ。
セシリアも不思議そうに首を傾げているし、ハピネスの方に注意がいったはず……。
「何か忘れ物でも取りに行ったんでしょうね。……それで、そろそろ理由を聞かせてもらっても良いですか? まさか、私の顔に何かついていたとか……」
話題を逸らせず、戻ってしまった。
これはもう正直に答えるしかないのか。
可愛いなあと思って無意識の内に見つめていましたと……言えるわけないな。
しかし、俺は恋のキューピッドのアドバイスで生まれ変わったのだ。
のらりくらりと、いつものようにかわしたりはしないぞ。
「その……可愛いなあと思って見てました」
「……」
かわすどころか、ど真ん中のストレート。
セシリアが今まで見たことのない固まり方をしている。
顔もなんかこう……赤いような気がする……ぞ。
「ご、ごめん。ま、また、後日に作戦会議で!」
この空気の中、二人きりでいることが耐えられなくなってしまった。
情けないと思いながらも俺は、早口で捨て台詞を残して部屋を出る。
「……ふぅ」
廊下の壁に寄りかかり、深呼吸する俺。
高ぶっている気持ちを落ち着かせるためだ。
「……逃亡」
「わっ!? なんだ、ハピネスいたのか。あれ、でも……」
確かに遠ざかっていく足音が聞こえたはずなのに。
「……同僚」
「あ、たまたま近くを違うメイドさんが通って勘違いしたのか」
「……待機」
どうやら、ハピネスは立ち去らずに部屋の前で待っていたようだ。
「やっぱりセシリアに用事があったのか。俺はもう帰るから大丈夫だぞ。またな」
「……隊長」
「うん、なんだ?」
「……今度、待ち合わせ」
「待ち合わせって……俺とか?」
ものすごい形相で睨まれた。
いや、ハピネスと二人で待ち合わせとか可能性がないわけではないし。
まあ、俺なんかとしないだろうとわかった上で聞いたがな、睨まれるとは思わなかったぞ。
「……剣士!」
「剣士て……」
まあ、誰のことを言っているのかはわかるけれども。
レイヴン、ハピネスに名前呼ばれたことなかったっけか。
「本人の前では名前呼んでやれよ」
「……バッチこい」
「だから、どこで覚えたその言葉!」
ハピネスが色々と吸収しまくっていて、怖い。
ここの屋敷の使用人たちはハピネスに何を教えているんだ。
「……内緒」
「あーはいはい。それで、レイヴンと待ち合わせするから何だって?」
「……付き添い」
「俺にも来いと」
「……お嬢様も」
「なぬ」
「……デュークが」
「あいつは何を考えているんだ?」
大人数で出掛けてレイヴンの気晴らしになればと考えての作戦か。
まあ、俺は良いけどな。
「いいぞ。予定が決まったら連絡な」
「……合点承知」
「だからなんなんだよ、全く」
突っ込むのも面倒になり帰ろうかと思ったが、踏みとどまる。
野暮かとは思うがハピネスに質問してみよう。
「なあ、ハピネス。レイヴンのことどう思ってる?」
これはちょっとした確認みたいなもの。
もう、おそらく決着がつくであろうハピネスとレイヴン。
ハピネスの今の気持ちはどうなのか、本人の口から聞いてみたい。
「……嫌いじゃない」
「……」
何というか、ハピネスらしい答だ。
表情はいつも通り、動揺している気配もなし。
その佇まいは俺が知っているハピネスのものに違いない。
「じゃあ、普通か」
「……普通でもない」
「じゃあ、好きなんだな」
「……黙秘」
そう言い残してハピネスは足早にセシリアの部屋へと入っていった。
逆にそんなあからさまに逃げたら答を言っているようなもんだと思うが。
「ま、なるようになるか」
何をするのか知らないが、今回はおとなしく成り行きを見守ろう。
帰る途中、何度も自重、自重と心の中で連呼して自分に言い聞かせた。




