好きな子と野宿してみた
難産でした、すみません。
もう日はすっかり落ちており、周りを暗闇が支配している。
焚き火の明かりだけが頼り。
そんな空間で二人きりというシチュエーション。 普段なら胸がドキドキ、記憶に残る夜にしたいと、邪な考えが頭を支配するところだが。
「辺りの安全は確保したぞ。万が一盗賊や魔物が襲って来ても、仕掛けた罠にかかるだろう。あと、食べられそうな野草も採取完了だ。」
「……手際が良いですね。こちらも食事の準備が出来そうです。魔剣士さんが取ってきた野草はスープに入れますね」
セシリアに野草を渡し、向かい合う形で座る。
罠の知識はデューク、野草の知識はシークから教えてもらったものだ。
全く、良い部下を持つと助かるな。
「ふっ、これも我が眷族の力よ」
「あ、デュークさんとシークくんですね」
「ああ。あの二人から受け継ぎし力だ……」
「もう直ぐ食事ですし、一度被り物を取ってはいかがですか?」
「それは出来んな。依頼が終わるまで、俺は黒雷の魔剣士。依頼の最中に素顔を晒すなど言語道断!」
このヘルメットはちゃんと、口元が開くようになっているので、脱がなくても食事が出来るからな。
しかし、セシリアは納得しなかったらしい。
向かい合うように座っていたのに、隣に寄ってきた。
「行儀が悪いですよ。外しましょう」
「だが、俺は黒雷の……」
「今、周りに人や魔物の気配は?」
「ふっ、安心するが良い。近くには何もいないぞ」
嗅覚や聴覚を強化している俺に、隠密行動は通じない。
確実にこの周辺に生き物はおらず、俺とセシリア二人だけだ。
「そうですか。それなら安心ですね。取りましょう」
ヘルメットを両手でがっしり掴まれる。
そして、俺はがっしり掴んできた両手を握った。
「いくら、セシリーの頼みといえど、それは……」
「ヨウキさん?」
「あ、ごめんなさい。取ります」
力が途端に抜ける俺。
調子にのり過ぎないようにするのを忘れていた。
力を抜いたことがわかったのか、俺が手握ったままで、セシリアがゆっくりヘルメットを持ち上げる。
「……私の手を握ったままでは被り物を置けないのですが」
「あ、ごめん」
ヘルメットを取ったので、完全に素に戻ってしまった。
おかえり、ヨウキ、ちょっと眠っててくれ黒雷の魔剣士。
馬鹿なことを考えつつ、セシリアの手を離す。
……俺、普通に手を握っていたんだなあ。
なんか、こう、手に温もりが残ってるし。
セシリアは気にしておらず、ヘルメットをそっと置いて、お手製のスープをよそっている。
こう、なんか好きな子にごはんよそってもらえるって嬉しいよね。
「どうぞ、お口に合うかわかりませんが」
「いやいやいやいや。絶対、美味しいって!」
セシリアの作った料理が不味い訳がない。
根拠もあるし、断言する。
一口飲んだだけでもう美味しい。
セシリアは照れつつも、自分の分をよそって飲んでいる。
はっきりと誉めたからな。
……俺、もしかして、すごく恥ずかしいこと言った?
「ああ……っ!?」
「どうかしましたか」
「いや、正気に戻りかけが危ないんだなと理解してしまって」
厨二スイッチ切れかけが一番恥ずかしいな。
つーか、顔だしの厨二衣装ってやばくないか。
考えれば考える程、恥ずかしくなってくる。
さっきまでセシリアの手、普通に握ってたな。
今、暗闇で周りに誰もいない空間で二人きりだし。
意識し始めたら、心臓の鼓動がやばいぞ。
やっぱり、ヘルメット取るんじゃなかった。
「……大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
必死に浮かんできた煩悩を押さえつけて、スープを飲み干す。
隣に座っているというのも、結構きつい。
向かい合わせも、ドキドキするけど。
これ以上、ヨウキのままでいると耐えられないので、食事を終えると直ぐにヘルメットを被った。
「ふははは。我が魂よ、静まれ!」
「普通に荒ぶっていますが」
セシリアのツッコミは合ってるようで、間違っている。
俺は煩悩に支配されそうになっていた自分を諭しているだけだ。
「これで安心だ」
「一体、何が不安だったのですか」
「そう、それは押さえつけられるか、わからない自分。常に俺は自分と戦っているのだ」
自分の欲望との戦いに終わりはない。
勝ち続けなければ、待つのは死あるのみだ。
「……疲れているのではないでしょうか。もう、寝ましょう。最初の見張りは私がしますから」
「俺が先に寝る……? ありえんな。むしろ、見張りは俺が徹夜で……いや、交代制だな」
ここで俺が一人で見張りをすると言ったら、セシリアを信用していないことになる。
考え過ぎかもしれないが、セシリアもそれは望んでいないだろうし、対等でいないとな。
まあ、先に寝てもらうのは譲らないけど。
セシリアは何か言いたげだったが、俺が引かないと感じたのか。
わかりましたと言って、食事の後片付けをし、さっさと寝てしまった。
話相手がいなくなり、一気に静かになる。
……今なら寝顔覗けるな。
「ふん、俺は盗み見などしない。決して」
堂々と寝顔を見れる関係になったら、見れば良い。
……見たい気持ちはあるけどな。
適度に煩悩と戦いつつ、周りを警戒し、火が消えないように薪を足す。
時間がたち、セシリアと交代してから即寝た。
起きてたら裏切り行為だ。
セシリアが近くにいたら、安心して寝れると言って寝た。
仲間として信用しているというのが建前だが、本音は……好きな子の近くで寝れて嬉しい。
自分に素直って良いよな。
翌日、予定通りに遺跡に着いたわけだが。
「中々のボロさだな」
草花が生い茂っていて、蔦は延び放題。
石造りなのだが、所々にヒビが入っている。
安全の確認云々じゃないレベルだ。
こんな所に住んでいる魔物がいるのかすら、疑わしい。
「ここで何をしろと?」
「まず、中の具体的な広さ。魔物がいたら、どんな魔物か、危険度はどれくらいかの調査ですね。あと、荒らされている形跡はないかも確認して欲しいみたいです」
「中に入るのか。しかも壊したらアウトとはな」
さすが、Aランクの依頼だ。
無理難題を押し付けやがって。
「依頼人の要望にはなるべく応えるのがギルドですから」
「ふっ、そうだな。注文が多い分、稼がせてもらおうか」
この依頼の報酬でセシリアと豪勢に祝杯をあげてやろう。
「魔剣士さん、気合いを入れるのは構いませんが、少し落ち着いて下さい」
意気揚々と遺跡に入ろうとしたら、注意された。 まあ、何が起こるか、いるのかわからん場所で勢い良く、突っ込んでいくのは愚行だしな。
「安心しろ、セシリー。これは素だ。俺は落ち着いている!」
「あ、そうでしたね。……急に不安になってきました」
「問題はないはずだ。さあ、行くぞセシリー。まだ見ぬ冒険が俺たちを待っている!」
「……本当に大丈夫でしょうか」
何故か未だに不安がるセシリアを連れて、俺は遺跡へと入っていった。




